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第28話


 そのあと、確かにその雲は豪雨を3日間、降らせ続けた。


 けれど、魔力量だけは化け物クラスのファレロが補助に回ったおかげで、交代で休憩を取りながらの結界作成が出来たため、被害はなにひとつなかった。

 さらに隣のマネ国にも警戒を伝えておいたおかげで、雲がマネに移る頃には態勢も整っていたうえに雨風の勢力も弱まっていた。


 いつしか雲は消え、快晴が続いている。


 しかもマネ国からは感謝もされ、皇太子を怒らせたことは事実上、なかったことになった。


「痛ッ!」


 そしてファレロは静電気に悩まされている。


 どうやらあの雲の雷を吸収してしまったようなのだ。


 放電させたのではなく、同じ雷として取り込んでしまった。


 魔力に呑まれた雷はこうして嫌がらせをして、ちまちま放出されている。日本人時代の知識を思い起こせばそれもそのはずで、電気が流れるのは陽極から陰極だ。同じ陰極で放電はされない。この時代では、その事実もまだ判明していないのかもしれないが。


 まぁ、勉強が苦手なファレロもすっかり忘れていたのだけれど。



「なんなん、この静電気! 腹立つわー」


 スプーンを持とうとしただけでこれである。ぶるっと手が震えてしまったせいでテーブルにスープが溢れてしまった。ナフキンで適当に拭いておく。


 向かいには若者モリトール。


 隣にはジョアン、斜向かいにハンスがいる。あの日以来、ハンスは馬鹿にしてこない。


 ジョアンはホットミルクをちびちび飲みながら言った。


「いやぁ、それにしてもファレロの魔力ってモンスター級だよね。結界を作り続けたのに、ひとりだけピンピンしてたし」

「うん。よっぽど火とか水とか風とかの魔法を使えって言われたときのほうが疲れました。ね、モリトールさん」


 顔を向けると、素知らぬ様子のモリトール。


「そうだったかな」


 驚いたらしく、ジョアンは、んぐ、と喉を鳴らして噎せた。モリトールとファレロを交互に見やる。


「え!? 火!? ただでさえ不器用なのに、なんで火とか試したの? 明らかに雷属性じゃん、光なんだからさ。ファレロがやりたいって言ったの?」

「いーえ! なんででしたっけね、モリトールさん!」

「なんでだったかな」


 若者モリトールもなかなかの迷惑だった。


 はーん、なるほどね、こうやってあのジジイモリトールに成長していくわけですか。へー。ほー。ふぅーーーーん。


 最近は本ばかり読んでいるし、会話という会話もほぼないし。


「モリトールさんって、こうやって、いっっっっっっつも意地悪するんですよ! どう思います!?」


 ジョアンは肩を竦めた。なにを今更、といった表情だ。


「意地悪なのは元からの性格だけど、可愛がられてはいるんじゃない? あの日だって僕達は拠点で結界を作らなくちゃいけなかったのに、やっぱり助けに行きますって飛び出し──」

「ファレロ、早く食べろ。今日は外出の予定がある」


 モリトールに遮えぎられて、よく聞こえなかった。ファレロはモリトールに向かって掌をひらひらとさせ、静かにするよう願う。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください、今なんかとても重要な情報をジョアンさんが横流ししてくれようとしてました。それだけはわかる! 聞きたい!」


 しかしファレロの手をモリトールが抑え込んで、果てには耳まで塞ごうとしてくるではないか。

 これはなんとしてでも聞かなくてはならない。


 なぜなら私は圧倒的ジジイモリトールの被害者!

 せめて普通に扱われたいのだ。


「いいから早く──」


 モリトールは話を中断させたいし、けれどジョアンは話してやりたいし、ファレロも聞きたいしで、3人は三角形で攻防を繰り返していた。


「だからモリトールは助けに──」

「ジョアン、うるさい」

「ちょっと、モリトールさん! しっーー!!」


 そこで助け舟が出された。



「モリトール先輩が助けに行ったんだよ。来年まではひとりにできないって。俺が指導者だからって」



 そう言ってくれたのはハンスだった。


 美しい所作でパンにバターを塗りながらぶっきらぼうに言う様は、それでもどこか毒気がなく、これが本来の彼なのだろうとわかる。つまり彼は愛想のない、やんちゃ坊主なわけだ。



