【交易生活39日目】
岩石地帯の地形を少しだけ変え、北にある山脈からの風の流れに干渉してみた。
夕方、ミルドエルハイウェイ跡地には突風が吹き荒れた。
森の地面に生えている根菜マンドラゴラの葉が大きく揺れている。地面が少し揺れた気がするが、まだ根菜マンドラゴラが出てくることはなかった。
「やっぱり夜まで待つしかないか」
シルビアは、新しい耳栓を外しながら、観察をしていた。
砂漠の多肉植物を耳の形に加工したもので、嵌めるだけでいいのでだいぶ楽になった。
日が落ちて暗くなると、一気に冷え込む。岩石地帯周辺の森は風を遮る木々は、すでに緑の葉が黄色く色づいて風が吹くたびに舞い上がっている。
「激辛ホットサンドでも食べるか」
焚火に、フキの葉で巻いた激辛ホットサンドを近づけて温める。カタン曰く、「一晩は身体の内側が燃えるように熱くなるから、食べる時は気をつけて」とのこと。
「ミツアリの蜜スコーンもあるから、辛すぎたら食べてって言ってたんだけど、どうする?」
ヘリーはミツアリスコーンを取り出した。
「時々、カタンは私たちで実験してるヨナ?」
「じゃ、誰から行く?」
「あ、どんな決め方をしても俺になりそうなんで、俺から行きますよ」
リパは自分のくじ運のなさを知っている。
激辛ホットサンドの中身は魔境の唐辛子ソースや香草の他、デザートイーグルを蒸し焼きにして解した肉が入っている。匂いは抜群に食欲をそそり、涎が自然と出てきた。
ガブッ。
リパは思い切り激辛ホットサンドを口に入れていた。大丈夫かと思ったが、しっかり咀嚼している。
「美味いっすよ。辛味も言ってたほどじゃ……、あ、あ、あああ!」
リパの目が開かれ、顔がどんどん赤くなっていく。後から来る辛味のようだ。
ほんのり甘いお茶で流し込んでいたが危険な代物のようだ。
「うん。辛い!」
「ミツアリスコーンがないと全部食べきれないな」
「お茶を!」
結局皆、激辛ホットサンドを食べていたが、真夜中になる前に汗だくになっていた。食べないという選択をしたものはいない。
魔境にいると、初めて食べる食材というものがあるが、割と皆それぞれ、毒以外の食材に関しては挑戦的だ。
夜が更けてくると、徐々に地面の中から音が鳴り始める。風がない時でも、木々の葉が振動している。
全員マフラーをして、新しい耳栓を着け、準備に入った。ダンジョンの民もドワーフたちは離脱しているので、古株しかいない。自分たちの能力もわかっているので、楽ではある。
肉食の魔物とジビエディアの小競り合いもあったが、基本的にほとんどの魔物は動かなかった。竜は寝ているし、ヌシたちも棲み処から動く気配はない。来たものを食べればいいということだろうか。ガーディアンスパイダーは武器さえ出さなければ無視なので、岩のままやり過ごしている。
月が中天にかかり、雲が早く動く。
北から突風が吹いた。
キィイイイイイエエエエ!!!
叫び声の振動が体に響く。
周囲一帯に土埃が舞い上がり、無数の根菜マンドラゴラが飛び出してそのまま南へと走り始めた。共に飛び出したマンドラゴラも罠を張っていた大きなフィールドボアもなぎ倒すように進む。
数の暴力は凄まじい。倒れぬ岩や樹木を避けながら進むと自然と流れができる。
流れは谷に向かい、川を遡る。
大きくなったフィールドボアが突っ込んでくるが、根菜マンドラゴラ側から見ると、数体犠牲になっただけ。流れは止まることはない。
ジビエディアの群れが流れを横切っていく。根菜マンドラゴラは樹上まで吹き飛ばされて、流れが一瞬止まった。
吹き飛ばされた根菜マンドラゴラは、身体が砕けない限り、なおも南へと走り始める。腕が取れても駆け出している。足が折れて遅れだした者だけジビエディアに食べられていた。
流れの後方ではワイバーンやガーゴイルが空から急降下して、根菜マンドラゴラを攫っている。枝を掴んだエメラルドモンキーも、走っている根菜マンドラゴラを引き上げていた。
木の上にいた鳥の魔物は火を噴き出して焼き、周囲に根菜が焼けるいい匂いがしていた。
川辺に生えているカミソリ草とオジギ草は、根菜マンドラゴラの脚を切って転ばせている。脚がなくなった根菜マンドラゴラは、周辺の魔物や植物の餌食となっていた。
そこら中で紫色の液体が飛び散っているが、暗くてよく見えない。
徐々に流れに魔物の群れが混ざると、岩の棘や氷の塊も降ってくる。魔境の魔物は魔法が得意だ。
脚を折られて、スッ転ばされて、粉砕され、嚙み砕かれても、根菜マンドラゴラの量はなかなか減らなかった。
『今日は多いんじゃないか?』
