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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【魔境の冬支度】


 暦の上ではもうすぐ冬だ。

 根菜マンドラゴラの大発生が落ち着くと、魔物たちは冬眠の準備を始める。いや、魔物たちだけでなく植物の葉も落ち始めていた。


「魔物の動きが変わったな」

「沼に空いてる穴は、ヘイズタートルの寝床だからネ」

「ロ、ロッククロコダイルも沼の中に入って出てこなくなった」

「野草もほぼ枯れて、種を飛ばしているんで、皆さん気をつけてくださいね」

 朝飯のカボチャパンを食べながら、情報の共有をしておく。


 夜間に北部を調査しに行ったヘリーが戻ってきた。


「どうだった?」

「北部の魔物が南下してきそうだったから、罠を仕掛けておいた。寒くなっても毛皮には困らない」

「薪も十分あるし、食料もあるよな?」

 俺はカタンに確認した。


「売るほどあるわ。交易村に持って行ってほしいくらい。巨大魔獣に送る分もありますね?」

 カタンもジェニファーに確認していた。

「ええ、小麦粉もメイジュ王国との交易で得たものがまだまだ倉庫にありますから、賄えるはずです」

「じゃあ、いよいよ道路作りと建設だな」


 道路作りは、ダンジョンの民も協力してくれているので、冬の間に進みそうだ。

 冒険者ギルドの建物に関しては、勝手にチェルに一任していた。


「冒険者ギルドは建てられると思うヨ。暖炉も作るし、外壁も頑丈なものにしてるから、問題はないんだけどネ」

 沼の近くに冒険者ギルドはある。魔物も多いが、結界魔法やスイミン花などで魔物の侵入もされにくいだろう。


「ただし、一軒にかかる時間を考えると、建物を建てるよりも、丘を作ってそこに穴を掘る方が圧倒的に早いと思うんだヨ。あと、大きな崖がいくつもあるからね。そこに集合住宅を作って、まとめて魔物と植物に対処した方が、時間はかからないんじゃないカナ」


 確かに、地形が変わっていない大きく固い崖というのがいくつかある。


「それは俺も考えたんだけど、魔境を囲むような山脈に直接作ると、地脈上に住むことになるだろう? かつての獣魔病の発生を考えると、外側に作っていいのかどうか……」

「と、都市設計か……。エルフの国には専門家がいるんじゃないか?」


 シルビアがヘリーに聞いていた。


「専門家はいるし、白亜の塔周辺が都市として機能しているよ。白亜の塔の地下には遺跡のような図書館がある。半分以上は迷宮と化してしまっているけれど……、秘密の取引所で調べさせてみようか?」

「そうだな」

 ヘリーはミルドエルハイウェイの先にある、エルフの国の中に秘密の取引所を作っていた。まだ、大きくはないが、エルフの国の魔法省も注目しているという。


「周辺の崖でも、森の中の崖でも、どちらにせよ魔力量は多いのは確かだよネ。だから、そもそも魔道具を仕込んだ町にした方がいいってことでショ?」

「その通り。だからさ、例えば広場の真ん中に噴水を設置して、噴水の勢いによってその日の魔力量を知るっていうのはどう?」

「憩いのための噴水という意味だけでなく、町の誰もがその日の魔力量を知ることができるというのは、いいのではないですか? 噴水を見て、その日の服や装備も変わってきますし」

「お、丘や崖に面していて、真ん中に噴水が建てられそうな場所か。意外に森の奥の方になると道路を作るのが大変だ」

「でも、ハーピーたちが描いた地図を見ると、あるにはあるんだヨ」


 チェルが身を乗り出した。


「あるのか? どこだ?」

「イーストケニアからの侵入者を嵌めた場所だヨ」


 春の終わりころに、イーストケニアからの侵入者を罠に嵌めたことがある。四方を丘で囲み、魔物の群れに突っ込ませた場所だ。死体は片づけてあるし、入口からも近い。噴水に使う水も入口の小川から引いてくるのは簡単だ。


