魔境異譚・元海賊のナッツ3話
ベスパホネットを倒してから、毎日森の中に入り、走り続けていた。魔物を倒せたら、自分が成長しているという実感がある。ほとんど小型の魔物ばかりだけれど、単独で魔物を倒せた。訓練場では先輩兵士たちのスキルを見様見真似で試していく。
夕方には私がいるので、よく練習台にさせられた。
壁まで吹っ飛んだ私に先輩兵士たちは薬草を渡してくれた。
「避けやすいか」
「いえ、全然。左右には逃げ場がなかったです」
「普通はそうなんだよなぁ……」
私は先輩兵士たちが望む答えをしているはずなのに、先輩たちは落ち込んで訓練を止めてしまう。
「なにか私が悪いことを言ってますか」
別の先輩兵士に聞いてみた。
「いいや、気にしなくていいよ。ただスキルとして盗めそうかどうかだけ教えてあげて」
「それなら、盗めそうですけど……」
「そうだよね。だからダメなんだよ」
「どういうことですか」
「魔境で通用する技術じゃないってこと」
「そんなことわからなくないですか」
「じゃあ、ちょっと真似してやってみて」
私は両手にナイフを持って先輩兵士がやっていたように両手を広げた。その瞬間に、向かい合っていた先輩は人差し指で私の顎を押して、顔を下に向ける。私は攻撃するタイミングを失ったまま、地面に倒れた。
「タイミングさえ噛み合えば、指一本で崩せるスキルってこと。そういうスキルが通用する現場じゃないのよ。魔境は」
どういう場所なんだよ。
「スキルの真似をするなら、自分の物になるまで練習しな。器用だけで到達できる領域なら、私たちがすでに通過している」
「ただ、自分の物にした途端、環境が変わるのが魔境だ。辺境で通じても魔境じゃ通じない。一番、イカレてるのは環境そのもので、最も対応してしまったマキョーさんが領主なんだ」
先輩兵士たちが次々に説明してくれた。
「じゃあ、魔境に入らないと始まらないってことですか」
「そういうことだな。今は蜘蛛の大発生があったとかで入領禁止になっているが、そのうち解ける」
「そんなの、勝手に入ればいいじゃないですか」
「番人がいる。会ってみるか?」
「はい」
私は、先輩兵士たちに連れられて、魔境の番人に会うことになった。
「ちょっと本気?」
先輩の中でも仲の良いレジーが心配そうに私を見た。
「マズいですか」
「いや、どうなんだろう。魔力は使えるんだよね」
「毎日、練習はしてますけど……」
「じゃあ、準備だけは怠らないように。あと、私たちが入っている森には強さにグラデーションがあるわ。西から徐々に強くなっていくから、後半の森には十分に気をつけるように」
レジーは何を言っているのだろうか。森の強さにグラデーションがあるだなんて、よくわからない。森は森だ。
「わかりました」
私はとりあえず準備をして、先輩たちに連れて行ってもらうことにした。そもそも何度も行き来しているので道はあるし、魔境の番人たちも道を整備しているのだとか。
「ちなみに、マキョーさんたちは空を飛んでいくからほとんど使わないけどね」
「え? 強い魔物がいる森を飛び越えるってことですか。ズルいじゃないですか」
私がそう言うと先輩兵士たちは笑っていた。
「いや、ズルいというか……」
「それ、番人に聞いてみたらいいと思うよ」
過剰に準備だけはして、先輩たちに付いていく。
ただ付いていってるだけなのに、森に入って数刻で森を舐めていたと実感した。
レジーの言っていたことは正しい。明らかに魔物の強さが違う。見上げるほど大きなワイルドベアがジビエディアほどのスピードでこちらに向かってきた。
剣を構えることは出来ても反応すら出来ないまま、先輩たちが倒していた。何をどうしたのか見えなかったが、熊の頭が捻転している。
がっくりと項垂れるワイルドベアの死体をそのまま木に吊るして、解体していくのだが、慣れすぎていて手品でも見ているかのようだった。
「どうやって倒したんですか」
