【籠り生活32日目】
『大穴』のミッドガードから連絡はまだ来ない。俺たちの生活は続いていく。
「ちょっとミッドガードの件、隊長に報告に行ってくる」
「あ、そうだネ。いってらっしゃーい」
チェルたちに見送られ、魔境を出る。入口の森を通ると、白い冬毛に変わったグリーンタイガーが現れた。干し肉をあげると喜んで持って行っていた。あのグリーンタイガーにも家族がいる。
小川のスライムたちは動きが固くなっていて、番人たちは普通に水を汲んでいた。
「おはようございます。お出かけですか?」
「うん、訓練施設までな。3ヶ月に一回来ていた巨大魔獣が止まったんだ」
「え!?」
「今、クリフガルーダに滞在していて、中の人たちが今後について決めている最中でね」
「ええ!?」
2人とも目が飛び出そうなほど驚いていた。
「いやぁ、ああ、そうですかぁ……」
「そうなりましたかぁ……。まぁ、マキョーさんたちならそういうこともできるんですねぇ」
「俺たちだからってわけでもないんじゃないか? いつかエルフの誰かがやっていたと思う」
「それはたぶんないです」
「俺たちもエルフなんでわかりますが、そういう無謀なことをやるようなエルフは基本的に捕まります」
確かにヘリーが捕まっていた事実はある。
「事なかれ主義ですから」
「そうなのか。白亜の塔の図書館に侵入しちゃったんだけど、あれももみ消されているのかな」
「え!? 白亜の塔に乗り込んだんですか?」
「ちょっとな。図書館の奥がダンジョンになっていて、必要な本を探しに」
「そうなんだぁ……。エルフでも白亜の塔に図書館があるくらいしか知らないですよ。へぇ~。でも、特に何か特使が来たりはしてませんよ」
「手紙もありませんから、たぶんもみ消したか、まだ対応に追われているかのどちらかです」
「そうか」
「何か来たら追い返しておきますよ」
間違いなく番人2人は魔境の住人だ。エルフだったことすら忘れていた。
「頼むわ」
「了解です」
俺はそのまま魔境を越えて、整備された森の道を進んだ。この森にもワイルドベアなどがいたはずだが、今は冬眠しているのか姿は見えなかった。
代わりにジビエディアが木の皮を食べていた。隊長への土産にしようかと思ったが、すでに倉庫の奥からハム肉を持ってきたので必要ないだろう。
訓練施設に門兵はいなかった。寒いから建物内にいるようだ。
門を飛び越えて、暖房の効いた屋内に入ると、ベンチで門兵が眠っている。のん気な軍の施設だ。
「こんちは」
「ん? あ、はい?」
「魔境の者なんですけど、隊長いますか?」
「はい!? あ! すぐに呼びに行きます!」
門兵は立ち上がって、どこかへすっ飛んでいった。しばらく待っていると、隊長がやってきた。
「おおっ。マキョーくん、どうした?」
「これ、ハムです」
「ああ、助かる」
子豚ほどのハムをあげると、隊長は喜んで受け取っていた。
「実は古代ミッドガードがクリフガルーダの『大穴』に停泊しました」
「ええ!? そうか! それでか。最近妙な夢を見ているんだ」
隊長は王家の血が入っているからミッドガードが現代に来たことで、何か影響が出ているのかもしれない。
「なに、悪い夢じゃない。古い友人に会うような夢さ。まぁ、お茶でも飲みながら話を聞かせてくれ」
隊長は応接間に案内してくれた。
「そうか。マキョーくんは無意味な嘘はつかないもんな。本当にミッドガードが来たんだな」
お茶を部下に頼んだ隊長がソファに座って話し始めた。
「ということは……、我々竜の血を引く一族も動くかもしれないな」
「王家がやってくるんですか?」
「ああ、可能性がある。すぐには来ないだろうが、兄のウォーレンがやってきたら、案内しないといけなくなるかもしれない」
ウォーレンは王都の警備を任されている軍のトップだ。一応、辺境伯の任命式の時に会っているが、ものすごい巨漢だったというイメージしか思い出せない。
