【紡ぐ生活20日目】
翌日、訓練施設の隊長を見送り、ダンジョンの民に事情を説明。死が近いから子孫を残そうとする力が働くのかもしれないと言っておいた。
「ええっ!? でも、王家の隊長が私たちと結婚するなら、獣魔病への理解もエスティニアで広がるんじゃない?」
アラクネの意見は尤もだった。
「その通りだな。でも、そこまで獣魔病に対する理解はまだ持っていないのだと思う。だから、やっぱり人を呼ぶしかないんだよな」
「マキョーが結婚すればいいんだヨ」
「ああ、そうする?」
「いや、ダメですよ。何を言ってるんですか?」
ジェニファーが普通に否定してきた。
「ダメなの? なんで?」
「マキョーさんは領主ですよ。今後の運用を考えて、メイジュ王国からは何が引きだせるのか、エルフの国との国交はどうするのか、クリフガルーダとの交易は進めるとしてもこちらにどれくらい利益があるのか、エスティニアに対してもそうです。どの地域と同盟関係を続けていくのかを考えてから結婚してもらわないと、マキョーさんがいなくなった後に政権争いなんて起こったら、また魔境に逆戻りですよ!」
「そうはっきり言われると、考えないといけないんだな。メイジュ王国からはパンとピクルスだな。あと、お茶とかも美味しかったけど、それはイーストケニア産のお茶でも美味しい気はする。エルフの国は今のところ密貿易でいいと思っているし、クリフガルーダに関してはそこまでの利益は求めてないし……、というか、利益を求めていないなぁ。むしろエスティニアも含めてだけど、ドワーフ族の技術力の高さというか、仕事にのめり込む性格みたいなものは、ものすごく評価しているよ」
「じゃあ、マキョーさんは私と結婚するのがいいってこと?」
カタンは純粋に聞いてきた。
「ああ、そうかもしれない……。でも、そうなると、古参の女性陣となら誰とでも結婚してもいいことになるなぁ」
「それって、ダンジョンの民と我々古参メンバーとでは違うのか?」
「基本的に古参の女性陣は追放されてきているだろ? その上で、魔境をサバイバルしてきたっていう信頼感は強いね。ゼロからスタートしているっていうか、マイナスの状態を見ているからこそ、よくこんなに魔境を発展させてくれたと感謝している。たった一年にも満たない関係なんだけどね」
「私たちはマイナスだったのか?」
「皆、死にかけただろ? 穴という穴から血だけでなく汁を噴出している姿を見てきているからな。それは異性としての信頼感というよりも、人間としての覚醒というか、成長を見てきたと思ってるんだ。だから、例えば海に出て世界を一周してくるって言われても、全力でサポートするって言えるんだよね。実際、チェルが魔法学校作るって言ってるけど、皆何かしら手伝っているだろ?」
「そ、そう言われると確かにそうだな。でも、それを言うならマキョーの人工龍脈もその一つだ」
「魔境以外で言ったら頭おかしいし、そもそもやろうなんて思ってもできないことだな」
「リパはどう思う?」
「え? 俺ですか。別にできっこないことをやるのが魔境だと思ってるんで、マキョーさんならやるだろうなと思います。というか、マキョーさんの結婚の話ですよね?」
「ああ、俺は誰と結婚するのがいい?」
「いやぁ、やってみないとわからないのが魔境流ではあると思うんで、とりあえず仕事を片付けてから、全員と結婚してみればいいと思いますし、政略のほとんどはマキョーさんの結婚がなくてもやり遂げられるように交渉していけばいいんだと思うんですよ」
「リパは時々、核心をつくよな。その通りだよ。政略的な結婚はしない。俺の結婚に頼らなくてもどうにかしてくれ」
「ちょっと待て。古参の全員と結婚するのか? そんな何も考えずにいたら、全員妊娠して魔境が回らなくなるぞ」
「うわっ! 本当だ! どうしよう……」
ヘリーの言う通り、全員、魔境ではいないと困る仕事をしているので、妊娠したら休まないといけないので魔境の運営に関わる。子育てもあると考えると無理はできない。
「そう考えると、好きで結婚するのが一番いい。アラクネも隊長に惚れたなら、ちょっと待ってみればいいんだ。どういう形になるにせよ、気持ちがないのに結婚すると、辛い生活が待っている気がする」
「わかった」
「それから結婚の経験者として、適当に結婚すると後でめちゃくちゃ大変なことになるぞ」
「ほら、ヘリーも言っていることだしさ」
「では、マキョーさんは、必要に迫られるまで結婚は安易にしないように!」
「はい。というか、結婚に限らず、皆、将来に向けて動き出してくれよな。チェルは魔王になってくれ。ジェニファーは元冒険者の仲間への復讐はもういいのか?」
「ええ、とっくに解消しています。もっと自分の人生を楽しめばいいんだと思って、豊かさを求めていますよ」
「ヘリーは空島を作るんだろ?」
「ああ、魔境の魔道具屋として全うする。もしマキョーが私に惚れても、正妻にはするな。やることがあるから」
「わかった。覚えておく。シルビアは武器か? それともドラゴン?」
「いや、私は……」
「やっぱり一番結婚に近いのはシルビアだヨ」
チェルが突然言い始めた。
「シルビアは、貴族出身な上に血の動きを読めるから、共感する力が強いんだ。だから、基本的には嘘がない者としか付き合えない。だからこそ誰かが身につける物を作るのは天職なのだろう。気持ちを優先するなら、シルビアに聞くのが一番わかるんだよ」
