【リパの里帰り 生活百家を求めて3】
街道沿いで身を寄せ合い寝ている行商人たちに駆け寄って、魔族の居場所を聞いた。
「密入国している魔族がいるって聞いたんだけど、知りませんか?」
「え? 誰?」
確かに、夜中に急に知らない者が現れたら、人は戸惑う。
「いや、魔境の者なんですけど……あ、ほら」
森の中から出てきたフィールドボアを、弱点を押して倒してみせた。行商人たちの食糧を狙ったのだろう。
「解体しますんで、良かったらどうです?」
「あ、ああ、頂くよ」
余計なお世話だっただろうか。
とりあえず、森の中に入っていき、街道から離れた場所で解体。内臓や骨を穴の中に埋めて、バラ肉やもも肉だけを大きな葉に包み、街道沿いまで戻ってきた。
「一応、火は熾したけど、本当に食べていいのか?」
「どうぞ。その代わり魔族の居場所を教えてもらえませんか?」
肉を渡しながら、聞いてみた。仲良くなるにはプレゼントが手っ取り早い。クリフガルーダにいた頃は何も持っていなかったな。
「だったら、街道をまっすぐ行って、下町へと続くうねうねしたカーブを進んだ先だ。リバーエントランスって河口の町に、魔族の移民が大量に来ているって話だ」
「皆、迷惑がっているよ。とにかく夜中までうるさいんだそうだ」
「金をたくさん持っているらしいから、なかなか近所の人も文句が言えないんだってさ」
「なるほど、大変なんですね」
行商人たちに話を聞いた後、もも肉を半分、葉で包み、街道を進んだ。
崖のような道を蛇行しながら下っていくと、大小様々な魔石灯に彩られた町が現れた。
リバーエントランスには大きな川が流れていて、かつては浜だったらしい。交差点には標識もあり農業地区も数多いようだ。
町中に入っていくと、確かにちらほら魔族を見かけた。魔族は定期船で会ったことがあるので、どんな肌の色をしていても気にならない。
大きな肉を焼いて削いで斬った物をパンで挟んで、食べている。独特の甘辛いソースはチェルさんがカタンに教えていたものと同じだろうか。
夜でも確かに騒がしいが、どこか陰がある者もいる。
「こんばんは!」
思い切って話しかけてみた。
肉を削いでいる屋台の魔族だ。訝しげにこちらを見ている。
「この肉は店で使えますか?」
「え?」
「フィールドボアで、先ほど狩ってきたばかりなんですけど……」
「使えないわけじゃないけど、こんなところで売るなよ。許可が下りてないものは売れないんだ」
「そうですか」
ちゃんと法を守っているようだ。
「肉を売りたいんなら、向こうの裏路地に行ってみてくれ」
「ありがとうございます」
俺は教えてもらった裏路地へ入っていった。
薄暗い街灯の中、魔族たちが身を寄せ合いながら酒を酌み交わしている。細い道で、子供の笑い声や鳴き声も聞こえてきた。
「ここらへんで肉を売れるって聞いたんですけど……」
「肉ってなんの?」
酔っぱらった魔族の女性に聞いてみた。
「フィールドボアです」
「だったら、私が食べてあげるわよ」
「これだけあるんですけど」
俺が見せると、女性はギョッとしていた。
「なにこれ、本物?」
「ええ、獲れたて直送です」
「ハムート! ちょっとこの狩人の肉を見てやって」
女性が奥の方に声をかけると、魔族の男が窓から上半身を出し、「こっちにこい!」と俺を呼んだ。
「鳥人族の冒険者がこんなところに来るなんて、どうした?」
「今獲ってきたばかりなんですけど、この肉を売れますか?」
「どれ……」
ハムートと呼ばれていた男は、魔石灯を肉に近づけて指で触れていた。
「本当に新鮮な肉だろう。保管魔法が上手いのか?」
「いえ、本当についさっき獲ってきたんです」
「どこの養豚場で盗んだんだ? 盗品は価格下がるぜ」
「崖上の森の中です。街道沿いの行商人に聞いてみてくださいよ」
