【紡ぐ生活19日目】
クリフガルーダの大穴に、大きな亀の死体が置いてある。万年亀と呼んでいるその中に、1000年の時を旅してきた古代ミッドガードの住人が住んでいるのだが、徐々に出てきて、今は15人ほどが住んでいるという。
「このまま、ミッドガードの中で住んでみたいとのことです」
砂漠の廃墟で弁当を食べていたら、リパが報告してきた。
「そういう人もいるよな。冷凍睡眠をした人たちの魂も残っているんだろう?」
「はい。死者の声を聞ける人は、どうしてここの時代に留まっているのか聞かれていたようです。ただ、そういう声も受け流せる人たちが残って、龍脈からの魔力で復興させようとしています」
「なるほど、それはいいかもね。必要物資があれば随時送って上げてほしい」
「ええ。食糧や鉄製品は呪法家たちが率先してやってくれているので、見てるだけになりました」
「そうか。じゃあ、任務完了だな。お疲れ様。住民たちの輸送も大変だったろう」
「クリフガルーダの交易関係を進めてもいいですか?」
「ああ、いいぞ。何か案はあるのか?」
「いえ、今は空の道があるのでハーピーたちと一緒に魔境の魔道具や魔石を持って行こうと思ってるんですよね」
「あ、そういや崖のエレベーターが作りかけなんだけど……」
「ヘリーさんが言うには、今は空島に掛かり切りで、もうちょっと時間がかかるそうなんです。ただ、あの崖と砂漠を繋ぐ通路だけでも大型の魔物は入ってこないし、小さい魔物も排除しやすいので使っていいですか?」
「どんどん使ってくれ。通行料なんかないから。関税も向こうの言いなりだけど、上手く交渉しろよ」
「誰か連れて行った方がいいと思うんですけど、適役は皆忙しいようで断られました」
ジェニファーもヘリーも忙しいか。シルビアは人見知りをするし、チェルは……、損害賠償が怖い。ダンジョンの民や騎竜隊の家族たちも、姿が魔物だからまだ向こうが慣れていないだろう。
「エルフの難民たちは?」
「イモコさんたちはヘリーさんの手伝いです。なにか地下の魔物が活発になってきているみたいで、そっちの調査もあるって言ってました」
虫かな? 後で行ってみよう。
「そうなると人がいないのか……。あ、交易村の姐さんたちを連れていけば? 別に魔境で戦うわけじゃないだろ? 通り過ぎるだけだし、それこそ輸送に関してはミッドガードの住人っていう実績もあるんだからさ」
「ああ、確かに! ちょっと聞いてみます」
そう言って、リパは空飛ぶ箒に乗って交易村へと飛んでいった。
廃墟にある鳥小屋からシルビアが下りてきた。
「リパはどこに行ったんだ?」
「交易村で交渉役をスカウトしに行った。砂漠の魔物は集まってたか?」
「すごい来てた」
俺とシルビアは砂を固めた人工の砂岩を周辺に置く実験をしている。
人工龍脈の循環には魔物も重要だ。糞をして虫が分解して植物が育てば、廃墟もオアシスとして復活するかもしれない。
「昼までに、海まで行けるかなぁ」
「私は眠いから、そんなに手伝わないぞ」
夜型のシルビアは日焼け止めのクリームを塗りながら、全身白づくめの服を着ていた。吸血鬼の一族は肌が弱い。
「よーし、頑張ってみるかぁ」
「あんまり集まってきた魔物を驚かせないようにな」
「はいはい」
俺は、思い切り氷魔法の魔力を込めて東へ向けて拳を振る。
ボッ!
