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機械仕掛けの白昼夢  作者: 乃月
【一章】霧の伽藍
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20:終幕と昇り龍

何事にも終わりがある。それは夢とて例外ではない。いかに自己の中にある夢幻の世界と言えどその規律は守らねばならぬと、そう言ったような気がした。


――――夢から醒めた。


意識はほとんど覚醒し、それに伴って五感のすべてが再起動を始める。

まずは感覚が。次に聴覚が。味覚と嗅覚はほとんど同じくして。

最後に、瞼を開けば視覚が完全に復旧し、これを以て全機能は再起動する。

そうすればきっと、はじめに見えるのはあの薄汚れた洞窟で。

暫く見続けたら茉李を起こして傷を治してもらって。

それで二人、無事に帰れたのなら、きっとそれが最適解で、それ以外には何もいらない。そこに新しい敵など居てはならない。


あぁでも、多少のご褒美なら貰ってもいいかもな。


あらゆる感覚、精神、肉体、神経が元の体に戻ってきて、ゆっくりと、百年の眠りから覚醒したように、わずかな期待を込めながら目を開けた。


「あっ、彗っ………、起きた……の?」


案の定というか嬉しい事にと言うか、そこには天使が居た。


「……………あぁ、起きた。この上ないくらい起きた。こんなにもすっきりした目覚めなんてそいそうないってぐらいに目覚めたよ」


そんな下らない事を声高々に、まるで軍歌を歌う軍人のようにはきはきと、それこそ今目覚めたとは思えないくらいの滑舌で言い放つ俺の言葉には一切耳を貸さずに、茉李は目を潤ませ、その長い睫毛を僅かに震わせた。

静かに雫が落ちた。

重みに耐え切れなくなって地面に溢れた白雪のように。


「もうっ………ばか………」


頬を流れた一筋の川は山奥で磨かれた清水のような透明と純粋、そして敬虔な教徒達がふと沐浴をしようと立ち寄る程の神秘性を併せ持ち、それが自身のためのものだと分かると嬉しくてつい微笑みが零れ落ちる。


「なに、なんで笑ってるのよ………」


そんな俺に気付き、頬を膨らませ口を尖らせながら恨みつらみの集大成のはざまにそんなことを付け加えた。

あたかも約束を破られた子供のようで、でも破ったのはきっと自分の方で。


「いや、無事だって思ったら気が抜けちゃってさ」

「そ、そう言う事なら…………許してあげる…」

「そうしてくれるとありがたい」


そんな気怠げな、やや気の抜けたーーいや抜けているのは最初からで今抜けたのはきっと張り詰めた糸だったのだろうーー自分の声で思い出した。

今自分は立ち上がれない程の傷を負っていると。


「あ、そうだ茉李。ちょっと傷をさ、治してくれないか?」

「えっ?あ、あぁいいけど。でも傷ってどこを……?」


あぁ、そうか。あまりの傷の多さにどこから手を付ければいいのかわからないのか。であれば一番傷の深かったーー。


「えっと、脇腹の………」


そう言って自分の脇腹に手を当てる。多少の痛みは覚悟していたが、全く持って痛くない。

それどころか、何やら傷の無い気さえしてくる。

山岳のように連なる隆起も、抉れた河川のような陥没も、何もない。

そこは単なる平面、というよりただの肉体が広がっている。


「……傷が……無い……」

「うん、血は付いてるけど何処か怪我してる訳ではなさそうだよ?」

「そんな………」


おかしな事、あっていいのだろうか。

混乱の終結は依然遠のいたままま、何でもない時間が過ぎていく。


「彗………?」


きっとその声が聞こえたのは暫く時間の流れた後だったと思う。

その一刹那だけはなんの感情もなく、ただ陰翳いんえいの移ろうままにそよ風を見た。その先にはやはり、心配そうにこちらをじっと見つめる茉李が居て、そのわずかなそよ風は少女の前髪をそっと揺らした。

若年ながらに幸せの在り処(ありか)を知ったような気になった。


「ねぇ、聞いてる?……聞こえてる?」

「……あ、うん。聞こえてる」

「じゃあ、教えて。どうやって私の傷を治したの?」


と、口調が突然変わったことにやや驚きつつも、頭の中ではどう説明するべきか、延々考え続ける。

とにかくあの劔の事を説明せねばならない。そして次に――――


「まぁ、いいわ」

「……………え?」


あまりに唐突に出た許しに、つい疑問が口から漏れる。


「だから、いいって言ってるの」

「あ、うん。それは聞こえてたけど……なんでまた。てっきり殺されるもんだと思ってたけど」


そう言って、自身の失敗を一瞬のうちに察した。

つい口が滑って言わなくてもいい部分、具体的には殺されるくだり、までも外に出してしまった事に気付いた。

いや、これはいよいよ殺されてしまう。そう思ってそっと目を閉じた。


「あ、あのね………」


その時だった。やや恥じらいのある声を聞いたのは。

それは以前、病室できいたものと似ているがやや親しくなった事もあって更に柔和になっていた。


「ええっと……ね」



ああ、きっとこの先に言われるであろう言葉を知っている。

何も難しい方程式を解かなくっても。

複雑に思考を巡らせなくても。

突拍子のない推理をしなくても。

きっと知っている。誰もが知っている。

だってそれはありふれた――――――


「お楽しみのところ悪いが、邪魔させてもらうぞ」


そう、それは―――――――――――――――は?


「ん、なんだよ………もう片付いてんのか。来た意味が無いじゃねぇかよ」



は?


「おう、小僧。ぼけってしてんな、さっさと報告だ報告」


は?


「おい。聞こえてんのか?」


こくり。小さく頷いた。

聞こえている。けれども分からない。


「だったらさっさと………おいおい、なんでここに姫さんが居るんだよ。面倒ごとはゴメンだぞ、俺は」


分からないことは山ほどある。けれども、今やるべきことが一つ。見つかった。

それはなんとも原始的で、単細胞的で。

粗野で野蛮で、なんとも子供じみていて。

それでも一番、怒りを表すのには最適だとされている。


「はぁ……面倒事はやだなぁ……。まぁ、とにかく……ん?」


男と目があった。

あぁ、やるさ。やることは決まっている。単純だ。




―――――――幾刹那かのち、男の顎を全身全霊を込めてうち放たれた、右拳の衝撃が貫いていた。


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