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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~

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魔境異譚・元海賊のナッツ2話


 盗まないといけないものはわかった。技術だ。

 器用さだけはあったから、戦闘技術を習得するのはそれほど難しくはないと思っていたが、圧倒的に体力も足りなければ、術理への理解もなかった。そもそも私はほとんど魔法なんか使えない。


 ひたすら練習するために、基地内を走り回り、雑用をこなす。モップで掃除するのも体力をつけるためと思えば、なんの苦でもなくなった。目的がはっきりした上に、可能ならやるしかない。

 それから魔境では魔法より魔力の操作に力を入れているようなので、魔力の訓練も盗みたい。ただ、知識が増えるばかりで、一向に魔力を使えている気がしなかった。


「魔力ってどうやって使うんだ?」

 隊長に聞くと、「知らん」の一言だ。

「魔法でも使えばいい。あとは交易村の姐さんたちに聞くんだな」

 魔法使いの兵士が言っていた。その兵士は魔法使いなのに、信じられないくらい太い筋肉の腕と足を持っていた。それでも魔境に入ったら赤子のように一捻りされてしまうのだという。

 わけがわからないが、交易村の姐さんという人たちが来た時に、魔力の玉を教わった。


「魔力でボールを作るのよ。それだけで、なんでも上手くなるからやってごらん」

 聞いてみると私が元海賊と知っていても、親切に教えてくれる。

「私が過去に何をやっていたのか知っているのに、気にしないのか」

「人を殺したりはしてないんでしょ? だったら別に……」

「私たちだって立派な人間ってわけじゃない。過去を掘り返せばなんでもあるよ」

「いつだってやり直しは利くんだから、これからちゃんとやってきな。訓練基地にずっといるんでしょ?」

「いや、魔境に所属しようかと思って」

「それは止めときな」

 それまでずっと応援している雰囲気だったのに、魔境行きだけは否定された。

「なにか問題でも?」

「ある。というか、問題しかない。私たちも少しだけしか入っていないけど、強さとかお金持ちとか、そういうものを求めているなら、魔境の手前で止まるのが正解だよ」

「いや、でも……」

 そう言われると、お金じゃない目的に向かっている今のほうが私の人生では珍しい期間だ。

「技術を盗みたくて……」

「ん~、だったら、エルフの番人っていうのが魔境の手前にいるから、いろいろと教わるといい。彼らも仕事をしているから、無下には扱わないと思うわ」

「わ、わかった」

「でも、兵士たちの技術を学んでからにしたほうがいいかもしれないよ」

「戦う技術というよりも生き残る技術の方が大事な場所だからね」

 姐さんたちは優しい。


「生き残るですか」

「そう。領主が言ってたから間違いないわ」

 生き残りをかけた技術なら、得意かもしれない。ルールの裏側を見つければいい。そうか、技術を盗むのも、なんのことはない薬草と食事で体力を回復すれば何度でも試せる。

「ありがとうございます。道が見えたような気がします」

 なんだかおかしい。自然とお礼を言っていた。正しい時間に起きて、寝るまで働いていると、こうも心が変わっちまうのか。しかも心地よい。


「薬草の場所を教えてください」

 魔法使いの兵士に聞いた。

「ああ、俺はあんまり詳しくないが、入れ墨の姉ちゃんに聞いてみな」

「ありがとうございます」


 全身に入れ墨を彫った女性兵士はナイフの手入れをしていた。

「薬草の場所だろ?」

 私が目の前にたった瞬間に聞いてきた。

「はい」

「今から私も行くから準備しな。素肌を見せないようにね。長ズボンと革鎧を着て、首にタオルだ。靴がないなら、スペアを貸してやるけど……」

「借ります。よろしくお願いします」

 背丈は同じくらいなのに、必要な筋肉が付いている。なにより何も盗めないような気がした。船長と向き合っているような圧力も感じる。


 服を準備してリュックを背負い、ナイフと長靴を貸してもらった。

「あんた、元海賊だって?」

「はい。下っ端で、幽霊船で固まってしまってここに……」

「そうか。私は元山賊さ。森のことなら私に聞くといい。レジーだ」

「よろしくお願いします。ナッツです」

 レジーと森の中に入り、基地からどんどん離れていく。ジビエディアの群れが駆けていくのを見ながら、ひたすら歩き続ける。やはり基地の中より、自然の中のほうが体力は付くようだ。汗が止まらない。