ハムートはじっと俺の顔を見た。
「……わかった。買い取るけどよ。銀貨1枚ってところだぞ」
「十分です。その代わり、教えてもらえませんか?」
「何をだ?」
「メイジュ王国の魔石が足りなくなったから、クリフガルーダに移住してきたんですか?」
「なんだ? おめぇは?」
聞いてはいけなかったことか。不法滞在している者なら、鳥人族と会話はしたくないよな。
「俺はクリフガルーダから捨てられて、今は魔境の住人なんですけど、過酷な土地過ぎて移民が来ないんですよ」
「魔境だと!? 嘘つけ! あんなところ人が住むようなところじゃないだろう」
やはり魔境の評判は悪い。
「一応、定期便も来ているし、ようやく魔石の輸出もできるようになったんですけどね」
「本当か? お前、本当に魔境の住人なのか?」
定期便が来ていると知って、少しは信じてくれたのか。まだまだ警戒されているな。
「だったら、マスター・ミシェルを知っているよな?」
「魔境ではチェルさんと呼ばれてます」
「あの人が魔王にならなかったから、俺たちはここにいるんだ」
「え? どうして……」
「ほら、銀貨1枚だ。帰ってくんな」
チェルさんが魔王にならなかったから、クリフガルーダに移住してくるってどういうことだ。
俺は銀貨を1枚握らされて、裏路地の肉屋からほっぽり出された。
「あんた、ミシェル様の知り合いなのかい?」
尻もちをついていたら、先ほどの酔っ払いの女性が声をかけてきた。
「ええ、一緒に魔境で住んでますから。魔法じゃ到底かなわないですけど」
「そりゃそうだ。魔族に魔法で勝とうなんて無理な話さ。それより、ミシェル様は元気かい?」
「はい。この前、魔人になる呪いに罹ってましたけど、マキョーさん、領主が治しました」
「魔人って伝説の!?」
「ええ、背中から黒い羽が生えてる奴です」
「そうなったミシェル様を治せるの?」
「俺じゃなくて魔境の領主がです」
「でも、だったら、魔境の人って治癒は得意なのかい? よかったら私の肩こりを治しておくれよ」
「いいですよ。肩こりっていうより首ですけどね」
酔っ払いの首から出ている光る煙を注意深く見てみると、塊が流れを塞いでいた。魔力の木刀で、ぐりぐりと塊を砕いてやる。
「どうです?」
「わぁっ! 治ったぁ!」
「まだ、練習中なんですけど、他に身体が痛い人とかいませんか? 治せるかどうかはわからないですが、無料で診ますよ!」
裏通りに声をかけてみると、魔族のおばあさんが足を引きずって通りに出てきた。
おばあさんの膝から煙が立ち上っている。じっと観察していると骨が癒着している。いろんな糸と触れて痛いのかもしれない。
とりあえず骨は治せないので、糸を解いていった。
「痛みは?」
「ないよ」
「骨の癒着は、どうにもできませんでした」
「いいよ。痛くなくなっただけでもありがたいから」
おばあさんはビーズの腕輪をくれた。
酔っ払いは「一杯飲みなよ」とお酒をご馳走してくれ、丸椅子まで用意してくれた。
結局、俺が座っている丸椅子の前には、身体に不具合が起きている人たちが並び始めてしまった。別に要らないというのに、お酒を奢ってくれたり、串焼きを持ってきたりする。
「まだ、魔境には住めないかい?」
時々、治療終わりに魔境について聞いてくる人もいる。
「住めなくはないけど、生きていくのが大変だよ」
死なれると困るので、ちゃんと現実は教える。だんだん、口調も砕けてきた。
「まぁ、どこも大変だよな。遠耳一族と言ってさ。遠くの声が聞こえるんだけど、やっていけないかな?」
「得意なことがある人は結構多いよ。あと、陰口とかもない。領主にも直接悪口や不満を言えるかな」
「ミシェル様がいるからか?」
