魔境異譚・元海賊のナッツ7話
マキョーという男は、そもそも不動産詐欺にあって魔境を買い取った。ただ、自分の土地を開墾している最中にさっぱり農作物を作れないことがわかり、採取する技能だけが上っていった。いや、違う。そんな生易しいものではない。
死と隣り合わせの魔境で、ひたすら魔物と戦い、身体能力を上げて、魔族と出会い魔法を使いこなすようにまでなった。
それも違う。
「本質は生き残ることだったか」
自分でもできそうなのに、どのルートを辿っても、魔境の領主まで上り詰める想像ができない。三ヶ月に一度、災害のようにやってくる巨大魔獣を止めて中にいた古代人を現世に戻すと言われても、何を言っているのかと疑問だけが湧いてくる。
スライムを見ていたら呪いを解く方法を思いついて、仲間の魔人を解呪したと言われても、因果関係がどうしても繋がらない。
他にも幽霊が苦手なのに、不死者の街を作ったり、海を放浪する民を領民に加え、ダンジョンでどうにか暮らしていた獣魔病という奇病患者の子孫たちも領民にしたと言われて、何をどう考えても納得のしようがない。
さらに数々の魔法を開発し、敵国とされてきた魔族の国との国交を樹立。時々、短い人生の内でいくつも偉業を成し遂げる者がいることは知っていたが、これが一年のうちにやったことだと思うと、一日の長さの辻褄が合わない。
「気になるだろ? でも、気にしないことだ。そういう人間がいるとだけ覚えていればいい。あんまり近づくと殺されかけるから気を確かに保つこと」
ヘリーさんは真顔で話しながら、木の板を彫っていた。ヘリーさんはエルフの国でも優秀な魔法使いだったのに、国を追われた大犯罪者だったらしい。牢から裸足で逃げ出し、山脈を越えたと言うから、この人も異常だ。
私たちがやっているのは魔法陣を彫り、その板に粘液を流して固め、それをスタンプにする作業だ。
「スキルなら盗めるけど、思考までは盗めないだろ?」
ずっと考えながら作業している私にヘリーさんが聞いてきた。
「そうですね。ヘリーさんは裸足で山脈を越えられると思ったんですか」
「他に道がなかっただけだよ。見ての通り、魔法を使えなくなる呪いが刻まれてるのに、白亜の塔にいるエルフくらいなら数秒で捕縛できる」
「白亜の塔って本当にあるんですか」
「あるよ。そこでエルフたちが守っていたのは、ほとんど呪われた書物ばかりだけどね」
おとぎ話に出てくることが実在していると、本当にショックを受ける。
「空飛ぶ靴ってありますか」
「靴はないけど、空飛ぶ箒とか空飛ぶ岩はあるよ。というか空飛ぶ農業島を作っているよ」
「はい?」
「いや、古代にはあったらしいんだ。それを再現しているだけ」
「だけって……。魔境で、できないことってあるんですか」
「小麦」
「え? どういうことですか?」
「小麦が育たない。農業全般、魔物が邪魔をして発展できないんだ。だから空島を作って育てているんだけど、まだまだ時間がかかりそうなんだ」
「そんな呪われた土地ではあるんですね」
「ああ、しかもそこに適応しないと生きていけない」
「穀物がないということですか」
「いや、今は交易が盛んで小麦も芋も余っているくらいだ。お陰でエネルギー効率が良すぎる」
実際、ヘリーさんの作業スピードは異常だ。私が一枚彫っている間に、10枚以上終わらせている。しかも魔法陣も正確だ。
「私は描き慣れてるからね」
「結局、これはなんの魔法陣なんですか?」
「ちょっと暖かくなったり、寒い風が吹くだけさ。でも、それが生活の快適さに繋がる。魔境はほとんど人が増えないから、知恵の数も限られてる。呪われた土地で過酷さに気が滅入る前に、快適な場所があればそこに人も魔物も集まるんだよ」
「魔物もですか?」
