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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【紡ぐ生活15日目】


 宿の周辺がお祭り騒ぎとなっていて、なかなか眠れなかった。

「魔族はやっぱり魔法の腕に惚れるんだ。見てみろ。冬だって言うのに、皆マキョーを一目見ようと集まってきてるんだヨ」

「そうなのか?」


 広場にヒートボックスが並び、コートを着た魔族たちが集まっていた。


「チェルの人気じゃないの?」

「私の人気なんて大したことない。朝食のパンをおまけしてくれるくらいだ」

「あ、腹減ったな。顔洗って朝飯食おう」

「マキョーは人気なんて気にしないのか?」

「うん、気にしない。というか、もしメイジュ王国が人気そのものに価値がある評価経済だとして、俺は評価したり解説したりする側に回ったつもりはないんだ。むしろ誰かに語られる側だろ? そんな奴が人気を気にして行動を変えたりしたら、それこそ語られなくなる。思った通りに動けるのかどうか、そっちの方が大事だ」

「時々、そういう意外なことを言うなよ」

「寝起きだから、前世の記憶が強く残っているのかもしれない。飯は何かなぁ……」


 俺は宿の井戸で顔を洗い、そのまま食堂へ行った。どうやら俺たちの貸し切りにしてくれたらしく、厨房で女将さんが待っていた。


「一応、サラダとパンは焼いてあるけど、魔境の食べ物なんか知らないし、何をお出しすればいいんだい?」

「何でもいいです。ハムエッグとかあると嬉しいです」

「あ、すぐに作るよ。魔境は冬でも新鮮な野菜を食べられると聞いたんだけど、本当かい?」

「まぁ、ダンジョンで作っている野菜なら、あまり季節の影響を受けないですね」

「じゃあ、氷室から出したばかりの酢漬けじゃ、ちょっと酸っぱいかもしれない」

 そう言ってサラダを出してくれた。


「全然、本当に気にしないでください。それよりいいんですか? 貸し切りなんかにしちゃって」

「ああ、他の客なんか来ても仕事になんないからね」

「女将! マキョーを誑かしてないかい?」

 顔を洗っていたチェルが食堂に入ってきた。


「そんな滅相もございません! マスター・ミシェル!」

「いや、もうちょっと誑かした方がいいんだ。マキョーは見ての通り、何も考えていないようで、本当に何も考えていない。少し、トウガラシを多めに入れておいて」

「かしこまりました」

「チェルの食事にも、頼みます」

「仲がよろしいんですね?」

「仲良くないと死にますから」

「あ、そうなんですよね……」

「ええ、魔境ですから」

「元も子もないようなことを言うなよ。実際、そうなんだけど。なんだかんだ、私たち古参は仲がいいよな」

「魔境の環境を相手にしないといけないからね。俺はそろそろ誰かが魔境から出ていくんじゃないかと思ってるんだけどな」

「無理だろう。出ていくと言っても里帰りくらいで、特に用事もないのに魔境から出る意味がない」

「でも、さっきの話じゃないけど一歩外に出れば評価されるだろ? ちやほやされながら生きていくのも悪くないと思うんだけどな」

「少なくとも女性陣はそれに納得できる人生じゃなくなったんじゃないか。あれだけ死にかけてなにもかも失ったら、周りにちやほやされた程度の人生で納得して生きていけるとは思えない」

「なんだ、それ。どうなりたいんだよ……」

「わからない。けど、何かを成し遂げてからじゃないと死にきれないと思ってるよ。隣に、突然魔法の歴史を書き換えるような男がいるんだから、自分もやってやれないことないだろうと思ってはいるんじゃないか」

 そう言われると、確かに魔境の女性陣は野心があるように思う。


「リパは?」

「ん~、わからない。すでに始めているのかもしれない。不幸を背負って生きてきた男だからな。目標を着実に達成していっている気がする。そのまま、どこまで行くのかはわからないな」

「それ、当たってるような気がするなぁ」


 魔境の人間関係は意外と狭い。ダンジョンの民やクリフガルーダから来たハーピーたちは職場の関係者として見ているが、古参やドワーフは身内だと思っているところがある。近すぎてわからなかったが、魔境から出て遠く離れると俯瞰して見れるのかもしれない。


「ただ、3日以上離れてるからな。もう別の人間になってるかもしれない。それが魔境だろ?」

「確かに……。変わってしまうこともあれば、変わりたくないこともある。今が一番なんでもやれる気がするんだけどね」

 

