魔境異譚・元海賊のナッツ6話
翌日、ヘリーさんという入れ墨だらけのエルフとシルビアさんが魔境門までやってきた。
「仮面を作っていると聞いたんだけど」
「はい。これ……」
私はヘリーさんに仮面を見せた。
「よくできている。魔法陣は彫れるかい?」
「いえ、魔法陣自体見たことがないので……」
「じゃあ、いくつか。見せるか」
ヘリーさんは冊子を取り出して、渡してくれた。中には効果と魔法陣が描かれている。
「木の板さえあれば、全部彫れるか」
「できると思いますけど」
「こんな彫る用の道具もあるんだけど」
ヘリーさんは彫刻刀という道具をくれた。
「いいんですか?」
「いいよ。魔境には魔道具の技術者が足りてないんだ」
私は、そもそも魔道具の技術者自体、存在しているのかというレベルだ。
「でも、私、元海賊ですよ」
「私はエルフの大罪人だよ。密輸もしているし。魔境の住人のほとんどが追放されてきた者たちだ。問題は過去じゃない。今、何ができてどう生きているかだ。過去は変えられなくても今なら変えられる」
「はい」
大事なことを言われた気がしたが、この時はピンときていなかった。
「ナッツと言ったな」
「はい」
「魔道具を作ろう。魔境の輸出品目が増えるとたくさん稼げるぞ」
「でも、私は兵士ですよ」
「それは、あまり関係がない。あれ? お金、欲しくない?」
「いや、欲しいですけど」
「じゃあ、工房に行こう」
そう言うとヘリーさんは魔境へ私を連れて行こうとした。
「魔境に入れるほどの実力はありませんよ」
「あ、魔境に入るのに、実力は要らないよ」
「え? でも、森での修行が……」
「ナッツはここで修行中か」
シルビアさんが番人たちに聞いていた。
「そうみたいです」
「じゃあ、魔境で修行すればいい。ここより魔境の魔物のほうが強いし、植物も襲ってくるけど、大丈夫だよ」
「何がですか」
「死んでも生き返せるから」
「いや、私は死にたくはないんですけど」
「わがまま言うなよ。たぶん、4、5回は死ぬから安心していい」
「死んだら終わりじゃないですか」
「ああ、魔境だとそうでもない。一旦、マキョーに預けたほうがいいかな」
「いや、一旦彫ってもらって、スタンプを作ってもらってからにしよう」
「それがいい」
ヘリーさんとシルビアさんは鬼のような顔で笑っている。私はこのまま何度か死ぬのか。
「あの! ここで魔法陣を彫るのはどうでしょうか? 板ならありますから」
「ああ、どこでも別に構わないよ」
「板の在庫はあるか。なければ持ってくるよ」
私を嵌めようとしているわけではないのか。
「あります!」
私はひとまずヒートボードという熱くなる魔法陣を彫ってみた。特に魔力を込めないので、熱くならないが、ヘリーさんもシルビアさんも感心していた。
「この程度で良ければ、いくらでも……」
そう言って、冊子に描いてある魔法陣を板に彫っていった。
私が魔法陣を彫っている間に、シルビアさんは番人たちに武器を作り、ヘリーさんはなにか毒を作っているみたいだけど、何を作っているのかはわからない。
すべて彫り終わった頃には、番人たちはシルビアさんが作ったハンマーを振っていた。
「シルビアさん! これを振ると強くなれるんですね?」
「いや、重いものが持てるだけだ」
「つまり一人でも門を開けるようになれと!」
「いや、荷運び要員として少しは役に立ってほしいだけ」
「「頑張ります!!」」
あの番人たちが、張り切ってボケている。
「おーい。罠を強化してきたから、魔物を運んでくれ」
ヘリーさんも大きなワイルドベアを担いで戻ってきた。番人たちは言われるがまま、ベスパホネットの群れやジビエディアの死体を集めて解体し、皮鞣し用の溶液に漬け込んでいた。