「丘を集合住宅にするのか?」

「うん。結局、今私たちが住んでいるこの洞窟みたいなのがいいと思うヨ」


 ホームの洞窟が崩れたのは巨大魔獣がやってきて竜巻で舞い上がった岩が落ちてきたときだけだ。入口からも近く、俺たちのホームからも近い。その上、冒険者ギルドまでの道もそれほど危険がない。


 問題があるとすれば、幽霊が出てきたら怖いというくらいだ。


「ヘリー、ジェニファー、その噴水を聖水で清めることってできるか?」

「ああ、まだ霊が怖いのか?」

「確かに屍の上に、集落を作るようなものですから、縁起はよくありませんけど、悪霊は出てからじゃないと対処できませんよ」

「南西の不死者たちは、実体がほぼあるけど、新しい霊にはないだろ? でも、怖がっていても仕方がないか」


 真冬の怪談は勘弁してほしいが、冬になって魔物や植物がおとなしい間に、建設は進めた方がいい。


「じゃあ、エルフの都市設計を盗みつつ、冬支度だな」


 なんとなく冬の方向性が決まった。


「あ、あと、毛皮が大量にあるから、ダンジョンの民と一緒に寝床の毛皮を鞣しておいてくれ」

 シルビアは倉庫に大量の毛皮があると教えてくれた。

「枯れ枝も多いので、冬用の薪にしてください。薪棚も作らないといけませんね」

「メイジュ王国では魔石が使われて、俺たちは暖炉か。なんか贅沢だな」

「そうですか? 最新の魔道具を使えた方が贅沢なのでは?」

 話を聞いていたカタンは不思議そうに聞いてきた。


「それだけ時間の余裕があるってことだ。考えてみろよ。魔境で仕事をしてなかった日ってあるか?」

「確かに……」

「魔物や植物だって休んでいるんだ。冬はなるべく休もう」

「冬になったらなったで、どうせ何かあるだロ? 交易で揉めたりサ」

「魔境だからな。でも、冬支度だけはしておこう」

 寒波には備えないといけない。


「だ、だったら、お酒を正式に解禁しよう」


 シルビアが皆に聞こえるように宣言した。すでに封魔一族たちは酒を楽しんでいるし、交易村では酒場を建設している。魔境の中だけ禁酒と言うのも辛い。


「ああ、そうだな。そういう楽しみも必要だ。ただし、実力が同じくらいの者がちゃんと同席するように。誰かの酒乱の血が疼いて、ダンジョンの民たちに迷惑をかけてもいけない」

