【交易生活16日目】
人間は立っている場所をわかっていると勘違いしている。
自分が立っている地面の下に、何がいるとも知らないのに。
「見えないからと言って、なかったことにはできない量だな」
ヘリーはあまりの根菜の量に引いていた。
「カタン! この葉っぱって……」
「大根の葉よ! 魔境のは辛すぎて料理にはあんまり向かないんだけど、魔物はよく食べてるの。葉っぱは美味しいから採っておいて!」
野草採取をしていたカタンも手伝ってくれた。植物園から、同心円状に調査範囲を広げていく。
俺たち以外に、フィールドボアやジビエディアが根菜を狙っているので、よく群れを見かける。彼らにとっては冬のための食糧なので、なるべく邪魔しないようにした。
俺たちは肉なら十分にあるし、野菜や小麦も交易で賄える。
「それにしても、カム実の根っこにこんな瘤が出来ているなんて知らなかった……」
シルビアが枯れたカム実の根っこを掘り起こしていた。
「魔境の一年草には、そういう瘤が多いようなんです。肥料が要らないように、ユグドラシールの人たちが品種改良したってダンジョンで知りました」
「地中の養分を、瘤に溜めておくのか?」
「ええ、菌が魔力で活性化して、さらに瘤が肥大化していくらしいです」
「美味しいのかしら?」
フゴフゴ。
カタンが疑問の声をあげている横で、フィールドボアが無心で地面を掘り起こし、瘤をむさぼっている。
「こんなに植物が溜めていても、土の栄養はなくならないものなのか……?」
ヘリーは汗を拭きながら、顔に土を付けていた。
「魔境の植物は毎日、魔物を食べているし、骨だって散らばっている。火吹きトカゲが灰まで作るからな」
「過去には、栄養過多とかいろいろとあったみたいですけど、今はバランスが取れているんじゃないですかね」
見ない間に、リパは植物園のダンジョンで学んでいたらしい。
「じゃあ、見守るのが正解か?」
「いや、明らかに根菜が多すぎるぞ。植物園の周辺だけしか調査していないのに、こんなに見つかっているのだから」
ヘリーの言う通り、僅かな範囲で山のように見つかった根菜を目の当たりにすると獣の群れが来たとしても足りない気がする。交易に使ってもよさそうなくらいある。
「なんとか食べられるようにした方がいいかな。毒抜きに時間がかかるけど、食べようと思えばどうにか……」
カタンも知恵を振り絞ろうとしている。
「そんな無理に食べようとしなくてもいいさ。それより、何かに使えそうなんだけどなぁ」
「ぼ、防具にも武器にも使えないし……」
「薬と言っても、ただ魔力を含んだ野菜だから効果としては今一つだ」
シルビアもヘリーも案を考えてはいるものの、なかなか出てこない。
「こういう時にチェルさんがいればいいんですけどねぇ。魔族なんだから、ちょっと違う視点でものを見ているかもしれませんから……」
ジェニファーは他力本願だ。
「今、チェルさんは何をしてるんですか?」
「たぶん、クリフガルーダで魔法を作っている最中のはずだよ。聞いてみるか?」
俺は音光機で、チェルと連絡した。
「おーい、チェル~、魔法はできたか?」
「なに? 呼んだ?」
チェルが空から下りてきた。
「いいタイミングで帰ってきたな」
「いやぁ、いい勉強になったヨ。ああいう幼い頃から才能がある人って気苦労も多いから大変だね」
交易店のシュエニーのことだ。
「アレ? 皆、集まってどうしたの? マキョーに無理難題でも押し付けられてる?」
「俺にじゃなくて魔境の方だ」
「なにかあった?」
「ええ、実は……」
リパが、簡単に説明した。
「あぁ、魔境って本当にいろいろ起こり過ぎるネ」
「で、俺たちはその食べにくい根菜を何に使うか考えているところ」
「染料でいいんじゃないノ?」
「せっかくの魔力を使わないのか?」
ヘリーも驚いていた。
「染料に漬け込んだ紫色の糸で魔法陣を縫ったり、壁や屋根にペンキで魔法陣を描いたりするだけで、魔力を含んでいるから効果はあるでショ。あとはゴーレムや不死者たちへの実験とか、魔力切れを起こした人への治療には役立つはずだし……」
チェルは次から次へと案を出していった。
「クリフガルーダに行って、頭が柔らかくなったんじゃないか?」
「元々だヨ。それより、地中の探索って見えないから大変じゃない?」
「地面を掘らないと見えないからな」
「だったら、魔物の骨を削って、突き刺したらわかるようにすればいいんじゃない? 骨は魔力の伝導率がいいんだからサ」
「それなら、魔法の大きさで判断すればいいから、いちいち掘る必要もないですね」
リパも感心していた。
「持ち手の方に光魔法の魔法陣でも描いておけばいいのか……」
「ナ、ナイスアイディア……」
ヘリーもシルビアも、夜でも調査ができるようにしていた。インクは根菜で作ればいいだろう。
