【交易生活15日目】
植物園のダンジョンへ向かう途中、ハーピーたちの魅了魔法には限界だというカヒマンをピックアップ。そのまま砂漠を駆け抜けた。
エルフの国では友達も作っていなかったカヒマンが、数か月で恋人を作るのは難しかった。
凍えるほど寒い砂漠を越えて、森を一直線で進み、植物園のダンジョンまで辿り着いた。俺もカヒマンも魔力で体を温めながら走っていたので汗が止まらない。
月は中天を越えて、いつの間にか日をまたいでいた。
「お疲れっす」
リパがダンジョンの外まで迎えに来てくれていた。俺は自分のダンジョンを鎧ごと放り投げて、遊ばせておく。
「お疲れ。ジェニファーは?」
「ホームの洞窟で飯食べて、シルビアさんとサッケツの手伝いに向かっています」
「鉄の鉱山で何かあったか?」
「そうらしいですね。詳しくはわかりませんが……」
「魔境はいろんなところでいろいろ起こるな」
「そろそろ、また集まらないといけませんね」
「いよいよ領主の俺も誰が何をやっているのかわからなくなってきた」
「回り始めているはずですけどね」
そんな会話をしながら、リパはダンジョンを案内してくれた。
初めに見つけた時よりもきれいに掃除されたダンジョンは、歩きやすく襲ってくるような植物も遠くに植え替えられていた。
「ダンジョンの運営は難しいか?」
「ええ、難しいです。何でもできるから、余計に何していいかわからなかったんですけど……。いや、見せた方が早いですね」
精霊樹のある大きな部屋を抜けて、階段を下りて廊下に出た。一室をリパの実験農場にしているらしく、トウモロコシが栽培されている。
すっかり育っているが、急いで成長させたので、中身はスカスカで実は詰まっていないという。
「なんで食べられない物なんか育てたんだ?」
「確かめたかったのは実じゃなくて刈り取り方です」
リパが魔力で土を触ると、畑の端っこから、蔓が伸びてきた。
ヒュン。
蔓がトウモロコシの茎に巻き付いたかと思うと、畑に伸びていた10本ほどの茎を一瞬でまとめて刈り取ってしまった。
リパが土に魔力を込めて数秒で、畑にあったトウモロコシ全てがまとめられ、真ん中にある収納箱に収められていた。
「自動なのか!?」
「そうです。ダンジョンで管理していますから、雑草は生えてきませんし、水も肥料も豊富にある。ダンジョンの力で成長速度も中身を気にしなければ思いのまま。こんな農業、初めて見ましたよ」
「これが、果たして農業なのか?」
「疑問ですよね」
「わっ!」
カヒマンが蔓に絡みつかれていた。ナイフで切ったから、襲われているらしい。
「過去に起きた植物園の暴走って、ほとんどがこういう作業を自動化する野菜によって引き起こされてるんじゃないですかね?」
「野菜なのか?」
「ええ、カム実もそうですけど、魔境の森にはつる植物が多いじゃないですか。いずれも実をつけるんですけど、元は野菜のはずです。魔境ですから、実が毒になったり小さくなってしまったものも多いとは思いますが……」
「カタンも食べ物は十分だとか言ってた。じゃあ、魔境の森は野菜畑だったってこと?」
「一概には言えませんけど、食べ物に困ったのはいつくらいですか?」
「いや、初めの頃は食べ物に困って……、なかったか。肉はあったな。でも、野草はあっても野菜はないんじゃないか?」
「ダンジョンから流出して何百年も経っていますから、毒を抜かないと食べられない物ばかりですけど、カム実はずっと食べているんじゃ」
「毒がない野菜が、嚙み始めたのか。なんだ、そうか。俺は農家の出だから、魔境にも畑が欲しいと思っていたけど、そもそも魔境は野菜が豊富な土地だったのか」
魔境に来た当初、カミソリ草に切られたり、オジギ草を除草したりしていたけど、あれは徒労だったのかな。
「で、問題が発生していて……」
「え!? 魔境が野菜畑だったことよりも問題があるのか?」
「例の紫芋の根菜バージョンがありまして……。ほとんどマンドラゴラになっているらしく……」
例の紫芋というのは、魔力を多量に含んだ芋のことだ。そんな根菜のマンドラゴラがあるとなると、魔境はどうなっちゃうんだろう。
「リパ、ちょっとこれを見てくれないか? あれ? どうしてマキョーたちもいるんだ?」
唐突にヘリーが、紫色のマンドラゴラを手に実験場に入ってきた。ほとんどミイラ化していて、たくあんのようになっているが、根菜ではある。
「今、話していたのが、たぶんヘリーさんが持っている根菜です」
「ヘリー、それをどこで拾ってきた?」
「軍事基地から預かってきたものだ。いいか? このマンドラゴラモドキが、数年に一度、砂漠に群れを成してやってくるらしい」