「おおっ、すごい。もう彫れたのか」
「はい」
「じゃあ、ちょっと待ってな。そろそろ夕飯の時間だから」
「え?」
森の木々に日が落ちた頃、門の上に人影が現れた。
「おい」
声をかけられ、門の上を見上げると、人影が地面に落下。いや、着地していた。
革鎧を着たごく普通の冒険者こと、マキョーがそこにいた。手には、肉料理とサラダを持っているらしい。
「「マキョーさん!」」
なぜか番人たちは歓喜の声を上げていた。
「おう、どうせシルビアとヘリーにいじめられてただろ。とりあえずパンを焼いてくれ」
「かしこまりました」
番人たちは、慌てて壺を温めて、壺の表面でパンを焼き始めた。
「別にいじめてはいないよ。それより見てくれ。元海賊のナッツが魔法陣を彫ってくれたぞ」
「あぁ、そうなったかぁ。あんまり都合よく使われないほうがいいぞ」
「何を言ってる!? これさえあれば、スタンプを作って、魔道具を量産できるじゃないか」
「どこに売るんだよ。値崩れを起こすぞ」
「民の生活が楽になるんだから、いいじゃないか」
「いいけど、別に魔境の住民が増えるわけでもないからな」
マキョーの話を聞くと、スタンプで作った魔道具は使用期限が早く、捨てられるのも早いという。
夕飯を食べながら、説明してくれたのだが、肉料理とサラダのドレッシングが美味しすぎて、後の会話はほとんど覚えていない。
「美味いだろ?」
マキョーはそう私に聞きながら、シルビアさんとヘリーさんに自分の料理を分け与えていた。
「はい。魔境の料理は美味しいんですね」
「うん。それで、どうするんだ? 魔境に来るのか」
「いえ、それは……」
「怖いか」
「はい」
「それは強くなる自分が怖いとか、変わってしまう自分に耐えられないとかじゃなく、普通に命の危険があるからか」
「そうですね」
「だったら、挑戦になるから、自分が成長したいと思った時に来るといい。どうせ一度幽霊船で死んでるんだろ?」
「え? ああ、そうですね」
幽霊船で私は死んだようなものだ。
「無理して魔境に入る必要はない。魔物だけじゃなくて植物まで襲ってくるような面倒な土地だしな。このまま彫刻刀を持って職人になるのも道だ。好んで魔境に来たがるのは、魔境に来るしかなかった奴か、自分の壁を突破したい奴だ。シルビアとヘリーに誘われたかも知れないけど、気が向いた時に来てくれればいい」
「わかりました」
「ええ? もったいないよ。稼げるのに」
「そうだ。魔境に入るのなんて早いほうがいいだろ」
ヘリーさんもシルビアさんも不満そうだった。
「二人の言うことは無視でいい。その魔法陣の冊子があれば、ある程度稼げると思う。兵士として辺境基地に残ってもいいし、魔境に入るのも自由だ。ただ、来るなら門から入ってくれ。死んですぐなら助けられるけど、しばらく経って見つかると、不死者たちの港町に放り込まないといけなくなるから」
そんな港町があるのか。
魔境では、他の場所では経験できないことが待ち受けているんだ。そう思うと、自分の人生をかけてみたくもある。どうせ拾った命なら、好きにしていいという気持ちもある。
ただ、魔道具を売りながら安定した生活を送るのも可能だ。魔道具の価格を教えてもらうと、海賊時代には考えられない生活ができることもわかった。金に困ることもなく、飢えに喘ぐこともない。辺境基地で、私はすっかり普通と呼ばれる生活を盗んでいたのかもしれない。
焚き火を見つめる内に、私はきっといつの間にか人生の岐路に立たされていたのだろう。
魔境について質問をしながら、どうして目の前の冒険者風の男が魔境の領主になれたのか、気になり始めていた。




