【籠り生活33日目】
翌日はカタンと一緒に交易品のハムを梱包していた。
ミッドガードの住人がどれくらいいるのかまだわからないが、食料は必要だろう。ハムは余っているし、ピクルスだって魔族の国から輸入品が東海岸の倉庫に溜まっている。なんだったら野菜は植物園のダンジョンで新鮮なものが作られている。小麦の備蓄もあるので問題はない。
衣類に関してはシルビアが、騎竜隊の妻たちと一緒に毛皮のコートを作っている最中だ。魔境の冬は思ったより寒く、織物より先に毛皮のアウターが欲しくなったらしい。亡命エルフたちも参加している。エルフの国では魔物の毛皮は高級品らしいが、魔境では倉庫の奥に積み重なっているので、使ってくれるならどんどん使ってほしい。
衣食は大丈夫そうだが、やはり問題は住環境だ。
どこに住むにしても建材が足りない。樹木がこれだけあるというのに、使える木が少ないのは魔境の弱みだ。固い石はあるし加工もできるが、空島に使うことになっている。
しかも俺が魔境は分散型で発展させようと言ってしまったので、今後、建材の加工所も必要になってくる。
北西に魔法学校、北東に鉄の工房、南の砂漠には気象研究所と考古学研究所、南西に霊媒術と体術の総本山。どこも人はいるけど、建物は早急に作らないといけない。
冬のうちはまだいいが、春や夏になると魔物も動き始めることも考慮しないといけなくなる。
洞窟住まいが長い俺としては、ドアさえあればだいたい山を作って中をくりぬいて、壁や天井を固めればいいと結論に達していた。魔物がいる限り、どうしても周囲に毒の罠を仕掛けないといけなくなるし、突発的な暴走や大発生があると柱や壁自体を破壊されないよう強化するしかなく、工程が多い。それよりも自然の中に住居を潜ませることで魔物には通り過ぎて行ってもらう方が断然に楽だ。
「木の板とドア枠、ドア、蝶番でいいのかな?」
「鍵は?」
カタンが予想外の質問をしてきた。
「そうか。盗むってことが出てくるか……」
「襲われる可能性だってあるでしょ?」
「ああ、本当だ。魔境に馴染み過ぎていて頭になかった。そうだよなぁ」
前にシルビアが俺の部屋に侵入してきたことがあるらしいが、気づかなかったので不問にしたが、寝込みを襲われるってことがあるのか。
人が多くなると、嫉妬も増える。学校を作って競争をさせれば、格差ができる。
「鍵も必要だなぁ」
犯罪が起これば罰則も考えないといけなくなる。領主の難しいところだ。追放してしまえば済むのかというと、そもそも追放されてきたような奴らが魔境に来ている。
反省と社会復帰を促す罰ってなんだろうな。
ハムを包む作業をしていたら、魔石を頼んでいたチェルが空を飛んできた。
「持ってきたゾー!」
「ありがとう。そこに乗せておいてくれ」
チェルは、魔石がたくさん入った袋を背負子に乗せていた。
「なんだ? マキョーのくせにまだ作業が終わってないのか」
「思い悩んでいるのよ」
カタンに密告された。
「いや、悩んでいるというか……。魔境の罰ってなんだろうなって考えていただけだ」
「空島生活じゃないのカ?」
「ジェニファーの時はそうしたけど、なんか作業させた方が社会復帰しやすいんじゃないかと思ってね」
「確かにそうだけど、魔境に汚れ仕事なんてないヨ。だいたい汚れるし生きているだけでも厳しいからネ」
「ん~、季節によって罰則を変えるか。冬だったら、エルフの国への山道整備とか」
「夏は砂漠で発掘作業とカ? 南西で幽霊船の交易の手伝いだっていいし、東海岸でサルベージの手伝いだっていいんじゃない?」
「ああ、悪くないな。まぁ、そうならないように鍵も買ってこよう」
ハムと魔石をまとめて背負い、俺は交易村へと向かった。
ここのところ冬にしては暖かい日が続いている。魔物たちの動きも活発になってきていた。北部から南へやってきたソードウルフの群れもいる。植生が違っても動ける魔物は跳び越えてくるのか。
魔境の入り口付近では、エルフの番人たちがジビエディアと戦っていた。
「大丈夫かぁ?」
随分時間をかけて戦っているので、声をかけた。
「あ、大丈夫です!」
「身体が鈍ってるんで、相手をしてもらっているだけなので、ぶふっ!」
