【交易生活14日目】
不死者の港町をジェニファーとカリューに任せ、俺はハーピーたちを砂漠に送っていく。
エストラゴンの本を読んでいると、砂漠は遥か昔、この地に入植した人たちが魔物を討伐し、鹿が増え過ぎた結果、植物がなくなって砂漠になったという説を検証していた。
エストラゴン本人は、実際に行ってみたり、やってみたりすることを重んじる人だったらしい。
俺も検討するより、検証した方が性に合っている。
「で、チェルはなんでついてきてるんだ?」
ハーピーたちの後ろから、チェルが続いて飛んでいた。
「次のメイジュ王国との魔石交易まで間があるからネ」
「暇つぶしか」
「そんなところ」
「だったらハーピーたちを砂漠まで送っていってやってくれ。俺は道を作らないといけないから」
「あー……。それはできないナ。人それぞれ、ちゃんと仕事があるからネ」
「融通の利かない奴め」
とりあえず思い切り拳に風魔法を纏わせて、ハーピーたちの村がある南東に向けて放つ。魔法がその場に残るように、拳を素早く引いて魔力を残した。
これも封魔一族に教えてもらった体術の一部を参考にしたものだ。
ビョウッ!
突風が吹いた。
「さあ、この風に乗っていこう!」
発破をかけたのだが、ハーピーたちは腰が引けている。
「その羽は飾りか!? せっかく不死者たちが作った井戸で汲んだ水が無駄になるぞ」
ハーピーたちは自分たちの水袋を見て、大きく頷いていた。
なかなか一歩踏み出せないものだ。
「行きます!」
一人、また一人と突風の中に飛び込んでいく。
「こんな風魔法、マキョー以外じゃ見たことないヨ。後で砂嵐が吹き荒れるんじゃないノ?」
「うるせぇ、早く行け」
チェルのローブを掴んで突風の中に放り込む。
「うひょー!!」
本人は喜んでいるようなので、領主の横暴ではない。
突風にさえ乗ってしまえば、一気に移動できる。
行きは2日かかったが、帰りは半日。午前中の間にはハーピーたちの住む村に辿り着いていた。全員、髪が汗で固まってしまっているが、ケガはなさそうだ。
「帰ってきた……」
ハーピーたちに魔力の使い方を教えていたカヒマンが、こちらに気づいた。
「「「すみませんでした!」」」
開口一番、ハーピーたちがカヒマンに謝っていた。
「へ? なにを?」
「実力も知らずに魔境を旅しようとした件について……。カヒマンの忠告を聞いておくべきでした」
「いや、わかってくれたらいいけど……。マキョーさん、何をしたんです?」
「魔境の過ごし方かな」
「あ、なるほど」
カヒマンは、帰って来たハーピーたちの方を振り向いて背中をさすってあげていた。
「マキョーさんみたいにはなれなくても、要点はわかったと思う。ゆっくり観察していこう」
カヒマンにしては長く喋って励ましていた。
とりあえず、俺はあまり参考にならなかったようだ。一人で強く生きようと思う。
「さて、じゃあ、クリフガルーダに行こうネ」
「いってらっしゃい」
「マキョーも行くんだヨ。ちょっと魔法を作ったから試したいんだ」
「なんで魔法を試すのに、クリフガルーダまで行かないといけないんだよ? 何度も言うけど、俺は道を作る」
「ちょっと付き合ってくれるだけでいいんだから、それくらい領主の務めでやってくれてもいいでしょ。また呪われたら、大変なんだからこっちは!」
「呪われるような魔法作るなよ!」
「交易が便利になるかもしれないんだから、魔境のために作ってるんだヨ! 家賃分くらいは払えって言ったのはマキョーじゃないか! 少しは領主の仕事をして取り立てろヨ!」
「わかった。怒るなよ」
押し切られる形で、俺はチェルと共に、クリフガルーダへのある南へ飛んだ。
「大穴に行くのか?」
チェルは「渡り」の魔物に何かするのだろうか。
「違う。普通にシュエニーに会ってもらうヨ」
「交易店の?」
「そう」
「なんの魔法を作ったんだ?」
「着いてからのお楽しみ」
そう言って笑っているチェルの顔が怖い。
嫌な予感がするなか、崖を越えてクリフガルーダに入る。未だ大嵐の復興の最中で、飛行船が飛んでいるわけもないけど、見上げて確認してしまう。
大穴を覗いて、「渡り」の魔物たちが順調に育っていることを確認しておいた。来年にはまた来るだろう。
そこから一気に風魔法で作った風に乗って、王都ヴァーラキリヤへと向かった。
城門を何も持たずに越えたが、空飛ぶ絨毯に乗る鳥人族くらいしか気づいていなかった。王都周辺は空の交通網が発達している。
そのまま、飛行船の発着場に近い交易店の前に降り立った。
「こんにちはー」
カランコロン。
ドアベルが鳴り、シュエニーがカウンターまでやってきた。
「やあ、シュエニー」
「マキョー様とチェル様でしたよね?」
「そう。悪いんだけど、ちょっと魔法の実験に協力してくれる?」
「え!?」
