【紡ぐ生活17日目】
昨夜は東海岸の倉庫で寝て、起きると魔力が一気に回復したような感覚があった。
「おはよう」
「おはようございます」
まだ寝ているチェルを置いて、倉庫を出てアラクネやラミアたちに挨拶をした。
「マキョーさん、帰ってきてたんですね」
「うん。やることが決まったよ。久々に勉強をした気分だ。どう? 作業は進んだ?」
「ええ。倉庫の土台ができました。木材も作業用ゴーレムからどんどん送られてきているんで、あとは組んでいくだけです」
「おおっ」
見てみると、しっかり整地されて倉庫街の形になってきていた。
「あと、難破船を引き上げてましたよ。ヘリーさんが、『あいつらがいない間にやっておかないとサボったと思われる』と言って、カヒマンたちに声をかけて、ほら……」
倉庫の裏手に何かあると思ったら、海底から難破船を引き上げていたらしい。
「随分無理をしたんじゃないか?」
「カヒマンは無理してました。ジェニファーさんが西の山脈で温泉を探し出して療養中です」
「温泉! やっぱりあったんだ!」
「あったみたいです。死者の町の方だと言ってましたよ」
「おおっ、後で行ってみよう」
朝食は獲れたてのサバの塩焼き。防波堤を作ったからか、小さな魚も見かけるようになった。前からいたのだろうが、サメやら巨大イカの方が目立っていた。
起きてきたチェルもタコの足をつまみながら、パンを焼いていた。相変わらずパンにはうるさい。
「ああ、魔境に帰ってきたなぁ。魔力の回復量が多い。ネ?」
「うん。魔力があふれ出てくるみたいだ」
手の平から小さな魔力のキューブを大量に出してみた。これで魔境の虫を捕獲できるだろうか。
「魔王たちの影響で、いつもの魔境に見えなくなった。虫を探しちゃうな」
「冬だからそんなにいないはずだヨ」
チェルはそう言っていたが、暖かい場所には意外と多くいるようだ。その中には、死体を食べる虫や糞を食べる虫もいる。アラクネたちに聞いてみると、森で糞をして翌日まであったということはないそうだ。虫の魔物に限らず糞を食べる獣はいるので、そういう魔物が来たのだろうと思っていたが、そうとも限らない。
皆、草が生い茂る場所でしているので、冬だというのに緑がよく育っている場所が海岸線には並んでいた。
「こういう視点はなかったな。虫の視点で魔境を見るか」
「何をやってるんですか?」
倉庫の整理をしているラミアが聞いてきた。
「冬でも意外に虫は生きているよ。これが結構重要みたいだ。メイジュ王国で勉強してきた」
「そうですか……。虫……」
「虫嫌いのダンジョンの民はいるか?」
「ああ、昔はいましたけど、今はダンジョンの外に出てるんで、そんなこと言ってる場合じゃないって感じじゃないですかね」
「環境で変わるのか」
「毒を持ってる虫は嫌いですよ。鱗粉で麻痺させるビッグモスとか」
「あれは大きいし倒すのも初めは苦労したな」
「今は?」
「石でも投げてりゃいい。あれだけ的が大きいんだから。あとは竜にでも食べてもらえば……。竜も結構死体を処理してくれるなぁ」
そう考えると今、魔境にいるワニのヌシは腐食魔法を使うから、肉を柔らかくしてくれるいいヌシなんだよな。白い大蛇のヌシが言っていたスライムのヌシとは一度話してみるか。ある程度、渦巻いている呪いは吐き出させないといけないだろう。
「水路以外にもやることがあるか……」
ゴミ捨て場や墓地は重要なことだ。地下にまとめてカタコンベを作っている場合ではない。魔境がヌシだらけになってしまう。
「あ、シルビアとヘリーがホームの洞窟にいるってさ!」
「わかった。行くよ。皆呼んだのか?」
「そりゃあ、古参は皆呼ぶヨ。魔境の運営方針が変わるんだから」
「そうか」
木材を届けに来た作業用ゴーレムと一緒に、俺たちはホームの洞窟へと戻る。やはり地上を走るのは、それなりに樹木が邪魔で一直線に向かうということができない。谷や川もあるため作業用ゴーレムは大変そうだった。
「あ、ここ木材が当たったところか」
傷のついた樹木は、運送の邪魔にならないよう切って乾燥させておく。魔境の樹木は急激に伸びるため、柔らかい木があることに気が付いた。
「密度が薄い感じか」
「おーい! 早く行くよ!」
チェルに尻を叩かれながら、作業用ゴーレムに魔力を補充。なるべく急がせたが、やはり本来は移動に時間がかかるらしく、全然進まない。仕方がないので俺たちは先行していくことにした。
