燃え行く街は何を残すか
遅れてすいません
つい数刻前までは人々が笑い、泣き、騒いぎ、喧騒の絶えなかったエクレール。しかし、今は瓦礫の山だけの国へと変わってしまっていた。
「王を潰すのに三分、兵を潰すのに二分、騎士を潰すのに五分……少し遊び過ぎたかなぁ」
「そうだねぇ…まだ兎さんも捕まえてないよ」
瓦礫の山に腰掛け、ルイス・キャロルは血で汚れた手袋を捨てる。
「「それで、何時までそこにいるんだい?」」
ルイス・キャロルは背後を振り向き獰猛な笑みを浮かべる。まるで獣が兎を見つけた様に。
「お願いですから、私にまでその牙を剥かないで下さい」
そう言いながら苦笑いを浮かべて出て来たのはコルベ神父だった。彼はルイス・キャロルと向かい合う様に質、その口を開く。
「もう少し綺麗にやっていただけませんでしょうか。貴方方は少々派手過ぎる。事後処理を行う私の苦労も考えていただきたい」
「「え~、そんなこと言われてもなあ。こんなに綺麗に掃除してるじゃないか」
「人を殺し、瓦礫と死体の山を作ることを綺麗とは言いません」
周囲の光景に目をやり、コルベは顔を顰める。その表情を見て、ルイス・キャロルはクスクスと笑う。
「君だって、こんなものは見慣れてるでしょう?」
「何で今更嫌がるのかなあ?」
「貴方達と一緒にしないでいただきたい。私は殺しを楽しんだことなど一度もない」
そう断言する神父の眼には、確かな嫌悪感があった。
「「あくまで殺しは手段って言うのかい?」」
「……ええ、多くの人間を助けられるのなら、私は悪魔に魂を売りましょう」
その言葉を聞き、ルイス・キャロルは楽しげに嗤う。
「「そっか、ならさぁ、僕達が逃した獲物」」
―――――全部殺して来てよ
「…………!!」
ほんの僅かに、コルベの顔に動揺が走る。
「君なら警戒なんてされない。ああ、全員だよ?誰であろうと逃がしちゃ駄目だ」
「…何故、私が」
風に攫われてしまいそうな程に小さな声。逃げた者達の中には、彼が養っていた孤児たちも大勢いる。
「あれ?君は僕等の後始末役だろう?掃除なら得意だと思ったんだけどなぁ」
「大丈夫だよ。君の力なら自分の手を汚さずに済むから」
嗤うルイス・キャロルとは反対に、コルベの頬を汗が伝う。
「早く急いだ方が良いよ?ゲッツやアンネローゼが殺しちゃうかもしれないし……」
「それは命令でしょうか」
その言葉に、ルイス・キャロルはキョトンとした表情をする。
「何を言ってるんだい?命令も何も、魔王と黄昏の破壊者に関わった奴等は全員消す予定じゃないか」
「ロジオンもアレイスターも言っていたことだよ?」
「あの神器と関した者は抹消する、って」
「まぁ、良くは分からないけどさ」
早く行った、行った。とルイス・キャロルはコルベに早く行くよう促す。
「……分かりました」
指が食い込む程に強く拳を握り、コルベはルイス・キャロルに背を向ける。
「「あの二人に見つかる前に出会えれば良いね」」
その背中に、ルイス・キャロルはそう声を掛けてコルベを見送る。やがて、コルベの姿が見えなくなると、懐から一つの魔導具を取りだした。
「ゲッツかい?少し頼みたいことがあるんだけど……。もしかしたら君の望みも早く叶うかもしれないよ?」
◆
「確かに何時でも来いとは行ったが……」
疲れた様に溜息を吐くギルドマスター。その視線の先には――――
「そんな大怪我をした状態で来るんじゃないわい」
全身に包帯を巻いた状態の響夜、小夜、グローリアがいた。
「仕方ねえだろ。怪我の治りが遅いんだよ」
血の滲む包帯を見ながら響夜は口を開く。ヴラドにやられた傷は悪魔の心臓によって完治していた筈だった。
徐々にだが、悪魔の心臓の能力が弱まって来ているのか。理由は不明だが、これからは今迄の様に捨て身の戦い方は出来なくなった。
これは大きな痛手だ。経験で劣っていた響夜がこれまでに戦えていたのは悪魔の心臓による再生能力があったことが最も大きかっただろう。そして、それが使えなくなった以上、響夜はこれまで以上の苦戦を強いられることになる。
「お前達、随分な事をしたようじゃな」
「あ?」
ギルドマスターの言葉に首を傾げる響夜。その様子を見てギルドマスターは溜息を零した。
「ほれ、これじゃよ」
そう言って手渡されたのは一枚の紙。それを見た響夜は目を細める。
「兄様?」
「主?」