「骨はホームの倉庫でーす」
ジェニファーが指示を出し始め、勝手に進み始めた。
「ダンジョンの民にも教えておきますね」
「え!? では我々は何を……?」
「大丈夫。こっち」
リパが動き出し、戸惑うサッケツにカヒマンが教えてあげていた。
不測の事態への対応がどんどん早くなっていっている気がする。俺は最悪の事態について想定しておく。
「なにニヤニヤしてる?」
チェルから顔に関する指摘が入った。
「別に……」
「何を企んでるんだ? また、変なことを考えてるんだろう?」
「まだ、企むほど情報はないだろ?」
「企むつもりじゃないか!?」
「俺は魔境の領主だぞ。最悪の事態くらい考えさせろよ」
「ダメだ。マキョーが考えた最悪の事態は起こり得るからな!」
「そんなことねぇよ」
「教えといてくれ! 何が起こる?」
「いや、雨降ったら嫌だなって思っただけだ」
「雨なんか、森にとっては恵みの雨じゃないか。なんでも怖がるなヨ」
「そうだな」
チェルは気づいていない。
魔境の根菜は畑に育っているわけではないから、雨で流れて行ってしまうかもしれないことを。魔境の地形は変わりやすい。
谷底を流れていく魔力を多く含んだ雨水が、砂漠へと流れ込んだら、一気に広がってしまう。
裏を返せば、地形さえ変えてしまえば、魔力の通り道を作ることができる。小さな地脈をコントロールできるということだ。雨によって、植物の流れが魔物の流れになっていくことも予測できる。
ハーピーを仕込めば、森の地図を作れる。
植物園周辺の根菜の割合が森全体でも同じだとしたら、染料に使う分と獣に食べられる分を足しても、まだまだ余るだろう。つまり、根菜マンドラゴラモドキの砂漠への侵略は止められない。
「おーい、何をぼーっとしているんだ?」
骨の魔道具を作りに行くシルビアに呼ばれた。
「なぁ、皆、地図を作らないか?」
「地図なら前に作っていたじゃないですか?」
ジェニファーは覚えていたようだ。
「もうちょっと詳細な奴を作りたいんだ。できれば地形で山や谷がわかるようなものがいい」
「でも、魔境の地形はトレントが動いただけで変わるだろう? それに群れで動く獣の影響だってある。すぐに変わってしまうぞ」
「ヘリーの言うことは尤もだけど、現状のものでいいから作っておきたいんだ。ダンジョンの民と砂漠にいるハーピーたちにも協力してもらおう」
「なんで、そんなに……?」
カヒマンが訝しげに見てきた。
「雨が降って、根菜マンドラゴラモドキが流れたら、新しい地脈ができてしまうだろう? 魔力溜まりになる場所も出てくるかもしれない。でも、俺は地形を変えられるから、砂漠の軍事基地を流れから外せるだろうし、計画的に魔力溜まりの場所も作れるんじゃないかと思って」
「土木工事という概念がぶっ壊れることを言うなぁ……」
「で、でもマキョーなら確かにできる……」
ヘリーもシルビアも、空を見上げて想像していた。
「雨が地脈を作るってそんなことありえるのカ?」
「マンドラゴラモドキが大量に地下の水脈に流れてしまうと、もうわからなくなってしまうんじゃ……」
「そうなってくると砂漠のサンドワームの通った道がそのまま地脈に変わることもありますよね」
ようやくチェルやジェニファーたちにも伝わった。
「とにかく、調査範囲を広げるのと、地図作りを同時にやっていこう。どうせ回らないといけないんだし」
「「「了解」」」
「じゃあ、俺は遺伝子学研究所にいるハーピーと砂漠のハーピーを引き合わせて地図部隊を作るけど、いいか?」
「地図作りと一緒に、工事も済ませるつもりだな?」
「横着な奴だ」
ヘリーとシルビアは俺のことをよくわかっている。
「冬まであとひと月ほどだろ? 時間は有効に活用しないとな」
俺は空へと飛んで、南に向けて風魔法で風の流れを作り出す。
後はそれに乗っていけば、砂漠へひとっ飛びだ。
空島を通過し、ハーピーたちの住む廃墟に到着。ハーピーたちはカヒマンがいなくなった原因について話し合っている最中だった。
「カヒマンは元々人見知りだから、皆の魅了スキルにやられて襲いたくなったみたいだ。あまり色目とか使わずに、普通に接してやってほしい」
「そうは言っても我々は、スキルを無意識で使っているからどうしたものか……?」
ハーピーたちはそう言って、両羽で頭を抱えて、膨らんだ胸を強調していた。
「魔境に住むハーピーの先輩に聞いてみるのもいいかもしれないぞ。ということで、北にある森で仕事があるんだけど、やってくれる人はいないか? ダンジョンの民と一緒に作業するから、魔境について教えてくれると思う」
「もしかして仕事って身売り?」
「荷運び?」
「狩猟はまだ無理だよ」
ハーピーたちが口々に自分の考えた仕事を言い始めた。こういうところは鳥っぽい。