少し砂が舞うものの、砂を固めてしまうのが一番周辺に影響がない。魔物にとってはなにが起こったのかわからないようだ。
凍らせた砂を魔力のキューブで圧縮していきながら、作業を進める。
「重い。冷たい」
「いいだろ? 冷えていて」
「まぁ、暑いからね」
文句を言いながらもシルビアは手伝ってくれる。力も強いので、かなり大きめの砂岩を作ってもちゃんと放り投げてくれていた。
「筋肉と魔力の連動が上手くなってるよな?」
「ほぼ毎日、マキョーを見てるんだから、そりゃ上手くもなるよ。こういう予定じゃなかったんだけどな……」
「人生の話?」
冬は人を考えさせる。
「強くなりたいとは思っていたんだけど、時々こういう強さを求めていたのか疑問に思うことがある」
作業をしながらもシルビアには喋る余裕がある。
「思っていた強さとはベクトルが違う?」
「いや、もっと野蛮さが欲しいと思っていたから求めていた強さではあるんだけど、思っていた景色と違うというか……」
「もっと褒められていると思った?」
「ああ、そうなのかも。イーストケニアでいた頃とは求められるものが違うから、そもそも基準自体が崩れてるんだろうな」
「子どもの頃に夢見た自分の姿になってる?」
「能力的にはね。でも、一族がこんなことになるとは思わなかったし、しかも自分がそれを受け入れてしまっているのは不思議だ。子どもの頃の私が今の私を見たら『薄情者!』と罵っているだろうね」
「お家再興に向かっていないから?」
「そうだな。それほど家は大事だったんだ。すっかり魔境に慣れてしまって、家がどうこう言ってる場合ではなくなった」
「でも、それも古参の誰かが結婚して子供が生まれたら変わるかもよ」
「そうかもしれない。でも、こんな風に土地を開拓するっていう経験は何事にも代えがたいよ。先祖が開拓した時もこんな気持ちだったのかと思うと、未来のことばかりを考え続けてしまって楽しみで仕方がないよ」
「俺たちが出来るのは今やることだけなんだけどな」
「それも、マキョーらしいよ」
吸魔一族の廃港の近くまで来ると、川の跡があった。
川跡まで溝を掘り、底と法面には、魔物の骨や魔石のくずなどを撒いて固めていく。初めは僅かな魔力が通っているくらいで十分だ。
「後は水を通すだけだな」
「本当に二日で終わらせたのか。あと何本、人工龍脈を通すんだ?」
「あと四本」
砂に埋もれていないか確認しながら戻り、西の山脈にある泉の堰を開けた。
「水量が全然足りないんじゃないか?」
「今まで地面に浸み込んでいただけなんだから徐々に増えていけばいい。そのうち雨も降るしさ」
「随分大掛かりな工事だったのに、のんびりした計画だな」
「確実に進んでいく方がいい。一年後には変わっているさ」
「魔境だから、明後日には廃墟のオアシスが復活しているかもしれない」
「そうなるといいけど。あ、リパだ」
砂漠の方を見ると、リパが姐さんたちを連れてクリフガルーダへ向けて飛んでいた。
「うっはー!」
「風が強いね! 化粧禿げちゃう!」
姐さんたちが楽しそうなので何よりだ。
「さて飯食べて、虫を見に行こう」
「いや、私は寝るよ」
ホームへ戻り、カタンに弁当の礼を言って、昼夕飯を食べる。メイジュ王国産のパンとピクルスを入れた鹿肉ハンバーガーと、水餃子のスープだった。
「カタン、今日は格別に美味いね」
「そうでしょう? 小麦の香りがいいんだと思う。あとはたぶんメイジュ王国のお酢が美味しいんだよ。マキョーさん、見てこなかった?」
「ああ、虫ばっかり気にしてて、見てなかったな。でも、確かに調味料は辛子系も含めて、結構発展していたよ」
「ちょっと交易船に言って、取り寄せてみようかな」
「ああ、食は大事だから、ちゃんとダンジョンの民にも言っておいて。あとピートっていう船員の魔族にも伝えておくといいかもしれない」
「わかった」
ヘリーとイムラルダのために多めに弁当を持って、地下へと向かう。
石を切り出して空島を作っているヘリーの作業場では、エルフの難民家族が心配そうに穴の中を覗いていた。
「なんか虫が出たって?」
「あ、マキョーさん! ヘリーさんと母さんが、中に入ったっきり出てこないんですよ」
エルフの子は父親と一緒に、外で勉強しているが、母親が気になってしょうがないのだろう。
「まぁ、集中すると時間を忘れるタイプだからな。これ、弁当ね。腹減ってたら食べて」
「いつも、すみません。助かります」
父親はそういうと、弁当を受け取った。
「こっちこそ、未だに学校もなくてすみません」
「いえ、むしろ大人の方が学ぶことばかりで、子どもと一緒に勉強してます」
親子は正確に魔法陣を描けるようになって、魔道具を作りたいらしい。
「じゃあ、俺も地下に行ってくるよ」
「あ、なんか臭いがすごいらしいので、マスクをした方がいいみたいです」
「ありがとう」
エルフの父親に言われたようにマスクをしてから、中に入ってみると、本当に臭かった。肥溜めそのものの臭いだが、虫は飛んでいくだろう。たぶん、ヘリーたちも臭いの方へ向かっているはずだ。