それを疑問に思った二人もその紙を覗きこむ。
「とんだ悪役だな」
そう言って響夜はその紙を机の上に投げ捨てる。
ヒラリと舞う紙。そこには響夜の顔が描かれていた。
「死神に付け加えて魔物共の異変の元凶かよ。爺、よくこんなの見ても疑わなかったな」
「これでも人を見る目はあるからのう。それに、お前達を信じてくれと言われたしのう」
のんびりとした口調のギルドマスター。その言葉に迷いはなかった。
『マスター、お客様が「此方に寄越してくれ」――――分かりました』
扉のノックと共に聞こえて来た言葉にギルドマスターはそう返した。
「そうかよ。誰だか知らねえが、そいつに礼を言っといてくれ」
そう言いながら三人は立ち上がると荷物をまとめる。
「何処に行く気じゃ?」
「俺達は悪人だからよ、長居は出来ねえんだ。それに客を待たせてんだろ?」
「待て待て、お前達にも関係のある話じゃ。此処に居てくれ」
「は?」
ギルドマスターの言葉に響夜は間抜けな声を出す。
『マスター、お客様をお連れしました』
「入れてくれ」
扉の向こうから聞えて来た言葉にそう返す。やがて、扉が開かれ一人の少女が入って来る。その少女を見た三人の表情が固まる。
「………なんだよ、それ」
絞り出す様に紡がれた言葉は、指先が触れただけでも容易く壊れてしまいそうな程、小さく、脆いものだった。
三人の目の前に現れたのは、右目の光を失ったハクであった。右目には、傷ではなく、穴が穿っている。どのような魔法による物なのかは分からない。けれど、彼女の右目に光は戻らないということだけは誰の目からも明白な物であった。
それを見た小夜とグローリアが息を呑む音が聞こえて来る。
「……ハク」
見るからに動揺し、頭の中が真っ白になる響夜。自らの家族が傷付けられた。そのことに、覚悟をしていた筈の心が決壊しそうになる。
誰の手による物なのか、そんなものは聞かなくても分かっていた。
「……久しぶり、二人とも。もう一人は初めまして、かな」
聞えて来たハクの言葉は、流暢な物であった。右目が無くなっている筈なのに、彼女は笑っていた。しかし、それは酷く悲し気な物で、それが一層響夜の心を揺らがせる。
「座ると良い。儂は用事があるのでな、少し席を外させてもらおう」
ギルドマスターそう言うと、静かに退出していく。
「難儀なもんじゃのう」
四人がいる部屋へと視線をやり、ギルドマスターそう苦々しい表情をする。
「儂は儂のせねばならぬことをするかのう」
最後の大仕事じゃ。
ギルドマスターそう呟きながら歩いて行った。
◆
「……そっか、貴方は響夜の」
「ん」
ハクの言葉に短く答えるグローリア。ハクはその視線をグローリアから響夜へと移す。
「………被害は」
表面上は冷静な響夜。しかし、その拳は強く握り込まれ、今にも犯人の下へと向かって行きそうであった。
「分からない」
響夜の言葉にハクは首を横に振る。
「見回りの人たちが殺されてて、ゼクスがマオの所に行ったけど見つからないの。二人とも帰って来なくて、あの空間も閉鎖され始めたから私達は急いで脱出したの」
「…兄様」
響夜は静かにその場から立ち上がった。そして、ハクへと口を開く。
「お前は、もうこの件に関わるな」
「―――――!」
「後は俺に任せとけ。小夜も同じだ」
その響夜の言葉に二人は勢い良く立ち上がる。
「そんなの、納得できない!」
「兄様、それには私も―――」
それ以上口を開く前に、小夜の身体が傾く。それに気付いたハクが顔を向けた瞬間、その意識も刈り取られた。
「きょう…や?」
伸ばした手は響夜に届くことはなく。ハクはその意識を手放した。
「行くぞ、グローリア」
「…御意」
小夜の背後に立っていたグローリアは静かに瞳を閉じ、響夜にそう答える。
「………ぶっ殺してやる」
誰に聞える事も無く呟かれた言葉。響夜はその瞳に殺意の色を浮かべながら部屋を出て行った。
◆
「お忙しいと言うのに、待たせてしまい申し訳ありませぬな」
「構わん。来てもらった直後で済まないが、単刀直入に言わせてもらおう」
ギルドマスターの体面に座るアンネローゼ。只座っているだけだと言うのに、その全身から感じる威圧感に冷や汗が伝う。
「此処に鳴神響夜がいるだろう。素直に差し出せ」
何の捻りも無く、直球で放たれた要求。その言葉に、思わず息が詰まる。
「な、何のことでしょうか。此処にはそんな者は―――」