「ああ、罠を仕掛けて躱しただけだよ。勢いよく突進していった分、反力が掛かって首が捻転したんだ。アラクネの糸を撚って紐にすると驚くほど丈夫になるんだ。この方法が一番血は出ないし、汚れないからね」
髭面の先輩は優しく言っているが、やっていることはえげつなく、ワイルドベアの死体をひとりで持ち上げていた。体重差って無意味にできるのだろうか。
虫系の魔物も通常であれば人間の顔くらいの大きさだが、普通に人と同じくらいのサイズが飛び回っていた。気づかれないように通り過ぎていくが、私が視線を合わせてしまったがために気づかれた。
「すみません」
「ああ、熊肉を放り投げておけ」
私はワイルドベアの肉を放り投げたら、ベスパホネットは空中で掴み、そのまま肉団子にしていた。
「逃げるぞ。ああいうのは番人に任せるしかない」
後半の森は先輩たちでも逃げ出すのか。
「どれだけレベルが上っても、ああいう魔物は予測不能な動きをしてきて、いつの間にかこちらが罠に嵌められていることがある」
「虫のほうが罠は上手いから。向こうは身体の形態ごと変えているんだから、敵うはずない。私たちは私たちにできることで対応していかないといけないよ」
短髪の女性兵士が教えてくれた。ただ、私はこの時はじめて、この兵士が女であることを認識した。
森の中に唐突に舗装された道が出てきた。
「ここから先が魔境の領地だと思ったほうがいい」
「そうなんですか」
「あ、そこ罠がある」
私が踏もうとしたところに、地面からトゲが出てくる罠があった。予定していない侵入者は徹底的に排除するのが魔境らしい。
「一応、言ってなかったけど、普通に道は歩かないようにね。呪いが掛かってることがあるから」
魔境に入植した頃、エルフの国から攻められたことがあるらしい。大量の戦死者が出て、今でも森のどこかを彷徨っているのだとか。
「そんな訳あるか」
森の中から声がした。
草葉の影からのそりと現れたのは、エルフの大男だった。服の上からでもわかる筋肉質で厚みのある胴体。背は高いのに、痩せた印象がない。弓でも持っていれば、森のエルフというイメージにぴったりだが、持っているのは斧だ。
さらにもう一人エルフがいるようだが、丸太を3つも担いでいて顔が見えない。
「魔境の領主は死者でも働かせるから、もし彷徨っているような奴がいたら、こんなところにいないよ」
「あんまり予告もなく来るなよ。俺たちだって普通に仕事はあるんだからよ」
彼らに付いていくと、石造りの大きな門が現れた。門と小屋だけで、城壁などはなく川が流れているくらい。
「どうだ? マキョーさんが門を作ってくれた」
「いいな」
「ちなみに、蝶番はないから、扉は持ち上げて入ってくれ」
「いや、俺たちは魔境に潜入するために来たんじゃない。新人が来てな。どうも、マキョーさんたちが空を飛んでくるのがズルいっていうんだ」
「ズ、ズルい!?」
エルフの番人たちは顔を見合わせて笑っていた。
「だってあんな強い魔物の相手もしないなんてズルくないですか!」
あまりに笑うので私もムキになってしまった。
「まず、魔境で狡猾さは美徳だ。それから、川を越えると、魔物だけじゃなくて植物も襲いかかってくる森が広がっていると思ってくれ」
「俺たちもほとんど入り口付近しか入れないけど、ズルいとかズルくないという次元ではなく、本物の魔境の住人の方たちからすると、こっちの辺境の森にいる魔物は子猫とか鼠と変わらない。なんだったら放っておいたら増えてくれる家畜くらいにしか思っていない」
「つまり、どういう……?」
私の頭は混乱した。意味がわからなすぎる。
「私たちが逃げ出した魔物は、保護対象になるような愛玩動物ってこと」
「じゃあ、私は何を盗んでいたと言うんですか!?」
「盗む?」
「ああ、君か。元海賊の兵士ってのは」
エルフの番人二人が私を見た。
「マキョーさんから聞いている。器用そうだって」
「鍛えてやってくれとも言われているな」
「よし、やろうか」
髭面エルフの二人は満面の笑みを浮かべていたが、私の全身から玉のような汗が吹き出していた。