「いや、領主のマキョーさんが、そもそも好きに生きてるからかな。あと、出来ると思っても出来ないことが多いし、そんなことより魔物と植物の対処をしないといけない。食べないとか休まないとかは、即死に直結するからね」
「人間関係の諍いをしている状況じゃないってこと?」
「そうだね」
魔境のことばかり聞いてくるけど、クリフガルーダに移住してみて不満も出てきたのか。
「うちらはなかなか居場所を見つけられない一族でさ。メイジュ王国にいた時でも、人の声が聞こえちゃうから、旅をしながら暮らす一族だったのさ」
「不正とかを聞いてしまったり、就職先を制限されたりね。ミシェル様は学生時代から、集落に来てくれるような人だったけど、今の魔王は土地を持たない我々から税金を取れないから、私らはひどい扱いを受けるんだ」
「そうなの!?」
「何度か集落を焼き払われたことがある人もいる」
「奴隷にされて、魔石の採掘に連れていかれるなんてこともあった」
徐々に魔族たちが身の上話をしてくれるようになった。
「だからクリフガルーダに?」
「そう。逃げてきたつもりだったんだけど、こっちでも嫌われてこんな路地に押し込められてるんだ」
「でも、お金を持ってるって噂ですよ」
「そりゃ、私らは耳聡いからね。商売になることはよく聞こえるのさ」
「だから、迫害されるっていう歴史もあるんだけどね。他に噂は聞いてないかい?」
「夜でもうるさいとか?」
「ああ、それは、子どもが夜中でも聞こえた変な音を聞きに行ってしまって、親が『帰ってこい』って言ってるのさ。まぁ、酒飲みも多いからね」
「なかなか難民の申請も通らないし、聞きたくもない現実を聞いてしまう。酒でも飲まないとやってられないのさ」
きっと国をたらい回しにされているような、こういう人を魔境は受け入れたらいいのだろう。
「実は、ここの領主から、不法滞在をしている魔族を追い返してほしいっていう依頼があったんだ」
「なんだって!? じゃあ、魔境の住人というのは嘘だったのか!?」
「本当だよ。だから、不法滞在の件はちょっと待ってもらう。まだ、魔境は受け入れる準備が整ってなくて大変だけど、ちょっと堪えてくれないか。魔境の領主は信用できる人だし、魔境は広いから騒がしくても構わないから」
「ミシェル様がメイジュ王国に帰ってくることはないのかい?」
「今は考えにくいね。俺もそうだし、エルフも、吸血鬼の一族も、ドワーフたちも、クリフガルーダにいたハーピーたちも、今のところ魔境から出ていくってことは考えてないと思う」
「生きるのは過酷なのに!?」
「毎日、違うことが起こるし、自分が成長していることを実感できるからかな。寝る前に、今日もやり切ったなと思える場所ってなかなか探してもないだろう? 魔境にはそれがある」
「充実しているってことかい?」
「そうかもしれない。全部、生きるために出し切ると、ものすごく眠れるんだよね。で、起きたら筋肉がついていて、昨日できなかったことができるようになってる。魔境を抜け出すのはなかなか難しい。俺だって、半ば強制的に休暇を取らされて、クリフガルーダに帰ってきたから」
「え? じゃあ、休暇できているの?」
「そう。普通の日常からヒントを得ないといけなくなってね。でも、休暇を取ってよかったよ。殺法ばかり練習していたから、活法を習得できるとは思わなかった」
「なに? 本当に、つい最近、人を治せるようになったの?」
「うん。今日から。というか、今は練習中だよ。だから、あんまり皆、無茶しないでね」
「え? ああ」
魔族たちは戸惑っている。
「治ってるよね? 痛みは引いているでしょ」
「う、うん……」
その後、裏路地は静まり、寝息が聞こえるようになって、半ば宴会のようになっていた飲み会はお開きになった。
俺は言わない方がいいことがあると知った。不器用貧乏なところはこういうところにあるのかもしれない。