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ランタン持ちの娘と魔憑きの王子  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
四章 光とともに生きる

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 そして、満月祭当日。

 都は異様な熱気に包まれていた。

 普段であれば大多数の平民が寝静まっている時間帯に、人々がそぞろ歩いて通りを行く。

 サンティエンヌの南東、シルヴァ・ルイーヌ宮殿へと至る大通りを流れるブラウデル川の上流に人々が集まっていた。

 貴族の集団が護衛に囲まれ集まっており、少し距離をあけて平民たちも続々と詰めかけている。

 河川敷は広いとはいえ、貴族に加えて都中の平民が集まれば狭くもなる。川のそばには夜市も立っており、その賑わいは圧巻であった。

 そもそも夜毎に集まって騒いでいる貴族とは違い、平民にとっては夜に出かけると言うだけで一大イベントだ。暗い中に家族や友人、恋人と語らっているだけで、もうすでに非日常といえる。加えての満月祭。祭りである。これで盛り上がらない方がおかしい。

 商売っけを出した人々が市を立ち上げ、夜食や酒を求める人々が集う。今夜は皆、財布の紐が緩いらしく、どの店も昼以上に混み合っていた。

 リュシーはアルフォンスと共に川に浮かんだ船の一つに乗り込んでおり、祭りの始まりを待っていた。

 ルナ・ファロティエたちは一人につき一隻の船を与えられ、船頭と護衛と共に乗り込んでいる。川の両端は人がひしめき合っており、好奇の目が一斉に向けられていた。当然だ。ルナ・ファロティエは祭りの目玉と言ってもいい。

 今回の満月祭は平民も参加することで、例年とはかなり趣向を変えているらしい。

 まず、文字の書けない平民のために、紙に願いを書くという方法をとっていない。願いを込めながら紙を船の形に折り、ルナ・ファロティエの灯す光に照らされながら川に流す、という手筈になっている。

 既に皆、手に折り紙の船を持っており、今か今かと川に流すのを待っていた。

 リュシーは思わずポツリと本音をこぼす。


「すごい人の数ね……」

「緊張してるのか」


 向かい合って腰掛けるアルフォンスが尋ねて来たので、リュシーは脊髄反射で反論した。


「し、してないわよっ」

「手が震えてるぞ」

「そんなことないわ」

「強がるな」


 言ってアルフォンスは、リュシーの手をそっと包み込むように握った。


「力、入りすぎだろ。指先が白くなってるぞ」


 アルフォンスはリュシーがランタンを握りしめている指を優しく剥がすと、両手を持ち上げてキスを落とした。指先にアルフォンスの熱が伝わってくる。至近距離で見つめられ、思わずどきりとした。


「大丈夫なんだろ? もっと自信を持て」

「だ、だって、人が多くって」

「何人いようが、関係ねえよ。お前はお前のやるべきことをやるだけだ」


 アルフォンスは、こういうところがずるいと思う。

 普段は憎まれ口ばかり叩くくせに、大事なところではリュシーを励ましてくれる。背中を押してくれる。もう一度、指先に唇が触れた。慈しむようなキスをされて、指から力が溢れてくるかのようだった。


「……ありがとう、アル」

「ああ。一番近くで見ているから、自信を持て」

「うん」


 リュシーがそっと返事をすると、川に浮かんだ一際大きな船で動きがあった。

 最上流に位置する場所に浮いている船には、国王と第一王子ジルベールが乗り込んでいる。

 今立ち上がったのは、王太子ジルベールだった。

 ジルベールがさっと右手を挙げると、それまで喋っていた人々がぴたりと静まる。同時に、静かな興奮のようなものがさざなみのように広がった。

 第一王子、王太子、未来の国王。

 ジルベール・ド・ラ・クロドミール・モントリオーヌ。

 こうして民衆の前に姿を表すのは、実は初めてであった。

 ひとまとめにされた絹のように美しい金髪が川風によって靡いている。翡翠色の瞳はまるで宝石のようで、顔立ちは彫刻かと見紛うほどに整っている。

 目が覚めるような美貌を前に、人々は驚き、あるいは顔を赤くし、兎にも角にも全員の視線が集中していた。

 注目を一身に浴びたジルベールは、実に堂々と声を発する。


「――今宵、この満月祭に身分の差に関係なく、集まってくれた皆に感謝の気持ちを伝えよう。私は国をより良くするために、身分の垣根を超えて、皆とともに祭りの夜に願いを空へと届けたい」


 おぉ、と周囲がざわめいた。

 リュシーもジルベールの短いながらも想いが込められた演説に、胸の中が熱くなる。

 これまで王族である人間が、平民に感謝を伝えることなどあっただろうか。一箇所に集まり、同じ夜を楽しむことなどあっただろうか。

 きっと、誰も思いつきもしなかったに違いない。

 ジルベールは言葉を続ける。


「私は二年前まで、自分のことしか考えない独りよがりの人間だった。だが、ある人がそれではいけないと気づかせてくれた。王族として、そして将来はこの国の頂点に君臨する者として、私は民のことを考えなくてはならないのだと、教えてくれた」


 そこでジルベールは言葉を切った。ブラウデル川に無数に浮かぶ船に視線を巡らせ、やがて視線を固定すると、はっきりとリュシーを見た。二年ぶりにリュシーを見つめるその瞳には、かつてのような熱に浮かされた衝動のようなものは無く、代わりに寂寞とした思いとわずかな未練のようなものが感じられた。