「私は、そんなに飲みませんよ」

 ジェニファーは顔を真っ赤にしていた。


「空き瓶が増えると助かる」

 ヘリーは薬や毒の容れ物が欲しいらしい。

「調味料もつけておけるのはいいですね」

 カタンも喜んでる。


「そ、それから、皆防寒着はどうする? 靴も必要か? 実は用意はしてあるから、言ってくれ」

 シルビアは防寒用のコートを作っていたらしい。

「俺は暖かい空気を纏えてしまうから、必要はないんだけど靴を直せるか? もうボロボロなんだ」


 俺は穴の開いた靴をシルビアに見せた。


「マキョー、これはもう靴の形をした何かだ。新しいのを訓練施設か交易村で買った方が早いよ」

「そうか」

「もっと早く言ってくれ!」

「でも、魔力で地面を掴んだりするから、どうしてもボロボロになってくるんだよ。この革の鎧だって、実はダンジョンを閉じ込めてるから内側はほら」


 一旦ダンジョンを、外に放り投げて、革の鎧の内側をシルビアに見せた。


「うわっ。なんだこれ。これは鎧の意味がないじゃないか!?」

「もう魔力で弾けるようになると、丈夫な服であればいいんだけど……」

「ちょっとこれは修理しないといけないから、脱いでくれ。それから靴についても中敷きと靴底に関しては、私がやるから、外側だけ新しいのを買ってきてくれ」

「わかった」

「まったく……」


 シルビアは呆れていた。笑ってごまかしているが、本当に申し訳ないと思っているので、シルビアには後で何かを買っておこう。


「シルビア、ごめん。実は私も……」

 チェルもローブと靴をシルビアに見せていた。

「私のローブも実は限界がきている」

 ヘリーも見せていた。ヘリーのローブは魔法陣を仕込み過ぎて、焦げていた。

「私のベルトも実は取れそうになったのを修繕しすぎてちょっと……」

 ジェニファーまで、革のベルトを見せていた。


 魔境に住んでいると、日常的に動くので消耗は激しい。


「皆、もっと早く言ってくれ! 普段身につけているものだろう。身体の傷は回復できても、着ている物は修理しないと直らないんだからな!」


 シルビアは、「アラクネに布を貰ってくるから! 今日一日、そこら辺の革のローブでも着て過ごしてくれ!」と東へ向かった。


「魔境の武具屋をだいぶ怒らせてしまったな」

「皮を運んで鞣してきます」

「俺は交易村に行って、酒を持ってくるよ」

「残った者たちで冒険者ギルドを作っていくヨ」


 それぞれの仕事をし始める。

 俺のダンジョンには、カタンの洗い物を手伝うように言いつけた。鎧を持って行かれたので、依り代がなくなったように心もとない。見た目は大蛇のような水の塊なので、カタンを守るくらいはできる。


「倉庫のハムとジャムは持って行っていいのか?」

「うん、手前から取っていってください」


 カタンに聞いて、交易村に持って行く物を籠に入れて背負う。

 シルビアに言われた厚手のロングコートを着て、西へ向かった。


 サバイバル演習場にはまだ兵士たちは戻っていない。もしかしたら、冬の間は遺伝子学研究所のダンジョンに滞在するのか。それもまたよし。

 魔境は、基本的に死なないなら何をしてもいい。


「おう、元気か?」


 入口にいるエルフの番人に声をかける。

 二人ともすでに厚い毛皮のコートを着こんで、小屋の外に竈を作っていた。


「こんにちは。魔境の冬はどのくらい寒くなるんですかね?」

「俺もまだ経験してないからわからない。とりあえず、薪だけは拾っておいてくれ。寒くて凍えそうになったら、魔境の中に入っていいから。魔物も植物も動きが鈍くなってる」

「わかりました」



 訓練施設に行くと、馬車が何台も停まっていた。冬用の衣類や食料が運ばれているらしい。兵士たちも忙しそうだ。 

 冬支度をしていないのはもしかして俺たちだけか。



 そのまま、俺は交易村へと向かった。


「あ、太郎ちゃん」

 村に入った途端に、気づいた姐さんたちが近づいてくる。

「こんにちは。これ、ハムとジャムです。お酒ってありますか? あと靴」

 籠を下ろすと、姐さんたちが寄ってきて、どんどん手渡しで肉屋に持って行く。ジャムは雑貨屋に持って行かれているようだ。


「まだ蜂蜜酒はできてないわ。交易品のでよければあるけど……」

「樽じゃなくていいので、瓶をいくつか見繕ってもらえますかね?」

「よかった。この村には大酒飲みがたくさんいるからね。樽一つでも消えると大騒ぎさ」


 会話をしている間に、紙袋に入った酒瓶が届けられる。


「靴はそこにあるのを好きなの選びなよ」

 靴や衣類の店は充実しているらしい。古着が多いようだが、姐さんたちが修理して売っている。


「それにしても人が来ないんだよ」

「魔境ってこんなにイメージが悪いのかい?」

「サーシャちゃんは、男が弱い村は発展しないっていう迷信があるから、なかなか来ないんだって言うんだよ」


 町の警備をしている兵士のサーシャは、砦跡を拠点に仕事をしている。今も馬に乗って周辺を見回り中だとか。


「でも、稼げるなら商人は来るんじゃないですか?」

「それがね。鳥小屋と馬車屋が上手くやっているから、行商人が来ても、買うものがないんだよ」


 確かに、村にはいつの間にか立派な鳥小屋が立っていて、手紙を足につけた鳥が飛び立っている。馬も何頭か、常に待機しているのだという。交易が独占状態になっているのかな。