シュエニーは当然のように引いていた。
「いや、別に馬や犬に変えようっていうんじゃない。我々、人見一族には常時発動しているような魔法を作ったんだ」
そう言いながら、チェルは魔法陣を描いた包帯のような細長い布を取り出した。訛ることもなく饒舌だ。
俺もシュエニーも不思議そうに見ている。
「初めは、カジュウ一族からヒントを得て、見ただけで重さがわかる魔法を考えたんだけど、結局内容物がわからないと難しくてね。結局、自分のギフトを魔法化することにしたんだ。ということで、マキョー、これを目に当ててみて」
布を目に当てて、目隠しをするように後頭部で縛った。布に魔力を流して、目を開けると、布越しでもチェルとシュエニーの位置がわかった。2人とも〇で見える。
体が小さいはずのチェルの方が、丸は大きい。あと、色も付いていてチェルは赤く、シュエニーは緑だった。
「これは魔力量を見えるようにするという魔法だ」
「なるほど。この色は何?」
「色? 色なんてついているのか。人それぞれ特性が出るのかな? シュエニーは普段はどう見えている?」
「私は魔力を数値化するようにしました。マキョー様に会ってから、もう能力をグラフにしたり、明度で見たりするようなことは止めたんです」
「え? 俺のせい?」
「そうですね」
シュエニーは、はっきりそう言った。
「ああ、グラフ化か! いいね、それ!」
チェルはメモを取り始めた。シュエニーは、人の能力や物の価値を測る才能があるらしく、見方も試行錯誤しているのだとか。
「物の価値って変動するじゃないですか? 果物も採れる時期によって価格が変わるように。だから、見方も変わっていいと思っていて……」
人も、それぞれで才能が違うので、物差し、つまり見方を変えているのだとか。
「ただ、最近はもっぱら数値化して見ています。楽なのもあるんですけど、魔力量を球体のように見ると、マキョー様に圧倒されて呼吸がしにくくなります。明度にしても眩しくて見えませんからね」
「俺って、そんなに輝いて見えるか?」
「ええ、ほとんど直視はできませんよ」
なんだかむず痒いな。
「グラフってどういうの?」
チェルは、レーダーチャートみたいなものを予測していたようで、「こんなの?」とシュエニーに確認していた。
「そうです。これも結局、マキョー様には使えませんからね」
俺に使うと基準値がぶっ壊れるらしい。
「数値ってどういう数値なの?」
「骨董品とかの価値を見るのに使うんですよ」
俺は骨董品扱いなのか。
「マキョー様と会うまでは、そういう風に人を見るのはよくないと思っていたんですけど、やっぱり珍しい人って価値が高いんですよね」
「俺は価値が高いの?」
「高いなんてものでは言い表せないですね。そのまま銅像になっていいくらいですよ」
「やっぱり奇人だったか」
チェルは妙に納得していた。
「価値の分類とか、数値の基準に何か目印のようなものはある?」
「あります。というか……、こんなことを人と話すことがなかったのですが、ノートがあります」
「見せてもらえない?」
「どうぞ。ちょっと待っててください!」
シュエニーは奥から、紐でまとめている紙の束を持ってきた。これが彼女のノートなのだろう。
「いつか後世の同じギフトを持った人に向けて書いていたものなんですが、まさか現世で会えるなんて思いもしませんでした」
シュエニーはそう言って、ノートを見せていた。
「本当? 魔族にそういう一族がいるって聞いたことなかったの?」
「魔族に関しては魔法が上手いから、家を焼かれないように気を付けろとしか……」
「マキョーじゃないんだから、そんなに野蛮じゃないよ。いや、この概念面白いね。隠密とか話術までグラフ化するなんて……」
「ああ、それは猫とか鳥に使うと面白いですよ」
人とは物の見方、人の見方が違うというのは面白い世界が広がっているのだろう。
チェルとシュエニーの2人は、頭を突き合せて語り合っていた。
「じゃ、俺、帰っていい?」
「いいヨ。付き合ってくれてありがとう。何本かリボンを作っておいたから、実験して後で感想聞かせて」
チェルからは、魔法陣が描かれた包帯を渡された。リボンと呼んでいるらしい。気が向いたら使おう。
「おつかれー」
俺は小さな交易店から出た。相変わらず、鳥人族の町は賑やかで活気がある。
皆にそれぞれ仕事があって、いつか魔境もこうなるといい。
東海岸の道づくりも止まっていた。早いところ戻らないと、と思っていたら、リパから音光機で連絡があった。
『ちょっと相談があるんですが……』
「俺、これから東海岸の道を作らないといけないんだけど、それよりも重要なことか?」
『たぶん』
あまり人に頼らないリパが言うのだからよほどのことなのだろう。
「夕飯、用意しておいてくれる?」
『わかりました』
俺は魔境へと飛んだ。