「辛いか」

「いえ、まだ大丈夫です」

「こういう森ではあんまり自分に集中しないほうがいい。周囲を見渡すと魔物が隠れたり、毒草があったりしていて、いちいち驚くだろ。そうすると、緊張が周囲に伝わって、狙われやすくなる。溶け込んでいたほうが戦わなくていいし楽だから」

「あ、はい」

 ワイルドベアが寝っ転がり、毒漆が小さな花を咲かせていた。


 ブンッ。


 大きな羽音が聞こえてきた。


「隠れよう。ベスパホネットだ」

 レジーは躊躇なく、地面の土を拾い上げて、体中に擦り付け匂いを消していた。私もそれに習う。草葉に隠れながら、ベスパホネットに近づく。

 今まで見てきた虫の魔物はなんだったのかと思うほど大きい。犬と同じ大きさだ。あんな魔物に捕まったら、命がいくつあっても足りないだろう。


「見ればわかると思うけど、他の地域じゃ逃げるべき魔物が、ここでは倒すべき対象だ」

「倒すんですか」

 私が思わず聞き返すとレジーは笑っていた。

「今の一瞬で、ベスパホネットが、気がついてこちらに向かってくる」

 私が聞き返しただけで、魔物に緊張が伝わるのか。レジーは迷うこともなく木の間に罠を張り巡らせていた。

 後は地面にうつ伏せになってナイフを構えておくだけ。

 羽音が大きくなる度に、私の心臓は早鐘のように鳴り響く。


 ブブブッ!


 ベスパホネットの羽が一瞬、レジーが仕掛けた糸に絡まった。その一瞬を見逃さず、レジーはベスパホネットの頭と腹部を切り離した。胸部だけが糸に絡まっている。早業だ。

 私は技術をどうにか盗もうとしていたが、使えてこその技術ということをまざまざと見せつけられた気がした。

「やり方さえ覚えればそれほど難しくない」

「教えてください」

「教えるのは苦手なんだ。勝手に盗んで」

「はい」

「これからベスパホネットの群れがやってくるから、気づかれないようにアラクネの糸を仕掛けておいて」

 糸を渡され、私はベスパホネットが飛びそうな木の間に仕掛けた。

 自分を守るために仕掛けるのではなく、群れを狩るつもりで仕掛けないとダメだ。

「魔力は使えるんだっけ?」

「練習中です」

「ナイフ一本に自分の体中の魔力を込めな。やれなきゃ死ぬと思って」

 レジーはさらっとエグい事を言う。

 私は全力で魔力をナイフに込めてみた。そんな事ができるかどうかではなく、できなければ死ぬと思って。ほとんど魔法には縁がない人生だった。魔力を使うなんてことも、この前教わったばかりだ。どうやったらできるっていうんだ。

 違う。


 ブブブブ……。


 ベスパホネットの群れが近づいてきた。死ぬ。幽霊船で見た死者たちの視線が私の頭の中に流れ込んでくる。人生で最も死に近づいた瞬間だ。


 ピンッ。


 アラクネの糸に触れた音がした瞬間。私の体は跳ねるように動き出した。頭と胸部を切り離すだけ。他のことが一切考えられなくなった。


 ザンッ。


 気づけば、周囲に5体もベスパホネットの死体が転がっている。

 レジーを見ると、ベスパホネットの死体を糸でまとめているところだった。20体くらい倒している。レベルが違いすぎる。


「あ、気がついた?」

「無我夢中で」

「死を意識した瞬間からの動きは悪くないよ。針と魔石だけ回収して燃やしちゃおう」

「はい……、あ」

 意識はあるのに、体がついていかない。地面に顔をつけて倒れていた。

「泥だらけだね。よっ」

 レジーは私を担ぎ上げて、少し歩いて近くの泉に放り投げた。

「そこの岸辺に咲いてる花の草が薬草だから、落ち着いたら体に塗り込みな」

「ありがとうございます。レジーさん、魔境もこんな感じですか」

「舐めるなよ、新人。ここの500倍厳しいのが魔境だ」

 レジーは笑っていた。


 そんな魔境の領主って、あの男はどうなってんだと、私はあの革鎧の冒険者を思い出していた。


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