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Doomsday clock 二九時間



 世界に罅が入る。僅かであった罅は徐々に大きな物となり、制御を困難にさせて行く。


「ハアァ―――!!!」


放たれた無数の刺をゲッツは右手を振り払い破壊する。振り払った右手から巻き起こった衝撃波その周囲にあった物を悉く破壊する。

 強過ぎる。対峙する小夜は何度目になるかも分からない舌打ちを心中でする。クラウン第二位と言うだけあって敵が強大であるという自覚はあった。覚悟もしてあった。倒すことは出来なくとも、今の自分であれば追い詰める事は出来ると思っていた。だが、目の前にいる存在はそんな覚悟も、自信も、全てを破壊してしまった。右腕を振るうだけで衝撃が小夜の身体を傷付ける。此方がどれだけの力を込めようと傷などつけられなく、精々服に埃を付ける程度だ。


「死を受け入れろ」


 放たれた右腕が小夜の右肩から先を吹き飛ばす。声すら上げられず、小夜は瓦礫へと埋まる。響夜によって切断された魔力神経は既に回復している。それなのに、ゲッツによって吹き飛ばされた箇所が再生しない。


「こ……とわります」


 溢れだす血液など問題ではない。血液などどうとでもなるし、今直ぐに命に影響する物でもない。だが、身体の損壊と削られた気力は無視できるものではなかった。この身体でもう一度喰らえば動く事等出来ないだろう。今迄制御していた世界が崩れていく音が直ぐ傍にまで近寄ってきている。

 急がなくては。焦る気持ちが彼女に大きな隙を作り、それが新たな傷を作る。最早彼女に勝機など見つけられはしなかった。


『可哀想なヘル。もう少し早く君がこの力を手に入れていれば、時間が君に那由他の果てにある勝利を届けていたかもしれないだろう』


 万に、いや、京に一つよりも遥か先にある勝利は彼女の手に届く事はなく、走る為の足も最早動かない。誰が見てもゲッツの勝利は揺らぐことなどなく、小夜自身理解している。それでも、彼女は這いずって勝利を目指す。見ていて痛ましい姿、無様とも滑稽とも言える醜態を晒し、尚手を伸ばす。全ては兄の為、これ以上彼が傷付かない為の自己満足の行動。


『その想いの深さ、私は笑いはしない。寧ろ、深い尊敬の念を抱こう。やはり君にヘルヘイムを与えたのは間違いではなかった。這いずって尚、空の星に手を伸ばす君に最後の贈り物をしよう』


 誰にも気付かれない影は呟き消える。


「――――ぬぅッ!!?」


 その直後であった。振り下ろした翼が、ゲッツの服を裂く。先程までの力が嘘に思える程の威力を持ったそれは、ゲッツの肉を裂かんと食い込む。それを左手で掴み、小夜を引き寄せる。握られた右拳は、寸分の狂いなく小夜の身体を穿ち、小さな身体に風穴を開ける。零れる筈の血液はその姿を見せない。

 最早彼女に声を上げる程の力は残されておらず、ただ弱々しく痙攣するのみだ。


「…何をしたかは知らんが――――これで終わりだ」


 小夜の世界が瓦解し、紅い世界が消え失せる。痙攣する小夜の細い首を左手で掴み、ゲッツは右拳を握る。


「…し…ぅは…った…よ」


 弱々しくその口を動かし、小夜はゲッツの左手を掴む。まるで赤子の様に弱いその力は彼の左手を引き離す事等出来ず、その甲を引っ掻くだけだ。


「眠れ」


 短く告げられ、放たれた一撃。それが小夜に直撃した瞬間、轟音と閃光が二人を呑み込んだ。


 ◆


「――――ぁあああ!!!」


 廃墟に隠れた影からボコリと泡がたち、次の瞬間、響夜が吐き出される。


「ってぇ…くそ……気分がわりぃ」


 よろよろと立ち上がると、響夜は周囲を見渡す。先程と同じ廃墟が立ち並ぶ光景。違うのは視界の先で土埃が周囲を覆っている事だろう。自分が小夜に飲み込まれている間に何があったのか。響夜は油断することなく周囲を警戒する。

 恐らく戦闘があったことは合っているだろう。一人が小夜であることも間違いない筈だ。では、小夜が戦った敵は?