「嘘は悪徳、そう学びはしなかったか?ご老人」
ギルドマスターの言葉をバッサリと切り捨て、アンネローゼはギルドマスターを睨む。
「もう一度問おう。此処に鳴神響夜がいるな?」
最早確定事項。その言葉に、ギルドマスターは黙りこくり、静かに口を開いた。
「此処に、鳴神響夜は居ませぬ」
その言葉を聞届け、アンネローゼは椅子から立ち上がった。
「そうか、時間を取らせて済まない」
その言葉にギルドマスターは虚を突かれる。しかし―――
「直ぐに、逝かせてやろう」
その言葉と共に、熱風がギルドマスターの頬を撫でた。
◆
広がって行く炎は止まることを知らず。朝日に照らされ輝いていた海は、獄炎の炎に照らされ、地獄を映していた。
「グローリア!」
「御意に!」
響夜の言葉に応じ、グローリアは直ぐ様その場から離れて行く。残った響夜は、その視線を炎の中心へと向ける。
「―――――っざけんなよ……!」
全身が総毛立つ。家族と仲間がやられたこと、そして、今度は此処が襲われたことに遂に響夜の怒りの沸点を超える。
「魔狼天声!」
響夜の言葉に応えてその身に炎を纏わせた一台の狼が現れる。
魔狼天声は唸りを上げて炎の中へと飛び込んでいく。
燃えさかる炎がその身を焦がすより速く、響夜は炎の中を疾走する。
以前に見た炎。三年前は抗うことすら出来なかった炎に抗うことができている。その事実に、響夜はより強い意志を持つ。今の自分なら、奴らに牙が届く、と。
燃え盛る炎を抜け、響夜はその元凶に辿り着く。
「私は時間に厳しくてな、遅刻した者にはそれ相応の罰が必要だ」
その言葉と共に、炎の中心に佇むアンネローゼから獄炎が噴きだす。
噴き出した獄炎をすれすれで躱し、響夜はアンネローゼへと突進する。獄炎の熱気で肌がひりひりと火傷を負った様に痛む。
「魔狼の爪牙!」
アンネローゼの目の前へと出た響夜は、魔力の砲弾を放つ。砲弾が直撃する直前、アンネローゼから炎が噴き出し砲弾を相殺する。そして響夜を次々に襲う火球。
「邪魔なんだよ!!」
Access(回路接続)――― Jotunheimr(忌むべき巨人の王)
響夜が持つ破壊の脈動から黒い燐光が溢れだす。そしてその背後に出現する巨大な死神。それを見たアンネローゼが感心したように口を開く。
「少しはまともな腕になったか」
響夜の周囲を囲むように出現する炎の槍。死神がそれを薙ぎ払うが、絶え間なく放たれる炎の槍に響夜は後手に回ってしまう。
「開け!」
その言葉に応じ、アンネローゼの周囲から骸の戦士達が現れる。迫る攻撃を紙一重で躱しながら、アンネローゼは骸の戦士を焼き尽くす。しかし、アンネローゼの攻撃の手は止まった。
「殺す」
響夜の殺意の刃が、アンネーゼの首を捉えた。赤い燐光が剣線の筋道として残る。斬撃は、アンネローゼの首へと吸い込まれて行く。
「―――――!?」
しかし、その首を切り落とすには僅かに踏み込みが足りなかった。響夜の斬撃をアンネローゼ首の皮一枚で躱す。自身の身から血が流れた。その事実にアンネローゼは瞠目する。少なくとも、先程までの響夜には自身の身を傷付ける事等出来ないと、彼女の長年の戦士としての勘が告げていたからだ。
あまりにも早過ぎる。
響夜の成長速度に、アンネローゼは危機感を覚えた。此処でこいつを生かすべきではない。一秒でも早く消すべきだ、と。
「Access(回路接続)――――」
故に、彼女は自身の全てを懸けて滅さんと、自らの世界を解放した。
◆
「ハクちゃ……小夜、んも……早く起きて!!」
まどろみの中、外からの呼び声に二人の意識が浮上する。
「此処、は……!」
意識が覚醒すると共に、ハクは自分たちがどうなったのかを思い出す。慌てて飛び起きたハクに、隣に居た人物が声をかけた。
「…ロシェル」
そこにいた人物に少し意外そうな表情をしながらハクはその名を呼ぶ。しかし、ロシェルはその言葉に応じることなく、眠りから覚めた小夜とハクの手を引いて急いで部屋を出て行く。
「ど、どうしたの?」
「良いから、早く此処から逃げないと!」
ハクの問いに答える余裕もないのか、ロシェルは鬼気迫る表情で二人を外へと連れ出す。そして、先程の問いの答えもそこにあった。
次々に燃えて行く家々、逃げだす人々。そこには一種の地獄が広がっていた。消化を試みる者もいるが、そんな物は無駄だとばかりに、人々は炎に飲まれる。その光景に、ハクと小夜は絶句する。