「元々、半日くらいはかかっていたじゃないか」
「そうだな。でも、あのゴーレムたちは何日かかかりそうだぞ」
「途中で木を切って持って行くのかもよ」
「そういうズルが出来るといいんだけどな」
ホームの洞窟の前にはテーブルが置かれ、料理が並べられていた。カタンが用意してくれたのだろう。
すでに古参もドワーフも揃って、食べ始めていた。
「すまん。作業用ゴーレムに付き合ってたら遅れた」
「整地したところには家が建ったぞ」
「らしいな。戻ってくるときに見たよ。もう住み始めているのか?」
「ああ、ダンジョンの民とクリフガルーダから来たハーピーたちが入居しているよ」
「後は、訓練兵たちのホテルに使う」
「お前たちは住まないのか?」
「ん~、なんか……慣れないんだよね」
「冒険者ギルドで雑魚寝するのはいいんだけど、なんか……」
「持ち家は嫌いか?」
「魔物に対応できなくなりそうで、ちょっと寝にくいんですよ」
「広い。落ち着かない」
リパとカヒマンまでそんなことを言っている。
「古参やドワーフは穴倉生活の方が性に合ってるのでしょう!」
せっかくゴーレムたちと一緒に作ったサッケツはへそを曲げていた。
「俺が住むよ。住み心地を確かめないとな」
「それで? メイジュ王国で何をしてきたんだ?」
「ちょっと死体と虫の勉強をしにね。ということで、魔境にいくつか川を流す。人工的な龍脈だ」
「はあ!?」
「よし、わかった。順番に教えてくれ」
「まったく、わからん」
「やっぱりな! まず、メリルターコイズって図書館のある町で肥料屋にあったんだ……」
ゆっくり食事をしながら、チェルが説明を始めた。朝飯は食べたが、まだまだ入るので目の前にある料理を食べて行った。どれも美味い。ピクルスは今が一番食べごろかもしれない。
「……と。だから、すでにマキョーは魔王たちのダンジョンで実験まで済ませているわけ」
「環状道路の邪魔にならないように砂漠からやっていくから。西の山脈に温泉見つけたって? どこ?」
「待て待て。私たちは今魔境の今後について重要なことを聞いたばかりなんだぞ。飲み込むのに時間をくれ」
「人工の龍脈を作るって……」
「そんなことが出来るんですか? でも、マキョーさんだからなぁ」
「私は反対ですよ! そのために魔境の植生が変わっちゃうかもしれないじゃないですか!?」
ジェニファーは反対派に回っていた。
「逆だよ。今後、人がどんどん入ってきたら今の環境が崩れる。そうなると発展のためにって言う理由で植生も変わるし魔物も追いやられる。そうじゃなくて今の環境を循環させるために魔力の道を通すっていう考えだ。まぁ、ジェニファーに反対されても作るんだけどね」
「砂漠にも森ができるんじゃない……?」
カタンが、聞いてきた。
「そういうこと。砂漠にも気象学研究所や考古学研究所を作りたいと思っていたし、あの砂漠の廃墟もどうにかした方がいいだろ?」
「確かに、あそこがオアシスとして成り立つなら、エレベーターもできるし、もっとクリフガルーダとの交渉ももっと上手くいくと思う」
「というか、たぶん植物園のダンジョンで実験していた植物が役に立つと思います。反対する理由がないんじゃないですかね?」
リパから重要な証言が入った。
「そんなこと言ったって、今反対しておかないとどうせマキョーさんが作業するんですからとんでもないスピードで実験植物を要求されるのは目に見えてます!」
「そ、その通りだよ!」
シルビアが怒っているジェニファーを笑ってしまい、皆もつられて笑ってしまった。
「笑ってる場合じゃないんですって! どうせ皆、手伝わされるんですよ!」
「わかってるよ。この男はとんでもないからな。でも、まぁ、止められないだろ?」
「そうなんですよ~。サッケツさん、マキョーさんにスイッチを取り付けてください」
「マキョーさんはオフには出来ませんよ。魔力がずっと湧き出てるんですから」
「まぁ、ちゃんと測量したりもしていないし、試しに砂漠に作る感じで。温泉のお湯がどこに流れているのかも知りたいし、砂嵐対策もしないといけないから、皆にはいろいろ協力してもらうつもりだ。よろしく」
皆から力のない声が返ってきた。
「ああ、そう言えば訓練兵たちが来るってよ。今回は隊長もサバイバルに参加するそうだ」
「お、それはいいね! 後で迎えに行こう」
結局、その日は午前中に人工龍脈の下見と虫の観察に当て、午後は訓練兵を迎えに行った。