「不思議なことに魔物も集まるんだよ。魔物は魔法の動きに敏感なんだと思う。あと、マキョーがほとんど魔物だから臭いに釣られるんじゃないかな」
「誰が魔物だって?」
振り返ると門の上からマキョーが降ってきた。燻製肉を作っていたエルフの番人たちが立ち上がったが、マキョーが手を上げると作業に戻っていた。
普段、魔物が見えても腹が減っていない時は動くこともない二人だが、マキョーが来た途端に、番人になるのが面白い。
「ナッツと言ったな」
「ん? ああ、はい」
どうにも近所のおっさんと話している感覚が拭えない。
「魔境のコロシアムで働かないか」
「え? なんで? どういうこと? 兵士は?」
「兵士は配置替えで話は付く。それより幽霊船の船長とも話したんだけど、波や風の流れは読めるんだろ?」
「まぁ、船と海さえあれば」
「それを魔力でも見えるようになってほしい。魔境じゃ、度々魔物の大発生があるから、流れが分かれば予知できるかも知れない」
「それとコロシアムとどう関係するんです?」
「あ、そこからか。えっと……魔境のコロシアムって魔物と人間が戦う場所なんだよ」
「それはわかりますよ」
「要は魔力の衝突が起こっている場所だ。そこで魔力の流れを読む訓練をしてほしい」
「それはマキョーがやったらいいじゃないか」
不遜にも私は領主にタメ口で喋っている。このおっさんと話すとどうしても抗議するような口調になってしまう。ヘリーさんは笑っていた。
「俺は魔力を読もうとした段階で、他に影響を与えることが多い。ナッツはまだそれほど強くないだろ? ちょうどいいんだよ」
「これ以上、強くなるなと?」
「器用貧乏そうだからな。ナッツはアイテムを使ったほうが強いよ。それに盗む技術があるってことは、よく対象を見ている、つまり何かに集中できるってことでもある」
私はその話を聞いて、心だけでなく身体まで揺れていた。
「それどういう状態? 嬉しいのか、嫌なのか?」
「わかんない! ヘリーさん、こいつの言っていることが内容は理解できるのに、わけがわからないんだけど、助けていただけませんか」
ヘリーさんは揺れる私を見て笑い転げている。
「じゃあ、いいか」
「いや、ちょっと待て。私の人生に関わるっぽいから! 魔境のコロシアムの職員になればいいんだろ? 受けるけど、準備とか条件とか必要だと思う」
「あ、そう? じゃあ、気が向いた時に来て」
「わかった。あのー、波のように魔力って読めるのか?」
「ああ、読めるよ」
「そんな簡単に……」
「ヘリー、ナッツを魔力予報士にしてやってくれ」
「私に言うな。なるのはナッツだ」
「そうだな」
マキョーはそれだけ言って、空へと飛んでいった。いったい、あのおっさんは何者なんだ。いや肩書はわかっているが、勝手なおっさんだ。
「魔力って見えるんですか?」
「見えるようになる魔道具もあるよ」
「……どうすりゃいいんです?」
「基地に戻って荷物をまとめてきな。ちゃんと隊長に話を付けておくことだ」
「隊長か……。確かに、その方が良さそうだ」
私はずっと心も揺れて、身体も揺れていた。何かを手に入れる時は、逆算すればいい。スキルを盗むときも必要のないことをしないようにだ。
なのに、魔力予報士なんて、そんな職業はない。魔力を読めと言われても、方法もわからない。でも、あのマキョーというおっさんは出来るという。
「無駄な挑戦をすることになりませんかね」
「挑戦した段階で、半分くらいはできたようなものだよ。あとは手探りで習得するだけさ」
それを聞いて、私の目の前にあった壁が消えたような気がした。金も地位でもなく、やり方もわからないものに向かって進んでいる。
道なき道を手探りで向かう私の目には涙が溜まっていた。不安もあるが、興奮もある。私の足を引っ張っているのは、これまでの私だ。
「荷物まとめてきます」
私は一歩踏み出していた。