「二人とも、急いで此処から逃げて!貴方達と響夜君を狙って軍の人が来たの!」
ロシェルの言葉に二人は驚愕する。それはこの騒ぎの原因は自分達にあると言う事だ。
「軍の奴等は、今何処に?」
そのことを悟りながらも、小夜は冷静にそう返す。
「……恐らくは、この炎の向こう」
ロシェルの視線の先へと二人は顔を向ける。現状、二人にはこの炎を越える手段はない。そのことに歯噛みしながら、二人はロシェルの言葉に推され、その場から離れていく。
「ーーーーーー!?」
それは突然だった。今まで燃え広がっていた炎が突然荒ぶり、先とは比べ物にならない程に激しさを増したのだ。
急激に狭まる三人との距離。次々に炎に飲み込まれていく人々から目を背けるように、三人は走っていく。
しかし、それも長くは持たなかった。
やがて炎は、三人を捕らえんとその足下まで迫る。三人は必死に走るが、結果は日を見るより明らかだ。
ここまでか、そう諦めかける。その時、
「ごめんね」
不意に、背後から聞こえてきた声。小夜とハクが後ろを振り向こうとすると
ドン
と、静かに、されど力強く、その背を押された。
「後は、任せました」
「ああ、任せとけ」
ロシェルの言葉に応える声が前方から聞こえる。二人はその顔を確認するより早く、肩に担がれた。
「友人、ましてや女の頼みだ。果たしてやるよ」
「ジークフリード……!」
その人物に驚く小夜。ハクはその人物の事より、背後に居た人物へと手を伸ばす。
「待って、ロシェル!ロシェルが!!」
悲痛な叫びを上げながら、ハクは炎に飲まれた友人へと手を伸ばす。
「あいつとの約束だ。放すわけにはいかねえ」
走りながら、すぐさまその場を離れていくシグルズ。燃え行く街に一人の少女の叫びが響いた。
◆
アンネローゼを中心に展開されていく世界。噴き出す炎に何の躊躇いもなく、響夜は飛び込んだ。
「オオオオォォ!!」
雄叫びとともに、振るわれる死に神の鎌。しかし、
「舐めるなよ。小僧」
先程と打って変わり、アンネローゼはその鎌を受け止めた。
「姫君が中心に座った以上、我々も自らが世界を展開できる。何も自分だけが特別とは思っているまい」
破壊の脈動を弾き、隙の出来た響夜に、アンネローゼは獄炎を放つ。
それは確実に響夜を消すこ出来るほどの魔力が込められていた。直撃すれば、塵も残さず焼け消えるだろう。
避けられない。そう直感した響夜。しかし、響夜は真横から衝撃を受け、その炎を回避した。
「貴様、叛逆罪だぞ」
「生憎、もう軍は崩壊しました。私達を縛る物はありません」
金髪の髪を揺らし、アンネローゼと対峙するエルザの姿が、そこにはあった。
そして、響夜はエルザに担がれていた。
「お前、どうして此処に……」
「伏羲から聞きました」
響夜の言葉に簡潔に答えるエルザ。響夜はエルザの言葉に、またあいつか、と舌打ちをする。
「……まあ、良い。ならば、私の法でお前を裁くだけだ」
「!……逃げますよ、響夜君」
「ふざけんな!あいつは、此処で殺してやる!!」
エルザの言葉に猛反対する響夜。彼として、この街を燃やし尽くしたアンネローゼを逃がす訳には行かない。
しかし、もう時間は残されていなかった。アンネローゼの回路接続は、響夜と違い自分の世界を展開する物。飲み込まれれば、アンネローゼを倒す以外に脱出する手段はない。
響夜の意見を聞いている暇はなかった。
エルザはアンネローゼの攻撃を躱しながら、後退していく。
「失礼させてもらいます」
次の瞬間、アンネローゼの炎が届くより早く、エルザは響夜を担ぎ、その場を後にする。
「くそっ!ふざけんじゃねえ!あいつ、あいつは!!」
「今は生き残ることが優先です!」
「くそっ、くそっ!……畜生があああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
その言葉に、響夜は叫ぶことしか出来なかった。
Doomsday clock(世界終末時計)零時まで残り
ーーーーー二八三時間ーーーーー
それなりに長かったと思います。後半は携帯なので、書き方が違うのは許してください。
誤字脱字あれぱ報告お願いします。所々呼び名を変えているので。
二次ファン閉鎖もあり、執筆する時間が中々取れないのです。なるべく遅くならないよう頑張りたいです。