「え!? ああ、そうだったのか。じゃあ、俺は誰と結婚するのがいい?」
「それについては私たちでずーっと話し合ってきたんだよ。ちゃんと交易村の姐さんたちにも話を聞いてさ」
「そうだったの!?」
俺のあずかり知らぬところで、俺の人生の重大なことを話し合っていたのか。
「どういうこと?」
「結論としては、マキョーに決定権はないってことヨ!」
「え!? 俺って自分の結婚に決定権ないの!?」
「「「「ない!!」」」」
古参の女性陣全員に言われると、そんな気がしてくるから不思議だ。
「あ、あれ? おかしくないか?」
「あ、おかしいんですよ。でも、魔境の運営をしている人たちなので、もう仕方ないんです」
リパは女性たちの話を前から聞いていたらしい。
「お酒、飲む?」
カタンは俺に酒を勧めてきた。
「え? カタンは聞いてたの?」
「うん。初めに魔境に来た時から聞いてた。突然言い寄られるかもしれないから気を付けるようにって。でも、全然言い寄っては来なかったでしょ?」
「うん。領主の俺が言い寄ったら、カタンは断れないだろうし、関係がぎくしゃくするから困るだろ。まぁ、飯が美味すぎてそんなことも考えてなかったんだけど。ちょっとお酒頂戴」
俺はあまりによくわからないので、酒を飲むことにした。ぐいっと一杯飲んでみたらものすごく美味しい気がする。
「これ、どこのお酒?」
「カム実の密造酒。てへ」
普通に酒を作ってやがった。
「これ、売れるんじゃないか?」
「たぶんね。飲みやすくて甘いでしょ。でも、辛口にもできるの。魔力の含有量も豊富だから。ダンジョンの民には教えてなかったんだけどね」
「そんなお酒があるんだ……」
アラクネたちは涎をすすっていた。
「で、俺の結婚相手は誰なんだ?」
「えっと、私とヘリーさんは、すでにそのレースから離脱してます。マキョーさんが気が変わって、急に惚れてきたら相手にしようということで話はまとまってるんです」
ジェニファーが説明し始めた。
「はぁ、それで?」
「残るはチェルとシルビアなんだけど……」
「メイジュ王国で、チェルとなにがあった?」
シルビアは真剣な表情で俺に聞いてきた。
「え? なにも。メイジュ王国から帰ってきて、俺の心拍数とかが変わっているのか?」
「いや、それが……」
「私がマキョーを歴代の魔王たちと魔族の市民たちに見せたら、満足してしまったんだ。自分でも気づかなかったんだけど『どうだ? 魔境の領主はすごいだろ!?』ってずっと自慢したかったんだヨ。それが達成できたから、なんだかマキョーとはどうせ一緒に暮らしているし、別にわざわざ結婚なんかしなくてもいいかと思うようになってさ」
「じゃあ、消去法でシルビアが俺の結婚相手なの?」
「今の結論としてはそうなる」
「私たちはシルビアなら文句はないぞ!」
「ちょっと待てよ。シルビア本人はどうなんだ?」
「いや、魔境の住民たちが幸せならいいと思うし、マキョーと私が結婚したら、エスティニア王国としてもいいし、私自身としてもそれなりの嬉しさはあるし、イーストケニアの民にも報告ができる。死んだ両親にも顔を向けられる。いいことづくめだ」
「あとは俺の気持ち次第か……」
「だから、それはシルビアに合わせろよ!」
「そうだぞ! マキョーはどれだけ魔境の運営に影響を与えるのかわかってないんだ!」
「言っておきますけど、こっちはいくらでも食事に興奮剤を入れられるんですからね!」
「お前たち忘れてないか? 俺は魔境に来る前、仕事をしていない時、ずっと性に関するプロフェッショナル達と一緒にいたんだぜ。こっちはプロの性欲コントローラーだ。興奮剤程度で惚れるなんて思うなよ」
「そうだった!? 谷間が見える鎧でも着ていれば惚れると思っていた……」
「甘ったれた声さえ出していれば、どうせ股間を膨らませると思っていた」
「夜這いをすればどうにか既成事実を作れるわけじゃないんですか!?」
「あ、浅い考えでどうにかしようと思うなよ!」
俺はコップに入った酒を飲み干して、仕事の準備を始めた。
「くだらないこと言ってないで、皆仕事をするぞ! 魔法学校だって、全然建ててないだろ! サッケツとゴーレムたちは少し休んで移動速度を上げる機能を考えてくれ。シルビア、龍脈を作りに行くぞ! 結果で惚れさせてくれ!」
「ええ!? 私は昼には寝るんだから、襲ってくるんだろうな!」
「襲うかぁ!」
「よ、よ、よし! じゃあビキニアーマーでも着るか」
「やめとけ。砂漠は日に焼けるぞ」
「じゃ、じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
「仕事をしろ!」
俺は白い布をすっぽり被せて、シルビアを砂漠まで連行。そのまま砂漠で人工龍脈作りに入った。
二本目は軍基地と空島の鎖の間を通るので、ダンジョンのゴーレムたちとも連絡を取りながらの作業となる。
「砂嵐が来るかもしれないから気を付けてくれ。シルビアはしっかりサンドワームの対策をしてくれよ」
「こんな布を被せられたら動けない!」
「働かない人間は身体と思考が鈍っていく。そんな女と結婚すると思うなよ」
「ズルいぞ!」
気疲れとはこういうことを言うのだろう。
ただ、俺はシルビアと婚約したらしい。人間としては信頼できるが……、やっていけるのか。