 リュシーへと向けた視線を再び民衆へと向ける。そこにはもう、先ほどの感情は一欠片も残ってはいない。ただただ為政者たる堂々とした力強さのみが宿っている。


「今、私は、この国をより良き方へと導くために尽力している。一部の者には、変化についていけないと思う時もあるだろう。しかし信じて欲しい。国は、一握りの人間のためにあるのではない。万民のためにある」


 それは、いつもいつも辛酸を舐めさせられている平民たちの胸を打つのに十分な言葉だった。

 ある者は感嘆の息を漏らし、ある者は胸に手を当ててしきりに頷き、またある者は涙を流してさえいた。

 やがてジルベールを賛美する「万歳」の声が誰ともなく上がり、それは波のように広がり、夜の都に熱気を持って木霊した。

 まだ国王になってすらいないのに、たった一度の演説でここまで万人の心を掴むなど、聞いたことがない。

 しかしジルベールはそれをやってのけたのだ。

 平民の心を動かしたのは、単純な演説のせいだけではないだろう。

 この二年、コツコツと積み上げた実績が、そして今日、平民を満月祭に参加させるという彼の決意が、演説と共に人々の心へと染み入ったのだ。

 決して上辺だけの言葉ではない、次期国王としての覚悟と重みを感じさせた。

 船の上で一身に賞賛を浴びるジルベールを見て、リュシーはまるで眩しいものを見るかのように目を細める。

 リュシーに、というよりもおそらく、聖なる光が己の身を救った劇的な光景に心酔していた様子のジルベールの姿はどこにもない。

 今の彼は、自分のやるべきことをしっかりと理解している、国王の器にふさわしい青年である。


「おい」


 ふと、不機嫌そうな声がして、リュシーは後ろを向いた。むっつりとした表情のアルフォンスが腕を組んでリュシーを睨むように見ている。


「あんまあいつばっか見るなよ」

「妬いてるの?」

「そうだ。悪いか」


 ストレートな返事に、リュシーは少し笑ってしまった。するとアルフォンスは気を悪くしたようで、さらに眉間に皺を寄せている。


「笑うなよ」

「ごめん。大丈夫よ、私が好きなのは、アルだけだから」


 ストレートな感情にはストレートな感情を。リュシーがそう告げると、意表をつかれたのかアルフォンスは驚きをあらわにした後、ニィと口の端を持ち上げて笑った。


「へえ、素直になったな」

「当然よ。もう夫婦だもの」

「昨日の夜は意地はって、ベッドの中でそっぽ向いてたくせに?」

「ちっ、あれはアルがあんまり意地悪するから……!」

「ほら、やっぱり意地張ってたんじゃねえか」

「もう! アルのばか!」


 二人で話していると、ジルベールが一層声を張り上げた。


「――さあ、ルナ・ファロティエの灯す光に見送られ、願いの舟を川へと送ろう!」

「どうやら出番だぞ、リュシー」


 アルフォンスの言葉通り、衆目の興味はジルベールからルナ・ファロティエへと移っていた。

 リュシーは目を閉じて、気持ちを集中させる。

 掌を水をすくうような形にして、胸の前へと掲げた。

 体の内を駆け抜ける熱、それを外へと押し出すイメージ。

 長年リュシーが再現に苦心し続けていた聖なる光が、いとも簡単に掌の上に現れた。

 白く神々しい光が暗い水面に反射して、実際よりも眩く輝く。

 周囲からはわぁという歓声が上がった。リュシーは光を頭上へと掲げる。


「……綺麗だな」

「ええ、とても」


 アルフォンスの呟きにリュシーは頷いた。それぞれの船でルナ・ファロティエたちが聖なる光を生み出している。どれもが美しく、満月の下で輝く光はまるで地上で輝く星のようだった。

 明りに照らされた川縁に、オリバーがいるのが見えた。隣には親方と、ジャンヌもいる。他にも十五地区の住人の姿が沢山あった。誰も彼も手に小さな船を乗せ、感動した面持ちでルナ・ファロティエたちの生み出した聖なる光を見つめている。

 夜に外に出ない彼らは、きっと聖なる光を初めて見ただろう。

 一堂に会したルナ・ファロティエの灯す光の幻想的な風景を、食い入るように見つめていた。

 黒い川面で船に揺られながら輝く星を手にしているリュシーは今、空に浮いているかのような錯覚さえ覚えていた。

 特等席で聖なる光に囲まれている状況に、己の手の内にある聖なる光を前に、心の底からの気持ちを口にする。


「アル、私、ルナ・ファロティエになるのを諦めなくてよかったって思うわ」

「……そうだな」

「お父さんも、見ているかな」

「見てるさ、きっと」


 リュシーの足元には、ずっと使い続けているあの黒いランタンが置かれていた。

 人々は、川に向かって紙で作られた小さな船を流し始めた。

 リュシーとアルフォンスが乗った船の周りを、願いをのせた小舟が流れていく。

 聖なる光に照らされたそれは小さくとも、力強く、希望に満ちている。

 今後もずっと、皆の心から希望の光が絶えることのないように。

 一人一人の願いが全て、叶いますように。

 万感の思いを乗せて、リュシーは聖なる光で紙の船を導いた。

 遥か空の上で満月が優しくサンティエンヌの都を見守っている。

 地上に集う人々を祝福するかのように、淡い光を投げかけながら。


お読みいただきありがとうございます。

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