「お金は貯まっていくんだけど、使いどころがないっていうか……」

「こんな男もそんないない村で、化粧道具やドレスなんて買っても意味ないじゃない?」

「小麦粉も酒も備蓄だけが増えていくんだ。見てごらん、あの娘なんて日がこれだけ昇っているっていうのに、酔っぱらって馬小屋で寝ている始末さ」

 仕事もなく買うものもないのに、お金が貯まっていくのか。


「皆、金持ちじゃないですか」

「まぁ、そうなんだけど使うところがないのよ!」

 俺は自分に合う靴を探した。


「やりたかったこととかないんですか?」

「やりたかったことって言われてもね。とにかくあの娼館から出たかっただけだから、もう叶っちゃってるのよ」

「もっと子供の頃とか、娼館に入りたての頃とかでもいいですけど……」

「ああ、だったら、奴隷の子を買い取りたかったな。町の娼館じゃなく、鉱山とかに送られる子とか」

「じゃあ、奴隷を買いましょう」

「いや、でも、こんな村に来てもやることなんてないよ! 股の開き方なんて教えるわけにもいかないだろう?」

 姐さんたちは、自分たちが出来ることを低く見積もっているらしい。


「お金は使い方次第で、どんなことでもできるじゃないですか。子どものころ夢見たものはなんです?」

「パン屋とか?」

「豪商?」

「魔法使い?」

「その人たちをお金で雇いましょう。その人たちから学べばいい。その後、奴隷を買って教えればいいんじゃないですか? まぁ、一緒に学んでもいいですけど」

「あ、そうか。先生を雇えばいいんだ」

「魔境の村に来てくれる先生なんているのかい?」

「そのためのお金です」

「なるほどね」


 姐さんたちは妙に納得していた。

 すぐに鳥小屋にある交易小屋に行って、教師を雇いたいと要望を出していた。



「そう言えば、魔力のおっぱいだけどね」


 そう言えば、そんな宿題があったような気がする。


「これ、皆使えるようになってさ。重くしたり、固くしたりしてるんだけど、威力が出なくて」


 姐さんたちから、柔らかい魔力で頭を小突かれた。固くしてもすぐに割れてしまう。

 外側だけ魔力を使っている。


「でも、十分再現できているのがすごいですけどね。今でも、ほら」

 馬の飲み水の容器から、丸い魔力玉で水を汲み上げ、酔っぱらって寝込んでいる姐さんの頭の上で割った。


 パシャン!


「わあっ! びっくりした! なに!?」

 酔っ払いが起きて、驚いている。

 すぐに風魔法を送り、乾かしてやった。


「もう昼ですよ」

「え? ああ、ごめん。太郎ちゃん、来てたの?」

 そう言いながら酔っ払いの姐さんは千鳥足で、自分の寝ている宿へと向かっていった。


「こんな風に、中身を水で満たすようなイメージでやってみたらどうです?」

「中身かぁ」

「人も魔法も中身が重要だね。よし、やってみようか」


 広場で、魔法の練習が始まっていた。


「もうすぐ冬なんで、寒さ対策しておいてくださいね」

「言われなくてもやってるよ!」


 姐さんたちがスカートをめくると、厚手のタイツを履いていた。


「太郎ちゃんも風邪ひかないようにね」

「引いたら、看病してもらいに来ますから」

「わかった。冷えたおっぱいの練習しておく」


 俺は新品の靴と、酒瓶を持って魔境へと戻った。

 まだまだ冬支度は終わりそうにない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ読み途中ですが、やっぱり読むのが楽しいです(^^) いつも更新ありがとうございます!
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