答えたエルフが角で弾き飛ばされていた。
「ほら」
血が出ているので回復薬を渡しておいた。
「ありがとうございます」
受け身を取っていたからそれほど怪我はしていないだろうが、傷口から毒が入ると面倒だ。魔境には毒が多すぎる。
角で突いてくるジビエディアは、思い切り掴んでねじ伏せておいた。
「食べるのか?」
「いや、本当に訓練です」
「訓練兵たちは何をしてるんですか?」
「たぶん、ダンジョンの民と一緒に東海岸で交易関係の仕事をしているはずだよ」
一緒に演習をしていたから、寂しいのかもしれない。
「気になるか?」
「ええ。追い越されているかもしれないと思って」
「我々は魔境の番人ですから、負けてられないですよ」
ライバル意識があったのか。
「あんまり遠くまで行くなよ。それから毒には気をつけるように」
「「ありがとうございます!」」
エルフの番人も十分育っている。
小屋も新しくした方がいい。門でも作った方がいいかもしれない。
魔境の外は、冬の澄んだ空気が広がっていた。魔境よりも静かで、魔物も姿を見せない。
訓練施設を素通りして交易村へ走った。
交易村では物資や職人が集まり、建設ラッシュが起こっていた。他の地域で仕事が終わった職人たちが、交易村まで来ているらしい。
「冬になって魔物も出てこなくなったからさ」
「仕事があるなら来るよ」
「住む場所間違えたかな。この村に美人が多いのは食ってるものが違うのかい?」
仕事をしている職人たちと話をすると、いろんな声が聞こえてくる。
「そこ! 何を駄弁ってるんだ!?」
現場監督の姐さんに怒られてしまった。
「それから太郎ちゃんは仕事の邪魔をしない! 言っておくけど、その行商人みたいな男が魔境の領主なんだからね!」
職人たちが俺を見て、薄ら笑いをしていた。嘘だと思われているらしい。ま、いっか。
「姐さん、悪いんだけどドアが欲しいんだ」
「なに? なんで?」
「また、人が増えるかもしれないからさ」
「またぁ!? 今度はどこから来るの?」
「1000年前から」
「はぁ!? ちょっと皆ぁ! 太郎ちゃんが来たよ! 1000年前から人が来るからドア寄こせってさ!」
一声で村中から姐さんたちが飛び出して集まってきた。
俺は、元娼婦の姐さんたちに巨大魔獣がいたことやクリフガルーダの『大穴』のことなどを語り、魔境の住宅事情について説明した。かなり長くなったので昼飯も一緒に食べる。
「でも、その1000年前から来た難民が変な奴だったらどうするの?」
「変な奴でも受け入れるよ。人の物を盗んだり、襲わなければね」
「ああ、そうよね」
「そう言えば、この前、偉そうな冒険者が来たんだけどさ。酒場で金払わずに飲んでたから、外に放り投げたんだけどよかった?」
「ああ、いいんじゃないかな。お尻触られて腕を折ったりしてない?」
「そういう人はいなくなるね。サーシャたち衛兵が結構厳しく取り締まってる」
「この村、かなり女尊男卑が広まってるかもしれない。働かない人にめちゃくちゃ厳しいし」
「姐さんたちが働くからなぁ。特に領主からの法は作らないけど、皆で話し合ってモラル作ってね」
「適当に言うじゃない?」
「なんか魔境の技を教えろよー」
「強いんだろ! どれだけ筋肉つけてるんだ?」
「領主だと思って襲われないと思ってないだろうな!」
姐さんたちから胸筋や大腿筋へのセクハラが酷い。
「じゃあ、魔力のおっぱいは作れるようになったなら、こういうのはどう?」
丸いねばねばの魔力の玉を、隣の姐さんがテーブルに置いている腕に張り付けた。
「うわぁ! なにこれ、気持ち悪い!」
「でしょ。これなら、ちょっとした悪者を拘束できる。逆にこうすると」
ねばねばの玉の性質を弾力性に変える。
ポーンと跳ね上がって、俺の頭に落ちてきた。
「ねばねばさせたり弾いたりするってこと?」
「そう」
「若い弾けるおっぱいか、婆のねばねばおっぱいか……。練習しよ」
昼飯終わり。姐さんたちは全員で魔力の練習していた。村には指示待ちの職人たちが呆れて飯屋に向かっている。
「ドアくれよ。ハムと魔石持ってきたからさ。聞いてる?」
姐さんたちにしばらく無視された。