魔境異譚・元海賊のナッツ4話
エルフの番人との修行が始まり、すぐに「器用かどうかは関係ない」と理解した。
まずベスパホネットの巣に石をぶつけておびき出し、そのまま死ぬまで戦うという無茶苦茶な訓練から始まった。いや、それは訓練と言えるのかどうかが怪しい。
腕から胸にかけて噛まれているのに、エルフの番人たちは普通に笑って、ベスパホネットの首をねじ切っている。
「腕が動くうちは大丈夫。薬草でも貼っておきな」
そう言って、貼った薬草の効果が異常だった。本当に秒で治ってしまう。
「魔境産の薬草は効果が高いからね。そんなことより次々来るぞ」
こいつらは兵士でもないのに、とんでもなく強い。
私は襲いかかるベスパホネットの群れを、ひたすら狩り続ける。思い切りナイフに魔力を込めて振り回しても当たらなければ意味がない。そもそも虫のスピードについていけるわけがない。
「どうすりゃいい!?」
傷だらけで、血まみれの私は笑っているエルフの番人に聞いた。
「声が出ているうちは、大丈夫だ。考えて自分で答えを出せ」
そう言われて、すぐに答えが出ているなら商売をしている。いや、商売だと思えばいいのか。向こうは突っ込んでくるから、こっちは受け流しながら、何かを回収する。恐れる必要はない。頭を見ると怖いなら、武器ではない部分を見ればいい。
私はベスパホネットの胸部を見ることに集中し、怪我をしてもいいからナイフを突き入れて魔石を取り出した。
飛んでいくベスパホネットはそのまま羽を動かすのを止めて地面に突っ込んでいた。
ブンッ。
羽音はなおも私へ向かってくる。考えている時間も喜ぶ時間もない。
ひたすら羽音のなる方に視線を向けて、胸部を特定し、魔石を引き抜くことだけ。ナイフすら邪魔になってきた。
指を固くしないと虫の硬い表皮は貫けないので、魔力で保護する必要があった。それでも裂傷と骨折は免れない。それも薬草を巻いて包帯をしてしまえば、回復と攻撃が同時に行えた。
考えるのではなく、動作を短く。思考ではなく、顔を向ける、視線を固定する、眼球を動かすと徐々に何をすればいいのかがわかってくる。全身の筋肉が悲鳴をあげているが、動かないと死ぬのだから、動かない足を叩いてでも動かしていく。
意識を失っていたと気づいたのは、川の中でスライムに襲われてからだ。起き上がったのに、頭が二日酔いの時のように重い。魔力切れだ。
「起きたか。動けないだろ?」
藁で作った寝袋の上に寝かされた。
「豆のスープだ。今日は一日休んでてもいいから、どんなことをしてでもこのスープを平らげろ」
「身体作りから始めないといくら器用でも精度が悪くなるんだ」
無理やり身体を起こして、スープを飲み干す。そしてまた気絶するように寝て起きたら、身体が明らかに変わっていた。脂肪が減り、筋肉が付き始めている。しかも魔力もしっかり感じられる。
「起きたか。そのまま魔力を骨に流せ」
エルフの番人は血管に流すと黒く変色すると注意してくれた。
「あと、例えば斧でも剣でもいいから、握ったところから自分の骨の延長線上にあると思うと魔力を通しやすくなる」
「魔境ではそれが普通なのか」
「いや、マキョーさんは武器を、魔力制御棒くらいにしか使ってない」
「山脈に穴を開けたときも、わかりやすくていいなと言っていたくらいだから」
「じゃあ、普段は武器は持たないのか」
「持たないというか、あの人は全身凶器だ。素手が一番強い」
「じゃあ、革鎧だけで?」
「ああ、装備はだいたいシルビアさんが作っているけどな」
「魔境に防具を作る職人がいるのか」
「いる。そもそもないから自分たちで作るしかなかったみたいだ。でも、ほとんど追放された人たちばかりだけどな」
魔境って、なんなんだよ。
考えれば考えるほど謎だ。
「私は武器を使いますよ」
「皆、そうだよ。マキョーさんだけおかしいだけだ。武器も防具もあるだけいい」
「むしろ準備できていないそいつのミスで死ぬんだから、絶対に装備は納得できるものにしろ。死んでも死にきれないから」
やっぱり死ぬことを前提に生きるのが魔境なのか。
「死ぬことから逆算すればいいんじゃないか」
「ああ、そうかも知れない。やってみな。俺たちは止めないから」
あのとき幽霊船で無くなってもおかしくない命だ。
私は森に入り、眠っていたワイルドベアに飛びかかった。
バイーンッ!