そこまで考え、響夜はその場から一歩下がる。直後、響夜がいた場所に岩が降って来る。


「あぶねえだろうが。死んだらどうしてくれるんだよ」


「………」


 土煙を払い、一人の偉丈夫が現れる。右肩の服が裂け、所々に僅かな傷を負っているが、以前何の支障も見せずして、ゲッツは響夜の前に立つ。

ゲッツは左手で掴んでいた何かを投げる。


「て……めぇ…ッ!」


 それを見た響夜は目を見開き、次いで怒りの形相を見せる。それは少女の腕であった。その腕は既に半ばまで光の粒子へと変わっており、直ぐにその全てが粒子へと変わり溶けていった。


「―――――!!」


 それと同時に眼前に迫るゲッツの拳。


「……死ね」


 それを横に一歩前に動き躱す。そしてお返しとばかりに放たれるのは左腕に凝縮された魔力の一撃。


「刹那の煌き(フェンリス・ヴォルフ)」


 放たれた一撃はゲッツを呑み込み、その線上にある全てを喰らい尽くす。

 光が集束し、開ける視界。響夜の先、三メートル程の場所には先程と大差ない様子を見せるゲッツがいた。


「………」


「上等だ。次は身体じゃなくてその無表情の面を吹き飛ばしてやる」


 互いに魔力を集中させながら、二人は互いに睨み合った。


 ◆


 まるで一体の竜の様に動く炎。互いに一歩も譲らなかった灼熱の戦いは、その終焉を迎えようとしていた。


「………っ」


 片膝を着き息を荒げるソロモン。バイザーが壊れ、そこから覗かれた瞳が睨む先にはまるで太陽かと見間違える程の炎を集束させるアンネローゼがいた。


「ふん、所詮貴様などその程度だ」


 ソロモンが従えていた悪魔達はその姿を消していた。しかし、三体の相手をしていたアンネローゼも無事ではなかった。額から血を流し、裂かれた服から覗く肌にも多くの傷が見受けられた。


「……ガアプ、ファルネウス、アンドラス、フルフル、ハウレス」


 新たに呼び出された五体の悪魔。その中には、ハクが戦った豹の姿をした悪魔もいた。


「お前達、あれを一度だけ防げ」


 ソロモンの言葉に何も答えず、悪魔達はただアンネローゼの前に立ちはだかる。


「邪魔な木偶どもが、消え失せろ!」


 放たれた太陽はソロモン達へと落ちる。それを破壊しようと五体の悪魔達の魔力が膨れ上がる。

 轟音さえも聞えず、ただ閃光だけが世界を支配した。次いで襲ってきた衝撃から身を守るため、ハクは巨大な氷壁を創り出す。しかし、氷壁はその衝撃に耐え切れず、一瞬で砕け散る。襲い来る熱波と衝撃に二人はせめてとその身を魔力で覆う。


