人を待つ
人を待っている。
その人は、特急の止まる駅に住んでいる、コーヒーをブラックで飲めない人だ。
特急が止まる駅にもかかわらず、遅れるとは何事だ。と言いたいところではあるが、どうやら人身事故で運転を見合わせているらしい。仕方がないので、わたしは待つことにしているのだ。
理由が理由であるだけに、到着時間が読めない。改札前の柱にもたれかかって待つには長いだろう。待つ駅も大きな駅で、人通りも多い。駅近くのカフェを3軒ほどを巡って、ぼうと待てる拠り所を見つけ出した。
私には、喫茶店・カフェの審査基準がいくつかある。座面が柔らかく、背もたれ、肘置きのついた椅子がある、プラス5点。2階から4階くらいに位置し、窓から外が見える、プラス3点。電源とWi-Fi、プラス2点。チェーン店、個人店は問わない。
これらの審査基準で無事8点のカフェの座席を得た。窓にブラインドがかかっていたが、陽が差していないことを確認して、つるべ式の紐を手繰る。目の前には真っ直ぐに車道が伸びていて、このビルを避けるようにカーブしている。
窓の外に見えるものは、そのほとんどが丸いか四角い。グラスの口、丸。信号、丸。ビルの窓、四角。渋谷区の標識、四角。電柱、丸。タクシー、四角。自動扉、四角。
丸くも四角くもないのは、人だ。さらに言うと、人の形に合わせたもの、人の形の延長であるものもそうだ。服、靴下、はさみ、自転車。組み合わせたり、整頓したり、積み上げたりするのに向いていない形である。
カラン、とアイスコーヒーの氷が溶ける音がした。四角い氷は、角が取れて滑らかになっている。今しがた運転が再開したらしい。私は、彼が飲めないブラックコーヒーを飲みながら、私と同じように丸くも四角くもない人を待つ。