レベルが上がったはずなのに、あっさり弾き返され、さらにワイルドベアは眠り続けている。要は敵としても認知されていない。弱さを突きつけられた気がする。
強さとはいったいなんなのか、考えざるを得なかった。
番人たちのいる門まで戻り、焚き火の日に当たる。
「どうした?」
「負けたと言うか、全力の攻撃が認識もされなかった。結構、ベスパホネットを倒したと思ったんだけど」
「まぁ、来るとわかってる攻撃なんて、受けるもなにも筋肉固めて魔力を集中させておけばいいからな」
「全然、死ぬことから逆算できてないな。寝ている魔物になら、攻撃が当たるし、自分は強いと勘違いしているだろ。一応、この森のワイルドベアなんて一番魔境に近いんだから、弱点を突いても攻撃が通るかどうかという相手なんだぞ。敵の観察もしてないのに、逆算もくそもないだろ?」
そう言われて、自分の浅はかさを知った。
相手の強さを知り、己の弱さを知る。私はなんとなく魔物を倒していた事を理解した。
「どうすりゃいい?」
「なんでも聞くな。自分で考えろ。そうじゃないと判断力がつかない」
「解体を手伝え。魔物の可動域がわかるから」
番人たちの言うことを素直に聞き、血抜きされた魔物の死体を吊るして、解体を手伝った。魔物の魔石の位置から内臓を守る骨の位置、足の関節まで丁寧に見ていく。
「正直、こんな太い骨と筋肉で蹴飛ばされたら人間なんてひとたまりもないだろ?」
「確かに……」
「対抗するには術理が必要なんだ。当たり前だけど、筋肉を切断するのも大変だろ。骨が太いところを狙って折れるような攻撃を持っているか」
「無理だ」
「スキルを手に入れるというのはそういうことだ。誰かの真似をしても術理を理解していないと効果はない」
「どこに攻撃するのかもわかっていないから?」
「そう。でも、一皮剥けば、ナイフが通る場所がわかるだろ?」
「細いところか。あ、関節か。弱点が丸出しじゃないか」
「訓練施設でたくさんスキルを盗んだのなら、その使いどころをここで盗んでいくといい」
「わかった。ありがとう」
エルフの獣臭いおっさんたちは優しい。
「ちなみにあんまり石鹸とか使うなよ。匂いってめちゃくちゃ拡散するから、それだけでほとんどの魔物に位置を知らせていることになるからな」
「え!? そうなの!?」
臭いことにも理由があるなんて、私はまたしても浅はかさを知った。
「それから美味そうな樹の実や美味そうな魔物は、他の魔物も狙っているから、俺たちは罠を張ることくらいしか出来ないと思ったほうがいい」
「そもそも戦って怪我をすると、それだけ傷が治るのに時間がかかるだろ? その時間がもったいないし、無駄とも思える時間のほうが学びは多いから、一日のうちにぼんやりする時間を意図的に作ったほうがいい」
「そういうことだ?」
「人間、そんなに頭がよくないからな。ぼんやりしていると、納得できることが多いんだ。魔境に滞在すればするほど、謎は深まる。アラクネに話しかけられたことはあるか」
「あるわけない」
「俺は飯を奢ってもらったことがある。考えてもわからないことは整理しないと、邪魔になるんだよ」
「なるほど」
私は焚き火の炎を見ながら、ぼんやりしてみた。確かに、頭の中がスッキリしたような感覚がある。ただ、これが正しいのかどうかは未だわからない。