 チェルはいずれメイジュ王国に戻り、魔王として生きていくのだろう。

 俺は朝食を食べながら、いつか別れるなら、いずれチェルが住むこの町を見ておきたくなった。


「馬車が付いてますけど……」

「歩いていくから大丈夫です」


 黒い馬車の御者は驚いていた。


「だそうだ。諦めてくれ。せっかくだから馬を休ませてやるといい」

 チェルはそう言って、御者に銀貨を渡して馬を撫でていた。扱いが上手い。


 広場で待ってくれていた魔族たちは歓声を上げていたが、やはり俺よりもチェルに対してだろう。

 王都の生活を見て回りながら、上手く魔力を使う方法がないか探した。凍った噴水を温め、凍った石畳の道の氷を溶かしていく。たった、それだけのことなのに、町の人々は驚いていた。


 朝だというのに街灯を灯す。魔境にも街灯があればいいのだが、魔物が寄ってきてしまうから建てられないだろう。駅馬車は空を飛ぶ似たようなものができつつある。

 

 呪いを解いてくれとか、魔力が足りないなどの要望にはすぐに応えられるが、家屋の修復などは専門外だ。いつの間にか、集まってきてしまった。


「あのなぁ! マキョーは万能に見えるかもしれないけど、できることは限られている。あまり無茶なことは言わないように。ただ、呪いは解けるし、魔力もほとんど無尽蔵だと思っていい!」


 チェルが説明してくれて、魔族たちがようやく落ち着いた。


「歴代の魔王たちにも会わせないといけないから」

「ああ、行ってこい!」

「マスター・ミシェルの言ったとおりだった!」

「とんでもない化け物を連れて来たな!」

「魔人より強いなんて信じられなかったけど、こう見せられちゃ……」

「魔人だって見たことはないんだけど納得させられてしまうな……」


 広場にいた魔族の半分くらいが驚き、もう半分が呆れていた。


「じゃあ、ちょっと城に行ってくるから。帰りに時間あれば、怪我や呪いの治療をするつもり。誰かまとめておいて」

「おう! こっちはやっておく!」

「ああ、マスター・ミシェルが諦めない限り、私たちは諦めないから!」

「何を?」

 チェルが魔族を見た。


「魔族を!」

「この国を!」

「魔境との交易さ!」

「俺は勉強頑張る!」

「私は魔法の練習するよ!」


 なんだかチェルがメイジュ王国に来ただけで、市民がこれだけテンションを上げられるなら、やはりチェルの居場所はここなのだろう。

 俺はいつか言わねばならないことを覚悟した。


「まぁ、私はしばらく魔境にいるから、頑張って!」


 俺は坂道を登るチェルについていった。


 坂の上には城がある。使い魔や衛兵たちが道の脇に並び、俺たちを迎えてくれた。城の扉も、開けてくれる。歓迎はしてくれているみたいだ。


「魔境の大使、並びに領主殿とお見受けします!」

 執事らしき魔族の男性が声を張った。


「ステュワート、そう緊張しなくてもいい。城の職員たちも見えているとは思うが、魔力を測ろうなどと思うな。ありのままを受け入れろ。人間の個体として見るから、頭が痛くなるんだ。自然現象の一部だと思ったらいい」

 チェルの言葉で、城のそこかしこから大きなため息が聞こえてきた。

「彼らには俺がどう見えてるんだ?」

「魔力が形を成しているようにしか見えないだろうね。城勤めは目が良すぎる。あ、使い魔たちは城から離れた方がいい。主人を上書きされたくなかったらな」


 一斉に城からカラスが飛び立った。


「注意事項はそれくらいかな。不意打ちだろうが呪術、魔術、何でもかけてみるといい。命の保証はしない」

「そういう命知らずは、もういませんよ」


 階段を黒いドレス姿の女魔族が下りてきた。


「ジュリエッタ、度々来て悪いね」

 チェルがジュリエッタと呼んだ女魔族が魔王のようだ。


「いえ、歴史を学びよく自分の立ち位置がわかりました。私はあくまでも繋ぎ役です。ミシェル、あなたが何と戦い、日々暮らしているのか、片鱗だけは理解しているつもりです。魔境の領主・マキョー殿。ようこそメイジュ王国へお越しくださいました。マキョー殿の来訪は未来永劫メイジュ王国に語り継いでいきます」