「根菜が暴走するのか?」
「そうらしい。しかも、決まって秋の終わり。『渡り』の魔物が去った後にやってくると、グッセンバッハが言っていた」
「そもそも朝日が昇れば砂漠に蔓が伸びていきますし、数年に一度急襲が発生するくらいですから、植物園の砂漠侵略は、終わっていないのかもしれませんね」
「いや、リパだって、植物園のダンジョンマスターだろう。かもしれないって……」
リパは肩をすくめた。
「カボチャヘッドは死滅してますし、なにか思惑があるわけではなく、単純な侵略でしょう」
「そんなのあるのか?」
「でも、どうして魔境の砂漠には魔物が多いのか、サンドワームやデザートサラマンダーの身体がどうしてあれほど巨大化したのかという謎は解けた」
ヘリーは改めて、紫色のマンドラゴラモドキを掲げた。
「数年に一度やってきては砂の中に埋まり、休眠するのだろう。サンドワームの食事だな」
そう言っているヘリーの音光機が光り出した。
『マキョーさんが今どこにいるかわかります? なんか獣が変なんですけど』
ジェニファーからだ。魔物ではなく、獣というくらいなので毛のある魔物のことだろう。
「一緒に植物園のダンジョンに居るよ」
『じゃあ、今、行きます』
しばらく冷めた夕飯を食べながら、待つことにした。
冷製コーンスープは美味しく、カタンが作ったワニ肉を挟んだパンまで出てきた。
「久しぶりに美味しい」
カヒマンは砂漠の食事に飽きていたのかもしれない。
ダンジョンに入ってきたジェニファーはシルビアとサッケツを連れていた。
「深夜なのに、揃ってますね」
「食べるか?」
「頂きます」
サッケツは腹が減っていたらしく、すぐにスープを飲んでいた。
「それで、何がどう変なんだ?」
「ジビエディアとワイルドベア、アイスウィーズル、それからフィールドボア、いずれも夏毛から冬毛に変わってきています」
胸を張ってジェニファーが報告してきた。
「それだけ?」
「い、いや、それぞれの種で集まり始めている。何かが起こる前兆じゃないかと思って、北方を3人で調べてみたんだけど、変化は特にないんだよね」
ジェニファーの代わりに、シルビアが報告してくれた。
「植物園から流出したマンドラゴラモドキが砂漠へ侵略しに行くかもしれないそうだ。たぶん、獣たちは土から出てきた、マンドラゴラモドキを狙ってる」
「はあ?」
一応、シルビアたちにも紫色の根菜を見せた。
「それって、どれくらいの規模の侵略なんです?」
軍事基地にいるゴーレムと仲良くなったサッケツも心配そうだ。
「わからない。予兆があるから、先に知れてよかったよ。対策が打てる」
「ヘリーさん、対策と言っても、私たちに何ができるんです?」
「俺がいくら領主だと叫んでも、植物も魔物も関係ない。俺たちは魔境に住む一部の人間だ。だけど、守りたいダンジョンの民やハーピーたちもいる。俺たちにできるのは避難勧告と狩猟だろ?」
「実際、このマンドラゴラモドキってどのくらい強いかわかる?」
ヘリーがリパに頼んでいた。
「ええ、ダンジョンで再現できるはずですよ。やりますか?」
「ああ」
空いている部屋で、紫色の根菜を水で戻し、魔力を込めてみた。ミイラ化していたマンドラゴラモドキは、見る間に膨らみ始め、俺よりもちょっと大きな人型へと成長した。
魔力量はおそらくカヒマンと同じくらいだろうか。
「戦ってみるか?」
「ん」
シュタ。
カヒマンがマンドラゴラモドキの前で、ナイフを振りかぶった瞬間だった。
キィエエエエ!!
マンドラゴラモドキが咆哮をあげ、全速力で走り始めた。速度は鹿並みだろうか。カヒマンをかく乱するように周囲を走り、腕を振りかぶった。
ボフッ!
すくみ上がっていたカヒマンがぶん殴られて、壁際まで吹っ飛んだ。
顔を上げたカヒマンはにやっと笑って、ナイフを投げた。
ナイフはマンドラゴラモドキの胸を貫いて、穴を空けている。以前よりもはるかに魔力の運用が上手くなっている。
壁に当たった拳大の魔石には、ナイフが突き刺さっていた。
「あ! 殺しちゃダメだった……!?」
「いや、大丈夫。また、作りだせばいいだけだから」
リパが答えた。
「でも、これほどとは……。これが群れで砂漠を侵略するって、結構ヤバいのでは?」
「ああ、獣たちが群れの準備をするわけだ」
ヘリーとシルビアも青ざめている。
「軍事基地のダンジョンは、閉じた方がよさそうです」
「夜が明けたら、調査に出た方がいいようですね」
明け方、いつの間にか集まっていた俺たちは、マンドラゴラモドキの調査に向かった。




