第八話:雪原の読書室
第八話:雪原の読書室
三月下旬の三連休の初日の今日、お父さんと弟の耕介と三人で、白樺湖を望む車山高原スキー場に来ている。
信州生まれの信州育ちだというのに、お母さんは「寒いのはお肌に悪いから」と家で留守番。お母さんらしい、潔いまでの徹底ぶりだ。
「えっちゃん、ホントに滑らなくていいの?」
リフト券を買いにいくお父さんと耕介が、何度も振り返って誘ってくれたけれど、私は首を振った。
「私はここで、この人(著者)と対話してるからいいの」
そう言って、私は読みかけの数冊の本をテーブルに広げた。
窓際の特等席。ロッジの中は、色とりどりのスキーウェアを着た人たちで騒がしい。
ふと顔を上げて窓の外を見ると、派手なウェアの群れから離れたゲレンデの端を、大きなリュックを背負って一歩ずつ歩いて登っていく集団が見えた。
スキーでもボードでもなく、ただ「歩く」人たち。
その無骨で、静かな列を、私は本を開くのも忘れてしばらく目で追っていた。
集中してページをめくっていると、時間はあっという間に過ぎていく。
もうすぐお昼。少し目が疲れたので、私は席を立つことにした。
白と赤の刺繍が入ったチベタリアン帽子を深く被り、ざっくりとした白いセーターの上にコートを羽織る。
くるぶしまである茶色のロングスカートは、私の「防寒の魔法瓶」だ。その裾から覗くスエードのスノーブーツで、キュッ、キュッと雪を踏みしめてみる。
アスファルトを叩くスパイクの硬い音とは違う、柔らかくて優しい感触。
「……そういえば、今冬は一度も大雪にならなかったな」
温暖化の影響だろうか。そんなことを考えながらゲレンデへ足を踏み出す。
空は、抜けるような青。その下で、白く輝く山々が特別な光を放っているようで、眩しさに目を細めた。
冷たい空気が肺の奥まで入り込み、私の胸の奥に滓のように沈んでいた、あの名付けようのないモヤモヤとした何かが、ゆっくりと解けていくのを感じた。




