魔境異譚・元海賊のナッツ5話
森をずっと観察していると、強さとは凶暴さなのかと思うことがある。単純に辺境の森の西側よりも魔境に近い東側の方が明らかに魔物は強い。縄張り意識が強いとか、単純にレベルが違うということ以上に、好戦的だ。
自分の縄張りだろうが、誰かの水場だろうが、目が合えば殺し合いが始まる。しかも、初動が早いほうがだいたい勝つ。当然、周辺視野も含めて、注意力が身についてくる。
「これ逆に、木に目を書いたら魔物を追い出せるんじゃないか」
「その発想はなかったな。できることはやってみるのが魔境流だ」
エルフの番人から許可を得て、泉近くの樹木に魔物の目を彫ってみた。無駄に器用だから、ちゃんと目に見える。むしろ樹木の魔物にさえ見えるかも知れない。
一度離れて様子を見てみると、目を彫った樹木が折れていた。周辺に魔物が集まっている。樹木を折ったワイルドベアを狙っているらしい。
私はその場から離れて、作戦の失敗を反省していた。
「どうだった?」
エルフの番人は、失敗したことを察してか聞いてきた。喋ることで沈んだ気持ちは軽くなる。
「ダメだ。木を折られちまった」
「そうか。それ目的を変えればいいんじゃないか」
そう言われて、自分が魔物の生態系に、どんな影響を与えたのかを考えた。つまり、目を描けば襲ってくるという行動を引き出せる。別に報酬もないものを襲わせ、疲労させる事ができるということだ。
「狩れるってことか。だから魔物が集まってきていたんだ。罠を教えてくれ」
「いいぞ。落とし穴から括り罠まで教えてやる。その代わり、解体を手伝ってくれ」
「わかった」
私は魔物の解体作業をしながら、エルフの番人から罠を各種、教えてもらった。ここでもやはりアラクネの糸が非常に役に立つ。
「魔境のアラクネの糸でしか出来ないんじゃないか」
「たぶんな。他の場所に持っていくと高く売れる。ちなみに、罠を張ったり目を彫っている姿も魔物には見られているからな」
「ええ、そうだったのか。だったら、仮面でも作って仕掛ける時間を短縮しよう」
私は木の板で魔物の仮面を彫っていった。焚き火の側で作業をしていたからか、集中して失敗作も含めて大量に仮面ができた。
後は罠を仕掛けるだけ。落とし穴は掘る時間がかかるから、括り罠にしよう。
罠の数が多いのでエルフの番人と話していたら、門の上から人が降ってきた。
小柄なのに、分厚い革鎧を着ており、頭はサイドを刈り上げたソフトモヒカンの女性だった。魔境の戦士か。なにより自分よりも巨大なリュックを背負っている。一瞬、岩が降ってきたのかと思ったくらいだ。見た目だけで魔境の住人とわかる。領主のマキョーとは大違いだ。
「あ、あれ? 番人、増えた?」
「いや、訓練基地の兵士です。元海賊で器用だからってここで訓練をしているところで」
「ナッツと申します」
「シルビアだ。魔境の武具屋をやっている。仮面を作っているのか。呪術かなにか」
シルビアさんは短い挨拶とともに、私の仮面を見ていた。
「いえ、罠の一部です。仮面を木に括り付けておくと好戦的な魔物が向かってくるので」
「なるほどね。本当に器用だね。ん? 落とし穴を掘るわけじゃないの?」
「アラクネの糸で括り罠を仕掛けようと」
「その糸も万能じゃないからね。あ、クロスボウの罠にしたら、ど、どうかな?」
シルビアさんはリュックの中から、クロスボウを取り出して見せてくれた。アラクネの糸を使った罠の張り方まで教えてくれる。
「つまり、アラクネの糸が撓むと発射されるんだ。矢の自動装填まではできないんだけど」
自動で矢が装填されたら、狩りの形態が変わってしまう。
「持ってみても構いませんか」
「いいよ」
クロスボウは重く、弦を引けないかと思ったが、ちゃんと両手で引けるようにハンドルが付いていた。これなら私でも使える。