『失礼』


 そんな二人の耳に突如一人の男の声が入り込む。男は二人を抱えると襲い来る衝撃と熱波から二人を護る。男の姿は誰もが想像する天使の姿であった。


「お前は……」


 突然の事に茫然とする二人。男は二人を地面に降ろすと微笑む。


『こんにちは、私はクロセル。ソロモンの命により、二人への助力として来ました』


 そう言うと、クロセルは二人の額に指を着ける。


『時間も無いので早速ですがやらせていただきます。動かないで下さい。私、温泉を発掘することが得意でして、他人の埋もれた才能を発掘することも出来るのです』


 本当は召喚者の才能だけなのですがね、これは特例です。

 そう告げると、クロセルは目を瞑り魔力を集中させる。


『今は耐えていますが、もう直ぐソロモンの魔力が尽きる。そうなってしまえば、アンネローゼの勝利は揺るぎません』


「そうかもしれないが……何故俺達に…?」


『さぁ、私は召喚され、命令されただけなので…。ソロモンなりの思いと言う物があるのでしょう。彼が負けず嫌いなのもあるかもしれませんが』


「もし、そうなったら貴方達は……」


『消える事はないでしょうが…。それも時間の問題ですよ。それもまた運命として受け入れます』


 爆音が聞こえ、二人はその場所へと目を向ける。そこには炎に身体を包まれるソロモンの姿があった。


『……どうにか、間に合いましたか』


 その姿を視界に納めながらクロセルが笑う。彼の身体は徐々に透け始めていた。


『御武運を』


 それだけ言って、クロセルはその姿を消した。


「任せろ」


「ええ」


 消えて言ったクロセルの言葉に応え、二人は立ち上がる。二人の視線の先、そこには二人を見下ろすアンネローゼがいた。その瞳に二人の姿が捉えられておらず、彼女にとって二人はただの埃でしかなかった。

 アンネローゼはただ無言のまま、二人へとそのけんを振り下ろした。

 窮鼠猫を噛む。

 この時、アンネローゼは油断していた。目の前にいるのは埃程度の存在。吹けば飛ぶ程度であり、敵ですらないと。その認識は今を持って砕かれた。


 渦巻く炎が切り裂かれる。切り裂かれた炎の隙間から覗くのは、無機質な光を放つ氷の牙。放たれたそれは炎を穿ちアンネローゼへと飛翔する。

 驚愕が彼女の身体を支配する。目の前にいる埃の何処に自分の炎を切り裂けるだけの力があった?目の前の埃の何処にこれ程の魔力があった?この状況で、どうしてあの埃の目は真っ直ぐ此方を向けるのだ?

 様々な疑問が浮いては消える。気付いた時、牙はその首に喰らい付こうとしていた。


「――――ッ!!」


 襲い来る牙を弾き飛ばす。その腕には僅かだが霜ができていた。

 初めて浮かんだ焦り。それはかつて響夜と対峙した時以上の物であった。この状況に置いて自分は圧倒的な力を持っている。それなのに、この場の気配を目の前にいる者達・・が支配していた。

 

「――――」


 アンネローゼは僅かな時間、目を瞑り呼吸を整える。そして先程の自分を恥じた。軍人でありながら、この世界の番人でありながらあの二人の気配に圧された自分を。

 この時、アンネローゼは目の前にいる者達を敵だと認識した。


 ◆


「……み…んな…」


 覆い被さる岩を退かし、浩太がその姿を現す。体中がボロボロになりながらも、その身体を引き摺って周囲を見渡す。


「―――浩太」


 声のした先、そこにミーナに支えられているグローリアがいた。そしてその直ぐ傍には涙を流すアリアが茫然とした様子で座り込んでいた。


「アリア…様?」


 三人に近付きながら浩太はアリアの視線を追う。そこには瓦礫から覗く腕があった。それを見た瞬間浩太の頭に鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。

此処にいるのは四人。一人がいない、では誰が…?

 浩太はふらつき、思わずその場から後ずさる。


「そんな……そんな……」


 覚悟があったとはいえ、彼の心は親しい者が死ぬということを受け入れられる訳ではない。多くの者が、死にまた一人、彼の傍から人が消えた。


「なんだぁ…あれだけやって一人しか殺せなかったか…。君達悪運が強いねー」


 頭上から聞える嘲るかのような声。


「き…さ、まぁ――――!!!!!」


 怒りの全てを詰め込めて振るわれたアリアの全力が悪竜へと放たれる。しかし、返って来たのは轟音と衝撃であった。破壊音が鼓膜を打ち、背後から飛んできた小石が頬を裂く。


「これで二人」


 ニタリ、と笑いルイス・キャロルが哄笑する。浩太とミーナの二人は震える様に、衝撃が穿った場所を見る。


 そこには、血で全身が赤く汚れ、無残な姿となったアリアの姿があった。

ミーナの鋭い悲鳴がただ辺りに響いていった。



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