『根菜マンドラゴラの発生地が広がってる』
空から見ているチェルから返答があった。
『実験してもいいか?』
ヘリーから連絡があり、全員了承する。
次の瞬間に、空に閃光虫が放り投げられた。
周囲がパッと明るくなる。
根菜マンドラゴラの流れが一瞬止まり、明りを避けるように周囲の森へと飛び込んでいた。
『風も光も全部感度がある!』
閃光虫の光が消えると、根菜マンドラゴラは森から出て再び南へ向けて走り始める。
松明でルートを変えられることはわかっていたが、温度のない光でもルートは変えられるようだ。日の出と共に土の中に隠れるのだから当たり前だが、確認しておくのも重要だ。
東の空が明るくなり始めると、根菜マンドラゴラは一斉に周囲に散らばり、地面を掘ったり、洞窟の中に駆けこんだりしていた。
洞窟の中にいたゴールデンバットは、身を潜めている根菜マンドラゴラを普通に食べている。
日の出とともに、根菜マンドラゴラの姿と叫び声は消えていった。
「チェル、沼の一部を凍らせてくれないか?」
「わかったヨ」
皆、身体中が激辛ホットサンドで熱くなったままだ。
ホームに帰って、氷風呂で全員自分の体を冷やした。
シルビアとヘリーは寝て、俺とチェルは砂漠へ向かう。
リパとジェニファーはダンジョンの民たちと森の状況を調査に向かった。
根菜マンドラゴラ以外の魔物たちは食べ疲れを起こしているようだ。ワイルドベアなど帰ってくる途中で見かけたが、朝だというのに起きてなかった。
代わりに小さかったはずのインプが小型犬くらいのサイズになっているし、フォレストラットも太くなって駆け回っている。さらに魔境の凶暴な植物はぐんぐん伸びていた。
「つまり砂漠の魔物や植物も伸びるってことでショ」
「砂漠の多肉植物が伸びると、毒霧が発生するんじゃないか」
「サンドワームもどこまで大きくなるかわからないヨ」
「西の山脈は越えるのか」
「とりあえず、流れがどこまで行くかわからないけど、対策だけは取っておこう」
俺たちはゴーレムたちが住む、軍基地のダンジョンへと向かった。
ダンジョン内ではドワーフのサッケツとゴーレムたちは火炎放射器を作っている最中だった。俺の鎧の中にいるダンジョンは外で砂嵐を眺めている。
「火と乾燥に弱いと聞いたんで、簡単なものですけど作ってみました」
作業用のスパイダーガーディアンに、大きな袋が取り付けられていた。
袋を萎ませると中に入ったガスが出て火吹きトカゲの魔石を通して、炎が発射されるという。
「このガスは、西の山脈に多く住んでいる変わった顔の鹿がいたじゃないですか。そいつの腹に溜まっていたガスです。腹の中で食べた草が発酵してガスが出るようなんですよ」
「ガスなんて溜める魔物がいるのか?」
「反芻する魔物の中にはガスを溜める奴らがいるんだヨ」
チェルは知っていたらしい。俺は農家の出身だが、ゲップやオナラに活用方法があるなんてしらなかった。
「あまり溜め込むと病気にもなるし、ガスを取り出した後は回復薬を塗っておけばいいだけだから、取り出したのだ。ユグドラシールの知恵さ」
作業をしていたゴーレムが説明してくれた。
ガス袋の付いたスパイダーガーディアンをダンジョン周りに配置して、根菜マンドラゴラの流れを変えるのだという。
「その袋はいくつも作れるのか? 元封魔一族に住んでいるハーピーたちにも持っていてやりたいんだけど」
「袋はいくらでも作れるが、ガスを取ってこなければならない。多少時間がかかるが、マンドラゴラはどこまで来ている?」
「ミッドガードにも辿り着いていないくらいだ」
「だったら時間があるな。部隊を編成して取りに向かおう」
ハーピーたちが描いた地図を元に、どこまで来ているのか教えておいた。
地図があるおかげだ。昨日の根菜マンドラゴラの発生地と今日の発生地から、明日の発生地の予測もできる。扇型に広がってきているので、わかりやすい。
「領主殿! 風がマンドラゴラに影響しているというのは本当だったのか?」
グッセンバッハが奥の部屋から出てきた。
「すぐに影響するわけじゃないけど、たぶん、地表に出ている草が揺れた影響はあると思う」
「であれば、海風も気をつけてくれ。この時期は吹き荒れることがある」
「わかった」
「そうなると、結構発生地が変わってくるんじゃないカ?」
「日が出ているうちに、松明だけ仕掛けておくか」
俺たちはダンジョンから出て、東海岸のルートを確認しに向かった。
魔境の中でも森は中心地だから、各地へ影響する。いつまで根菜マンドラゴラの対応が続くのか。
魔境の冬支度はまだ始まらなさそうだ。