 ハンス、おま、ええ奴やん。



 と思いつつ、ファレロははっと口を抑える素振りをしてモリトールを見やった。

 モリトールはどこか明後日のほうを見ながら紅茶を啜っている。


「モリトールさん……! 私は嬉しいです!」

「……うるさい」

「なんだかんだ面倒見がいい! 優しい! 私は嬉しい!」

「うるさい。早く食べろ」

「いやぁ、指導者なんて嫌だって言っておきながら、ちゃんと最後まで職務をまっとうしようとしてくれるなんて、軍人の鑑ですねえ」


 言いながら、もはやスプーンを諦めてスープカップごと持ち上げる。ごくごく飲み干してからカップをテーブルに戻すと、ジョアンの呆れ顔とハンスの驚きの顔に出迎えられた。


「……え、なに?」


 ハンスはバターナイフで指差してきた。


「お前、馬鹿なの? 告白されたこととかない? 恋人いたことないの?」

「くっ……! 貴様、(前世から続く)古傷を抉るんじゃない!!」


 するとジョアンがファレロの右肩に手を掛けてきて、諦めろとばかりに首を振ってみせる。


「駄目なの、ファレロは。僕は前の被害者も見てる。この調子じゃ、モリトールもふたりめの被害者になりそうだ」

「俺はそんなんじゃない」


「えー、なんか馬鹿にされてるのだけはわかるー」


 不貞腐れた顔で残っていた葡萄を頬張ってみせると、ハンスが半ば立ち上がって詰め寄ってきた。

 

「いやいや、だってお前、押し倒されてキスされてた──」

「ハンス、黙ってろ」

「あ、はい、すみません」


 しかしモリトールにぎろりと睨まれ、勢いも減退して素直に黙るハンス。

 以前よりもずっと賑やかになった食堂は、どこかあの大家族のリビングを思い出させた。あの場所も、こんなふうに会話が行き交っていて、騒がしくて、とても楽しかった。


 ここが新たな家なのだろう。


 自分がここを選んだのだ。ごくん、と葡萄を嚥下すると、タイミングを見計らったようにモリトールが立ち上がった。


「もう行くぞ。約束の時間に遅れる」

「はい! じゃあ、また夜ご飯でー」


 ハンスとジョアンに手を振り、食器を返却口へ戻す。

 そうして食堂をモリトールの背をいそいそと追って出た。


「魔女さーん!」


 ヴィールツに話し掛けられて、用事を思い出した。振り返れば、カウンターに身を乗り出したヴィールツが長い腕を振っている。


 そうだった、そうだった。あれを受け取る約束だった。


「間に合ったよー! よかった、よかった!」


 ヴィールツに満面の笑みで大きな紙袋を渡される。手を伸ばして受け取ろうとする脇から手が伸びてきて、袋を取ってくれたのはモリトールだった。


 ほほう。優しいではないか。


 それにしても、紙袋を見るとやけに重そうだ。注文したのはひとつだけのはずなのだが。

 不思議そうな顔をしているのをヴィールツが気付いたのだろう。荷物が多い理由を教えてくれた。


「他にもモリトールから注文があったから、それも全部含めて渡してるだけだよーん」

「なるほど」


 なんだ。優しいんじゃなくて、自分の荷物もあるからか。考えすぎた。


 すたすたと歩くモリトールは、なににも追い詰められてはいなそうだった。


 国民の期待を一身に背負っているふうでも、追い詰められて夢物語に縋り付くでもなく、これまでと同じようにファレロを先導してくれている。



 これでよかったのだ。



 ひとりに背負い込ませるには、彼に待っていた未来は重すぎた。


 それを無くしてやったと考えれば、まあ、魔女ではないという話も聞かずにこの世に飛ばされたのも許せる気持ちになる。

(あのクソジジイ。なんてね)


