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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【紡ぐ生活18日目】


 隊長と訓練兵たちは、出来たばかりの建物に泊まってもらった。領主用の大きい建物なので、十分にスペースはある。ベッドはないが寝袋を持ってきてくれているので、寝床には困らない。


 食事もカタンが用意していた。


「たくさん食べると思って保存食を用意していたんだけど、あと一ヶ月もすれば春になるから、訓練兵たちにも出していかないと」

「あ、もうそんなに経つのか」

 もうすぐ俺が魔境に来て1年になる。


「1年の間に多くのことが起こり過ぎてるな」

「マキョーさんは移動も含めて、たくさん走ったから」

「確かに。こんなに走ってもやることがまだあるんだぜ」

「働きすぎじゃない?」

「そうなんだけど、魔境でじっとしているってできないからなぁ」

「そうね。エルフの国にいたら冬は過ぎ去るのを待つばかりだったけど、魔境に来たらずっと料理と食べ物に関われるから楽しいのよ。楽しいからずっとやっちゃう」

「きっと、そういうことが才能なんだろうな」

「ああ、才能って何を好きになるかってこと?」

「そう。俺は魔境を運営しているつもりがないよ。わけのわからない森の中に入っていって、野生の魔物を観察して、対応策考えるって、冒険者としては普通のことだと思うけど、それが何より楽しいんだよな」

「じゃあ、マキョーさんは冒険者としての才能があったってこと?」

「そうかも。むしろそれ以外あるのかな? あ、魔力を使うってことは魔境で初めてやったけど、先生のチェルが魔族でよかったよな。才能を止めるようなことはしなかったから」

「ってことは、誰しもいろんな才能の種を持っているけれど、伸ばせるかどうかは先生とか環境の影響が強いってことね?」

「そうかもね。だとしたら、俺は魔物にだけ強いのかも」

「毒を使ったり、魔力を使ったりするのも他の人より強いんじゃない?」

「それは結局、魔物に強いから伸びてきた才能だよね」

「じゃあ、才能の種が他の才能にも影響を与えてる?」

「ああ。カタンも初めは採取が上手いだけだったのに、今は料理が上手くなってない?」

「そうかも! 美味しいものが食べたいってだけなんだけど……」

「カタンがエルフの国で伸びなかったことを考えると、どれだけ才能の種があっても水を上げないと伸びないし、他よりも小さい種であっても水がよければ大きく育つってことなのかもね」


 その水を作る作業をこれからするのかと思ったら、訓練兵たちが食事を止めていたことに気が付いた。


「魔境では日常的に、そんな会話をしているのかい?」

 隊長は料理を前に、こちらに聞いてきた。


「ええ、まぁ。そんなことよりも熱いうちに食べた方が美味しいですよ。カタンの料理は冷めても美味しいですが、温かい方が美味しく感じますから」

 いつもの肉野菜スープと鹿肉サンドだが、ソースの味付けも毎回変えているので飽きない。冬だから野菜がないと思っていたが、しっかり植物園のダンジョンで作っていて、今では一年中、夏野菜を育てられる状況になっている。しかも普通の夏野菜より栄養価が高いらしい。

 魔境の食に関しては、もうジェニファーとカタンに任せておけばいい。



 食後、休憩がてら隊長たちと魔境散策をする。


「冬なので寒いのですが、それは魔物も同じです。だから体毛を生やしているわけですが、人間は体毛が薄いので服を着ると思うんですけど、実は裸でも体温の膜を作ることができるんですよ」

 俺は上半身裸になって、訓練兵たちに見せた。


「特に食後は内臓が動いているので、体温を発しやすくなっています。このまま動き続けると、意外とずっと寒さに耐えられずに動けないってことはないと思います。むしろ、服の冷たさで体温を奪われることはあるかもしれません。ほら、身体から湯気のように汗が噴き出していますよね」


 インナー姿でちょっとした組み手をした。まだ訓練兵たちも魔境に来たばかりなので髭が伸び放題の者はいない。女性の訓練兵もインナー姿になって雪の上で組み手をしている。


「体温は上げて、頭は冷えている状態はかなりパフォーマンスがいいと思うんですよね。これが自分のいい状態というのを覚えておくと、悪くなった時に何が原因なのかを気づけるようになるんじゃないかと思います」

「なるほど、訓練の精度が高くなるわけだ」

 隊長も訓練兵たちに混ざって組み手をしていた。

 ミノウという武道家の訓練兵が、動作を見てくれているので、基本の型は皆できている。受け流したり、躱したりするのは元より、鋭い突き、全身の連動などは野生の魔物でも厄介だろう。

 ここにダンジョンの民とハーピーも加わり、独自の武術になっていっている。


「空からも攻撃はあるし、足が尻尾だったりするので、相手の力量を想定できないと考えて動いていかないと対応が遅れるんです。とはいえ、相手が攻撃した瞬間だけは躱したり守ったりする動作を切り替えないといけないので、このタイミングで打つのが正しい攻撃です」

 ミノウはゆっくり動きながらも、丁寧に教えていた。皆、何度も教わったことだが、確認をした方がいいことなのでちゃんと聞いている。タイミングは体調によっても変わってしまうので、今日の動きを確認しておく意味でも重要な訓練だ。