口で息をしながら進んでいくと、甲虫の魔物が大量に死んでいた。中型犬くらいのサイズがあり、打撃はよほどのことがない限り効かないはずだが、足があらぬ方向にねじれている。
おそらくヘリーが魔力を回転させた突きで倒したのだろう。魔法は使えないのに、魔力で攻撃している。
さらに進んでいくと、ムカデの魔物も死んでいた。頭を毒矢で貫かれていた痕がある。
「正確だな」
先を見ると、ほのかに魔石灯の明りが揺れている。
近づいていくと、ヘリーとイムラルダが地面に伏せて魔物を観察していた。
「何を見てるんだ?」
「あ、マキョー! ちょっと見てみろ。あれ」
ヘリーに言われてみてみると、光るキノコに照らされて、大量のコガネムシの魔物が固まっている。おそらく臭いの元はその中だ。
「何を食べてるんだ?」
「たぶん、スライムのヌシが出した排泄物だ。上を見てごらん」
光沢のある真っ黒い塊が揺れている。
「クマのヌシも食べて、溶けなかったものを出しているんだよ」
「その中に栄養があるのか?」
「ああ。むしろ魔力だけは吸い取られているけど、それ以外はほとんどそのままだろう。しかも、ある程度溶けているから解体しやすいんだ」
「オオセンチコガネの魔物です。あそこまで大きい虫の魔物は魔境にしかいません。しかも見てください。あのスライムの排泄物から出ているガスを……、ほら塞いで固めている」
イモコが説明してくれた。
「どういうこと?」
「わかりません。もしかしたら発酵させているのかも」
「食べやすいようにしているということ?」
「そうですね」
「いや、普通に臭いに耐えられないからかもよ。空気が全然入ってきてないから、酸素が足りないんじゃない?」
ヘリーが俺に風魔法を使うように指示を出してきた。
俺は外の空気を入れるように風を送り出す。
風が吹いた途端、オオセンチコガネの魔物は一斉に動き出して、スライムの排泄物を丸めていた。
「あ、他の虫の魔物も来た」
「すごい……」
「二人とも、一応、もう夕方だからな」
「え!?」
「噓でしょ!?」
本当に時間を忘れていたらしい。
その後、いいだけ観察してから外に出た。
外はすでに暗くなっていて、ヘリーは作業が進まないと頭を抱えている。
「でも! ハーピーたちが空島の魔法陣は彫ってくれたんだ。だから、後は組み立て作業だけ。悪いけど、ちょっと……。その前に眠いな。あと、お腹も減ってる。マキョー、明日、ちょっと手伝ってくれ」
「いいけど、こっちも手伝ってくれよ」
「わかった」
「ヘリーって、こんな行き当たりばったりな研究をしてたの?」
イモコが香水を鼻の周りに付けながら聞いていた。
「いや、今日みたいなのは見れないから、絶対に見ておいてよかったよ」
「それはそうね」
晩飯を食べて寝ようとしたら、隊長がホームまで訪ねてきた。
「こんばんは。どうですか? 魔境は」
「いや、思った以上に快適に過ごさせてもらってるんだが……」
かなり言いにくい悩みができたらしい。
ちょっと皆がいる焚火から離れ、洞窟の裏手で話を聞いた。
「何があったんです?」
「実は俺にはフィアンセがいるんだ。一緒に自由自治区について調べた仲間でもあるし、当然近く結婚する気でいるんだけれど……、ダンジョンの民のアラクネとラミアにどうしても、こう性的な魅力を感じてしまうんだ」
「ああ、それは別に悪いことではないんじゃないですか? そういうこともありますよ。特に手を出さなければ、ですが……」
「向こうから言い寄られると、断れないかもしれない」
隊長は出会った頃から正直者だ。普段なら、こんなことで迷わないのだろう。
「こんなことは人生でも初めてだし、そもそも相手はダンジョンの民だ。ただ王家は子孫を残すというのも宿命づけられている。俺はどうすればいいと思う?」
「どうって言われても……、俺含めて魔境の男性陣はそこまで恋愛に重きを置いていないというか、誰と付き合ってもどうでもいいというか、好きなら結婚すればという感じですけどね」
「マキョーくんは、誰かと結婚するつもりはないのか!?」
「今のところないですよ。いや、まぁ、家系の事情で結婚しないといけないとかなら、結婚しますけど、特にそういう女性陣はいないし、好き勝手やってるので」
「そうか……」
「でも、これは将来に関わることなので、まずはフィアンセと話して、アラクネとラミアにも正直に話すのがいいと思います。ダンジョンの民は半人半獣の魔物の姿をしているので、知らず知らずの間に魅了スキルを使っているかもしれませんし、それに隊長が嵌ってしまっているだけかもしれません。魔境に来て興奮しているのはわかりますが、まずは落ち着くことが大事なんじゃないですか」
「いや、その通りだな。そうしよう。明日、ちょっと基地にいるフィアンセに会ってくる」
「隊長、このお酒を持って行ってください。眠れるはずです」
「すまないな」
隊長は眠り薬が入った酒を持って、宿へと帰っていった。
「どうしたんだ?」
晩飯を食べていたチェルが、坂を下りていく隊長を見ながら、俺に聞いた。
「いろいろ大変だ。王家は血筋もあるから特にな」
冬の夜が更けていく。