「なにしてるんだ、行くぞ」


 物言いはキツいが、なんだかんだひとりにしないようにしてくれているのも伝わるし、彼も不器用な人なのだろう。


「はーい」

「じゃあね、魔女さん! サイズは絶対にぴったりのはずだからー!」


 ファレロはヴィールツに手を振りながら、モリトールを追った。



◇◆◇◆◇◆



 食堂に残されたハンスはスープをスプーンでぐるぐると掻き混ぜながら問う。なんか、面白くない。


「ジョアン先輩、ファレロ達の両親の顔合わせ、今日でしたっけ?」

「そうそう。本当なら任務外の外出は出来ないんだけど、婚約のきっかけが魔法隊の事情だったしね。特例で認めたらしいよ」


 ミルクのお代わりをしたジョアンは、ふうふうとマグカップに息を吹いて冷ましている。


「モリトール先輩って実家と不仲だと聞いた気がするんですが」

「うん。医者にならずに軍人になりやがってー、って勘当も同然だったらしいよ」

「なんで急に顔合わせに至るまで仲が改善したんですかね」

「まー、親も勢いで勘当とか言っちゃったところもあったんでしょ。あと、ファレロが手紙を送ったらしいよ」


 驚いて、スープに落としていた視線を上げた。ミルクを舐めて、あちち、としているジョアンが諦めてマグカップをテーブルに戻したところだった。


「え、あいつがですか?」

「そうそう。内容としては挨拶程度の手紙だったみたいなんだけど、手紙に魔法で生み出した光球を一緒に入れてて、開封すると弾ける仕掛けにしてたみたい。夫人がそれに感動して、魔法ってスバラシイ! モリトールも息子だもの! 軍人であっても私達の誇りよ! 会いたいわ! って、流れになったんだってー」

「へー」


 果たしてあのふたりに恋愛感情はあるのだろうか。

 少なくともモリトールのほうは、ファレロが気になって目が離せないというか、そんな雰囲気を感じるのだが。お遊びだけの恋愛を数回しか経験していないハンスにも、よくわからない。


 ジョアンが頬杖をついて言った。


「ハンスも、もうファレロに突っ掛かるのやめなね。荒削りな魔女だし、所々ふざけてるし、不器用でハラハラするところはあるけど、いい子なんだから。なにが気に食わないのか知らないけどさ」


 ジョアンと同じようにハンスも頬杖をついた。

 くるくるとスプーンでスープを掻き混ぜて、ぐるぐるになった液面を見る。


 なんだろうか、このすっきりしない気持ちは。

 なんだか、もやもやする。


 気持ち悪い。なにか変なものでも食べたかな、と考えるとなぜかファレロの姿がちらついた。


 不貞腐れたりしたときの、あの顔。


「いやー、なんか腹立つんですよ。俺が最初に合格したのに俺以上に目を掛けられてるところとか、あんなすごい力持ってるのに自己評価低くて鈍感なところとか、意外と顔可愛いのにそれに気付いてないで素で過ごしてるところとか、テキトーそうな奴なのに意外と素直なところとか、誰にでも分け隔てなく接するところとか、危なっかしいところとか、華奢なのにトレーニング頑張りすぎるところとか。なんか、気になって、腹立って虐めたくなっちゃって」


 言い終えるが早いか、ジョアンはテーブルに突っ伏してしまった。


「……ここにも無自覚がいたなんて……」

「え?」

「いや、なんでもない。あと一回、見張りしたら寝よう」

「了解です」


 スープを飲み干した。




◇◆◇◆◇◆




「これで大丈夫です? なんか変なところないですか?」


 モリトールの実家の前で、再度、くるりと回ってみせる。


 ヴィールツから受け取ったのは顔合わせ用のドレスだった。モスグリーンのドレスだ。髪は結べるほど伸びはしなかったが、それでもいくらかは女性らしくなった。

 その耳にはモリトールが再び嵌めてくれたピアスが輝いている。


 さらにはドレスと同じ色の髪飾りと、きらきら輝く宝石がいくつも嵌ったネックレスも。靴も。

 そして化粧まで。


 これらはすべて、モリトールが独断でヴィールツに注文してくれたものだった。本当はドレスだけのはずだった。


「俺が着付けも化粧もしてやったんだ。変なところなんて、ひとつもあるはずがない」

「お化粧、崩れてないです?」


 ん、と顔を突き出すと、モリトールはじとりと睨んできた。


「完璧に決まってる。俺がどれだけ勉強を──とにかく、ぬかりはない」


 と言いつつも、目尻を撫でたり、髪を耳に掛け直したりした。


 あの心地よい指だった。


「そうですか、なら安心です! ルイスが両親を迎えに行って、既にここに到着してるはずです」

「見ればわかる」


 国軍のエンブレムのある馬車が停まっているのをちらりと見ながらモリトールは言った。騎馬隊所有のものだ。本来は王族や来賓に使う高級な馬車だが、無理を言って拝借したらしい。


 とりあえず、挨拶の練習をしておこう。


「ふつつかものですが、よろしくお願いします。うわ、噛みそー。ふつつかもの、ふつつかもの、ふつつかもの。ふくつかもの……ん?」

「おい、行くぞ」

「はーい!」


 ファレロは、差し出されたモリトールの腕に腕を絡ませた。

 さすがに雷も空気を読んだのか、静電気は起きなかった。




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