「ルーティーンとは本来、こういうことなんだよなぁ。ダンジョンの民との組み手は、初見だと無理だろう?」

 隊長はただただ感心していた。

「隊長がダンジョンの民と組み手がしたいそうだ」

「私やりますよ!」

「私も!」

「ここのところ、全然身体動かしてなかったからね!」

「魔境は古参の熟練者ばかりだから、訓練兵たちが来てくれると助かるんですよ!」

 隊長のもとにはダンジョンの民が集まってきてしまった。


 最後に沼に入水して、身体を引き締め、組み手は終了。ジビエディアの群れやワイルドベアなども見たが、こちらに敵意を向けてくる魔物はいない。


 これから隊長は各ダンジョンや港へと移動するという。仲良くなったダンジョンの民であるアラクネが訓練兵たちと一緒に案内するそうなので任せることにした。


「じゃあ、俺は砂漠で川を作りに行くわ」

「はーい」


 俺が空を飛んでいこうとしたら、ヘリーに止められた。

「ちょっと待て! 誰か連れていけ。マキョー一人にやらせると、いつまででもやっているから」

「じゃあ、誰か暇な人いる? カヒマンは?」

「俺、引き上げた船の移動でゴーレムと仕事」

 カヒマンも忙しいらしい。

 ジェニファーはもちろんダンジョンの案内がある。

「毒草が取れているので、後で麻酔薬にして交易村に持って行きます。ある程度、お金は必要ですよ。普段使いの樽や壺は、外部から大量に仕入れた方が楽ですから」

「シルビアは?」

「私は騎竜隊の竜の世話を見ようかと思ってたんだけど……」

「ほとんど騎竜隊に任せてるんだろ?」

「任せてるし、チェルが魔法学校の設備を搬入しているから、別にいなくてもいい」

「じゃあ、シルビアでいいね。行こう!」

「マキョーは移動が速いんだよ!」

 そう言いつつも箒を用意して、ロープを俺に巻き付けていた。


「いってきまーす!」

 弁当を持って、砂漠へと飛んだ。


「そういや温泉を見つけたって言ってなかった?」

 飛びながらシルビアに聞いた。

「ああ、あるよ。いくつかあるらしい。魔石の粒を多く含んだ泉も発見したから、そこから川を引くといい。今のところ、地面の中に浸み込んでいるだけだから」

「なんだ、すでに源流を見つけてくれていたのか」

「そういうわけでもないんだけどね……」

 シルビアが泉の場所を教えてくれたので、そこから昨日下見していた人工龍脈の予定地へと引っ張る計画を立てた。


「とりあえず、砂漠に溝を掘っていこう」

「砂に埋もれるんじゃないのか」

「埋もれてもいいように作るんだよ」


 そこまでまっすぐ作る必要はなく、蛇行しながらでもいいので、クリフガルーダの崖に近い山から、廃墟を通って吸魔一族の廃港へと向かう川を作っていく。


 ボンッ! ボンッ! ボンッ!


 魔力で熱々にした拳で、溝を掘っていく。周囲の魔物が逃げていくし、砂埃が舞うが溝ができていく。砂を固めて圧縮。砂岩状態になったら溝の床と法面に敷いていった。

 そこにジェニファーとリパが開発した砂漠でも根が張るサボテンを植えていく。


「防風林にもなるし、砂漠の魔物の食糧にもなるから広がるといいんだけどな」

「砂岩を作れるなら、砂嵐対策で置いておけば?」

「そうだな」


 俺は砂丘を魔力のキューブで覆い、そのまま圧縮し中に植物から取った粘着剤を入れて放置。あとは勝手に固まってくれるだろう。


「こんな開発、聞いたことがないよ」

「サボテンが育ってくれて魔物との間で循環してくれると、メンテナンスも楽になると思うんだけどな」


 とにかく植樹が大変だった。まだ川に実際の水は引いていないが、水魔法で試してみると、砂漠の砂に浸み込まず、ちゃんと流れていった。


「よし、行くな」

 徐々に龍脈を作っていけばいい。

「これ、冷却布ね。冬でも熱中症には気を付けて」

「はい」

 魔法陣が描かれた布を巻きながら、水分補給も忘れずに作業を進める。


「どうやっても砂嵐は来るよね?」

「砂で埋もれることは、どうしようもないけど、砂の下を通ってくれればいい。あとは魔物が集まってくれれば掘りだしてくれるんじゃないかとも思うし」

「魔物との共同作業なんだ?」

「そう。雨が降った時にオアシスは時々できていただろ? それを維持できるようにね。砂漠に住む魔物も必要だろう」


 砂漠の廃墟まで、溝を掘り進め、固める作業まではやっておいた。サボテンの植樹はすぐになくなってしまったので、乾燥に強い植物の種を蒔いておく。

 西の山脈から泉の水を引いた時に、ちょうど日が落ちた。


「一つの作業が大きいからどんどん進むけど、こんな公共事業のやり方はないよね?」

「魔境だから、早くやらないと崩れるからな。春までには終わらせておきたい」

「ギリギリ間に合いそうなところがマキョーだよ」


 


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