「我々は裏切り者さ」
「エスティニア王家は裏切りですか? 政変があっただけでなく?」
「おそらくな。一応、王家の秘術として伝わっている魔法があるらしい」
「それ俺に言っていいんですか?」
「いいだろう。もしかしたらマキョーくんたちの方がうまく使えるかもしれない」
「なんです? その秘術の魔法って」
「剣の魔法だ。空間魔法でも切れるような剣だ。エスティニアを作った初代王はこの魔法に長けていたと言われている。3代目くらいまでは使えていたらしいが、4代目が全く魔法を扱えない人で、そこから誰も習得できていないはずだ。できるかい?」
「ああ、どうなんでしょう。空間魔法はこんな感じですか?」
魔力のキューブをテーブルの上で作った。
「これを斬れって言われると、何でも切れるんじゃないですかね」
指で魔力のカミソリを作って、魔力のキューブを斬り、バラバラとテーブルに落とした。
「やっぱりできるのか!?」
「いや、空間魔法だともっと固いのかな?」
魔力の防御壁で立方体を作ると、魔力のカミソリ程度では斬れない。
「ミッドガードには空間魔法が得意な種族がいたはずなんだが……」
「鳥人族ですかね。そういう話を聞いたことがあるんですけど、クリフガルーダでも伝承が途切れているらしいです」
「なるほど……。切るのは無理そうかい?」
「いや、隙間を通せば……。そんなことしなくてもキングアナコンダのサーベルさえあれば斬れるのか?」
鎧の中にいるダンジョンに聞いたが、キングアナコンダのサーベルは持っていないらしい。腹に入れておきたくないか。
「でも、似たような状態を作れば、手刀でも……」
胸辺りで全身の魔力を回転させて、周囲の魔力を吸い取るようなイメージで手を近づければ、魔力の防御壁はあっさり瓦解する。
「ヌシなら一発で破壊できてしまいますね。でもこれの精度を上げるというのは秘術だと思います」
言われないと思いつかない。
「やっぱり本当にできるもんなんだね。とにかく、その秘術で古代ミッドガードから王家の先祖は抜け出したらしい。もしミッドガードから出たいという者がいたら、王家が協力するつもりだったんだけど……」
「ああ、今のところ大丈夫そうです。出てきたら、魔境の住人として迎え入れるつもりなんですけど、なんか伝えることとかありますか?」
「いや、むしろ魔境に住めるのかい?」
「そのつもりですけど、外出た途端に一気に老けたりするんですかね」
「時を旅していただけだから、身体への影響はないんじゃないか。自分たちの時を過ごしていただけだろ?」
時の神の怒りを買った可能性はあるが、確かに彼らはダンジョンの中で11年余り過ごしただけだ。
「そうですね。いや、毎回避難民を受け入れる時は迷うんですよね。本人たちが望んでいないのに、今日から魔境の住人だからよろしくなってなかなか言えないというか……」
「でも、マキョーくんが辺境伯で魔境の領主だ。マキョーくんが決めていいんじゃないか?」
「でも、王都とか他の領地を見てから、自分の住むところを決めた方がいいんじゃないですかね?」
「他の地域だと、獣魔病患者は魔物扱いだよ」
「そうか。あ、でもなんかフィンリルに変身してました。しかも王に似ていたような……」
「もうミッドガードの住人の姿は見ているのかい?」
「ええ、一人だけですけど……」
「じゃあ、いることは確かなんだ。ちょっと王都に連絡してみるかい?」
「そうですね。とりあえず報告だけしておきます。もしかしたら、1000年ぶりに親戚に会えるかもしれないですよ」
「秘術の他になにか伝わっているかもしれないからね。ありがとう」
「いえ」
お茶だけ飲んで、俺は魔境へと帰った。
今のミッドガードが支援物資がないと食べられなくなっていることを考えると、エスティニア王家の先祖は先が見えていたのかもしれない。




