第九話:春風と水仙
第九話:春風と水仙
三連休の最終日。穏やかな春の陽光に包まれた庭の隅では、厳しい冬を耐え抜いた黄水仙が、誇らしげに黄色いラッパを空に向けている。三月の風に小さく揺れるその姿は、私の「高校進学」を祝福してくれているようにも見えた。
私は、中学入学の時にお祝いとして祖父に買ってもらったスチールフレームの自転車を、自転車屋の店先まで転がしていった。
三年間、往復八キロ。計算すれば、この細いタイヤは三万キロ近い路面を噛み締めてきたことになる。三年間の私の成長を、この自転車は受けとめてくれていた。
「おじさん、こんにちは。自転車のメンテナンスをお願いできますか?」
三年前、祖父と自転車購入以来、定期的にメンテナンスに訪れ、顔見知りになっていた店主のおじさんは、使い込まれた私の愛車をまじまじと見つめた。
最新のアルミロードが並ぶ店内で、私の自転車は少しだけ時代遅れに見えるかもしれない。けれど、泥除けの裏まで拭き上げられたその肌ツヤに、おじさんは小さく頷いた。
「……えっちゃんも春から高校生か…。早いものだね。坂ノ井だっけ?距離も長くなるし、タイヤも大分、減ってるし、交換しとくかい?」
すり減って溝のなくなったタイヤは、新しいものに交換することにした。
前後の車輪が外され、タイヤがリムから分離される。チューブの状態を確認したおじさんは
店の奥に一旦、引っ込んで、タイヤとチューブを持ってきた。
私は手早く進められる作業の一つ一つを飽きることなく、眺めていた。
「よし、これで新品同様だ。えっちゃん、高校に行っても、この子を大切に乗り続けてあげてね」
おじさんの言葉が、春の風に乗って耳に心地よく響く。
三年前の私には大人っぽく感じたデザインも今の高校生になる私には少し子供っぽく映るかもしれない。新調するのは簡単だ。でも、私はこの三年間、それこそ雨の日も風の日も暑い日も寒い日も、雪道だって共にしたこの自転車に堪らない愛着を持っている。この自転車はまさに私にとっての相棒を超えた、言葉にはできない何かなのだ。
整備を終え、驚くほど軽くなったペダルを踏み出す。
道端に咲く白水仙が、春風に一際大きく揺れた。