「地図作りだ。崖や谷の場所や、水が溜まっているところなんかを教えてほしいんだ。紙と木炭は用意するし、たぶん森にいるハーピーたちに教えてもらえると思う」
「わかった。やる!」
「私も!」
「この廃墟には、もう戻れないの?」
「そんなことはない。他に気に入った場所があったら、そっちに住んでもいいし、魔境の中なら自由だ」
「返事をするのは今じゃないとダメ?」
「今回の仕事は冬までに地図を作ることだから、返事は早い方がいい。ただ、魔境ではよく地形が変わるから、また頼むことがあると思う。それからさっき言ってた小物の荷運びは、魔境全土を旅できるようになったら、すぐにでも頼みたい。身売りはしなくていい。させられそうになったら、俺に言ってくれ。カヒマンに言ってもいい」
「わかったわ」
結果、6名のハーピーが、地図作りの部隊に加わった。やはり、多くのハーピーが未知の森に行くのが怖いようだ。不死者の港町に行った面々なので、長距離飛行も知っている。
俺は空へと飛んで、拳で空に風の道を作り出す。ハーピーたちを乗せて一気に、森へと飛んだ。こういう魔道具があると、竜やハーピーたちにとっては便利なんだけどな。
森に辿り着くと、早々に蝙蝠の魔物・ゴールデンバットに襲われていた。飛び方が不規則なので、石を拾ってもぶつけられないでいる。さらに、石を拾おうとしたら、蔓に襲われたりもしている。
「なかなか、難しいな」
ゴールデンバットの頭をかかと落としで陥没させ、蔓は根っこごと引き抜いた。
「植物も襲ってくるから気を付けてくれ」
そう言うと、ハーピーたちは魔境コインに魔力を込めて防御魔法を展開させていた。
「それは襲われたら、すぐに使ってくれ」
それから遺伝子学研究所のダンジョンへと案内した。
プゥア~!
相変わらずサテュロスのサティが角笛の練習をしている。
「サティ、ハーピーたちはいるかい?」
「うん、竜の世話から帰ってきたのが何人かいるよ。あとは狩りか、東海岸にいる」
「集めておいてくれ。俺は所長と話をしておくから」
そう言って、サティに鎧を渡しておく。すぐに俺のダンジョンが飛び出してきて、ハーピーたちを守るように大蛇の姿へと変わっていた。
「ぎゃーっ!」
サティの叫ぶ声が森でこだまする。
中に入り、ダンジョンの民に挨拶をしながら、所長を呼んでもらう。
頭がトカゲの所長はすぐに現れた。
「領主様、この前は魔境コインをありがとう。受け取ったはいいけど、なかなかまだ使えないでいるよ」
「品物が増えていけば、使うようになるでしょう。それよりも今日は、植物園の暴走について協力をお願いに来ました」
「何年かに一度、マンドラゴラと蔓が砂漠を爆走するというやつかな? 我々は、籠るくらいしかできないのだけど……」
「ええ、実は……」
俺は簡単に紫色のマンドラゴラモドキについて説明し、魔境の森全体に広がっている可能性も話した。それから、冬までの計画についてもすべて包み隠さず語っておいた。
「……だから、ハーピーに協力してもらいたいんです」
「地図作りね。魔境のことだから、もちろん協力はするのは当然よね。でも、まさか、たったひと月で地形を変えるなんて計画を実行するなんて領主様くらいなものよ」
「せっかく見つかった領民ですから、根菜の暴走ぐらいで死なれたら困りますから」
「私たちのためね」
ダンジョンマスターである所長はすぐに了承してくれた。
サティが呼んだダンジョンのハーピーたちにも説明。紙と木炭を渡しておく。
ダンジョンの外では、クリフガルーダのハーピーたちとダンジョンのハーピーたちが、挨拶を交わしている。
「どうもこんにちは……」
ダンジョンの民の方が警戒心は強いらしい。
「こんにちは!」
「まだ、慣れないかもしれないけど、同じ種族だし、共通点は多いから仲良くやっていこう」
「え? マキョーさんも一緒にやるの?」
ダンジョンのハーピーが聞いてきた。
「そのつもりだけど……?」
「ラッキー!」
「じゃあ、多少無茶しても大丈夫。あと食べ物と寝床だけは確保してくれるから安心していいと思うよ」
「魔力の運用はどれくらいやってるの?」
砂漠のハーピーが聞いていた。やはり気になるらしい。
「森の魔物を狩るくらいはやってるけど、マキョーさんたちみたいには無理よ」
「そうよね。よかった」
「油断せずに観察さえ怠らなければ、豊かな森だから、何でも聞いて」
「ありがとう。助かるわ。ところで、男ってどうしてるの?」
「それが一番の問題なのよね」
ハーピーたちは速攻で打ち解けていた。
「話が終わったら呼んでくれ」
「仕事は今日から?」
「もちろん、そのつもりだ。報酬は魔境コインで支払うからそのつもりで」
「はーい」
「このコイン、どこで使えばいいのかわかる?」
「魔境には店がないからね~」
ハーピーたちの歓談は止まらない。