「いや、そんな大事にはしないでください。ただの農家の息子です。それよりも虫に詳しい魔王がいたと伺いました」

「ええ。では、すぐにダンジョンへ向かわれますか?」

「ああ、いつかゆっくり話そう」

「私が生きているうちにお願いしますね」


 俺たちはジュリエッタ女王に連れられて奥の間に連れていかれた。

 扉が部屋の中央に鎮座している。鍵はやはりドーナツ型で雷門模様が描かれているらしい。


「どうぞ。ごゆっくり……」

 ジュリエッタ女王はダンジョンの扉を開けてくれた。

「ああ、ごめん。俺のダンジョンを置かせてくれ。別に取って食うようなことはしないが、危害は加えない方がいい。普通に食べると思うから」

 俺は自分の鎧から巨大になってしまった透明な蛇を取り出して、部屋の隅に投げた。とぐろを巻いて身を縮めているが、十分にデカい。


「マキョーに一番付き合わされている被害者だから、優しくしてあげて」

「何か必要ですか?」

「大丈夫。多分寝ているだけだから」

「ありがとう。ステュワート、夕飯の時間になったらベルを鳴らして」

「かしこまりました」

「じゃあ、行こう」


 俺とチェルはダンジョンの中へと入っていった。


 緑の香りが強い。目の前には広い草原が広がっている。


「すごいもんだね……」

「ダンジョンが呼びに来るなんて初めての経験よ」

「我々が出迎えるとは。ミシェル、その男が魔境の領主だね」

 霊体の女魔族たちが草むらの影から出てきた。


「そうです」

「でかしたよ! 魔境の大使・チェルよ! 見ればわかる。こりゃ、本物だ」

 そう言って笑っているのが愚王だという。


「まぁ、皆、座るといい」

 愚王がそう呼びかけると、一斉に空中から椅子を取り出して座り始めた。


「入っただけで魔力が補充されたよ。チェル、また成長したね」

「魔境に住んでいれば自然と魔力量は上がっていくのです」

「魔境の領主よ。遠いところわざわざ来てくれてありがとう。生きている頃に、お前さんみたいな人間を見たことがないものだから無礼は許しておくれ」

「気にしないでください」

「愚王は、魔境の領主がメイジュ王国に入ってからずっと笑っているのです。あり得ない、人間の形を留めていることが奇跡だと……」


 壮年の魔王がにこやかに笑いながらお茶を出してくれた。


「そんなに魔力量でバレますか? このダンジョンに捨てましょうか?」

「いいのか!? いや、魔力を捨てる技が見てみたいだけで、ダンジョンに残してくれとは言わない。一度でいいから見てみたいんだ」


 そう言われて、俺は魔力を粒子に変えて、身体から毛穴から煙のように吐き出した。

 ふわりと舞い上がった魔力の粒は、息と共に草原に拡散していく。今いる草原がどれだけ大きいのかよくわかった。


「見事だね。溜め込む必要なんてなかったんだ……」

「魔法は無限の可能性がありますね」


 歴代の魔王たちは、草原に夜の帳を下ろし、俺が捨てた魔力をオーロラに変えた。


「きれいですね」

「あんたの魔力だよ」

「この男はずっとこうしてとぼけてるんです。だから、緊急時でも別の発想ができる」

 チェルはそう説明したが、俺はちょっと違った。


「魔境では緊急事態しかありませんから、常に感情に左右されることなく考え続けているだけです。それよりも、死肉を食べる虫や糞を食す虫について知りたいんですけど……」

「お、そう言えば、虫の専門家がいたな」

「あ、私です」


 大人しそうな魔王が立ち上がった。


「弱いと侮ってはいけませんよ」

「ええ、魔境のインフラの中で最も強い力が、環境の再生能力なんですけど、おそらく虫の力かと思いまして、メリルターコイズの図書館で調べてきたんですけどね」

「なるほど、それは慧眼ですね。呪いの魔王もいたでしょう? 今こそ我らが後世に伝える時ですよ」

「わかりました。記憶術の魔王よ。手伝っておくれ!」

「こちらです」

「彼女たちの時代は、地脈の流れがよくなかったのか、魔法を使いにくい時代があったんだ」

 愚王と空間魔法が得意な魔王は「あまり光の当たらない魔王に活躍の場を与えてくれてありがとう」と言っていた。


「地脈の流れ……。誰かが魔力を吸収したんですかね」

「ああ、そうかもしれん……。まさかとは思うが、魔力を吸収する技術を会得したのか?」

「ええ、最近、魔境とメイジュ王国の間の島で覚えました」

 愚王も周囲の魔王たちも目を見開いて驚いていた。


「これが魔境の日常です」

 チェルは胸を張っていた。


 俺は、とにかく虫の記録を見せてもらうことにして、夕飯までの間、草原に住む虫を見ながら魔王たちの説明を聞いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] マキョーが魔境の外に出たらいかに化け物なのかわかって面白いですね
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