「これ、借りてもいいですか」
「ああ、もちろん。使い心地を試してもらいたいんだ。これ、矢ね。どれだけ力で折ろうとしても折れない。魔力を込めないと折れない仕組みだ。よかったらこれも使って、それからこれも使う?」
シルビアさんは、瓶に入った毒もくれた。
「斧もあるけど、どうする? ナイフだけ置いていこうか」
「すみません。こんなに」
「どうせ交易のための試作品だ。辺境の基地に持っていく途中だったからよかったよ」
私とエルフの番人は、クロスボウと矢、ナイフ、それから毒瓶を受け取った。それでもシルビアさんのリュックが縮んだようには見えない。
「じゃあ、また来るから」
そう言うと、シルビアさんは森の中を目にも止まらぬ早さで駆け抜けていった。
「ちなみに、あのスピードが魔境の通常運転だ」
「でも、あのリュックに、この重いクロスボウよりも重いものが入っているんでしょ。魔境って罠とか意味があるのか」
「あるぞ。むしろそこら中に天然の罠が張り巡らされていると思ったほうがいい。魔物の死体が罠になっていることだってあるくらいだから」
「でも、ここで慣れておくのはいいと思うぞ。魔境では通用しない魔物がこの森に住んでいるわけで、裏を返せば魔境一歩手前の予備軍みたいなものだからな」
「なるほど」
この時の私は、納得してしまった。
私とエルフの番人は南北に広がりながら、クロスボウの罠を仕掛けていった。
成果はすぐに現れ、そこら中から魔物が争い始め、断末魔が森に響き渡る。開始から数刻でワイルドベア、ダイヤウルフ、ゴートシープ、フィールドボアなどが矢に貫かれていた。
「運んで血抜きから、やっていくぞ」
魔物の死体はすべて川で虫を剥がし、血抜きをしてから解体をしていく。
「これが魔境の通常営業なのか」
「いや、お試し期間だ。死んでから時間が経っても、魔物が周囲からいなくなっているだろ? 魔境だとその死体に毒が仕掛けられていることもある」
「そんな……」
「だから、毒も一緒に仕掛けておくんだ。死体漁りまでちゃんと仕留めておかないとな」
「なるほど」
仕留めた魔物を運んでいると、川に他の魔物たちが集まってくるが、こちらの武器が見えないからか一定の距離で止まっている。観察眼は自分たちだけに備わっているわけではない。強い魔物ほど、自分と敵の魔物の力量を測れるのではないか。
魔物の死体を運び終えると、腕が上がらなくなっていた。どれだけ魔力を込めて身体を強化しても基礎体力がなさすぎる。海賊時代の私はあの期間に何をやっていたのか。
「動かないか」
「うん」
「肉を食ってから回復薬を使ったほうがいい」
「わかった」
エルフの番人たちも入植当初は、筋肉痛や筋断裂の連続だったという。
「チーズもいいし、野菜もたくさんあるから、なんでも食べたほうがいい。思考が先行しても身体を作り変えないと成長にズレが出てきて、遠回りをすることになる。体力づくりも重要だ」
「わかった」
番人たちの言葉はいちいち腹落ちする。
夕方、シルビアさんが戻ってきた。
リュックの中は野菜と小麦粉に変わっているという。
「クロスボウはどう?」
「すごい威力です。血抜きして解体してありますが、肉は持っていきますか」
「ああ、要らない。魔境のほうが多いんだ。それより、仮面以外も作れる?」
「え、ああ、筋肉が回復すればできますよ」
「じゃあ、仕事を頼むかも知れないけどいいかな。ちゃんと報酬は払うから」
「ええ、構いませんよ」
「よかった」
シルビアさんはそう言うと門を開けることもなく、跳び上がって越えていった。
「この門って意味あるの?」
「魔境の外の者たちにはあるさ」
「たぶんな……」
夜鳥が鳴いていた。




