第14話 魔制具の装着
「こ、この物々しい雰囲気は、いったい……?」
ファレロが入隊してから2週間が経ち、訓練所も直ったため、見張り当番以外の魔法隊ほぼ全員が集合した。新しくなった訓練所に、ファレロを中央に置いて円陣を作る様は傍から見れば異様だろう。
鈍感なファレロもさすがに緊張しているのか、きょろきょろと隊員を見回している。
ジョアンやウィックが目顔で落ち着けと言い、ファレロが頷いている。信頼関係があるみたいで不思議だった。年齢を考えれば、モリトールのほうが近い存在のはずなのだが。
なんとなく、むっとする。
自分は時間を犠牲にして指導してやってるんだが?
「ファレロには魔制具を着けてもらう」
と、マルタン隊長が本題を切り出したが、当の本人はピンときていない様子だった。
皆の意見どおり、ファレロには魔法に関する知識がほぼゼロのようだ。
ファレロは気になるイントネーションで問い返してくる。
「ませーぐ……?」
「魔力を制御する道具のことだ」
「えっ! でも私、毎日練習して、やっと重さのない魔力を込められ始めてて……。ね、モリトールさん?」
モリトールは返事をしなかった。段々、出来るようになってきているのは事実だが。
「別に、君に調節能力が皆無だと言っているわけじゃない。ただ安全のために装着するだけだ」
モリトールが言ってやると「安全」とオウム返ししてくるファレロ。
なぜだろう。
胸が痛い。
所詮、お前には調節なんて出来ないだろうと言ってしまっているみたいだ。いや、事実、極めて困難なのだろうけれど。
「ファレロ、お前は人より魔力が多いことを自覚しているか」
隊長の問いに、やはりファレロは的を得ていない表情をした。逆にそれだけの力を持っていて、なにも感じないほうが不思議で溜まらない。
「特には……。光の球以外になにもできないし……」
「そうか。とにかく、魔力が多いんだ。それを制御するには魔制具がいいというのが魔法隊の見解だ」
「……私には、魔力調節は無理だと言うことでしょうか」
「そうじゃない」
気落ちするファレロに、誰もなにも言えない。
そんな状況で、にやにやと笑っているハンスと目が合うと、一応は気を使ったらしく、咳払いをして表情を引き締めてみせたがどうにも気に食わない。ハンスには、人を馬鹿にするほどの実力はまだないはずだ。
「いいかい、ファレロ。そこの入口のドアを開けるのって、ひとりで充分でしょ?」
ジョアンが助け舟を出す。
ファレロは入口のドアをちらりと見て、頷いた。
「じゃあ施設の裏門はどうだろう。鉄製で、重くて大きくて、滑車や歯車を駆使して、5人掛かりでクランクを回してようやく開く。同じドアでも、開閉するのに必要とする力は全然違ってくる。そうでしょ?」
「そう、だけど……。皆はひとりでちゃんと調節してるんじゃないんですか……?」
「それはそうだ。もちろん、ファレロにも、いつかはひとりでドアの開け閉めが出来るようになってもらわなくちゃならない。けど、門を開けるためにひとりがいきなり出来るわけじゃなくて、そのためにはまずトレーニングが必要でしょ?
何度も何度も試して、開けたり閉めたりするコツを見付けて、筋力トレーニングしなくちゃいけないよね? それまでは、やっぱり開閉するのに助けがいるんだよ。ひとりで続けたら怪我しちゃうもの。
だから、ファレロがひとりで出来るまで開閉を助けてもらう、ってくらいの考えでいればいいから」
とても懇切丁寧な説明だと感心した。
ジョアンは世襲で魔法隊に所属する一家の末っ子だ。隊長の祖父に始まり、かつては父と兄の数名も在席していた。多才な家族を持って苦労したのだろう、噛み砕いた説明がわかりやすいうえに説得力がある。
だからファレロも、小さく顎を引いて了承を示した。
ふう、と安堵する隊長が掌に乗せた魔制具を見せる。ファレロの瞳と同じ金色のピアスだ。飾り気はほとんどない。
「とりあえず、2つの魔制具が届いた。ピアスといって耳朶に針くらいの穴を開けて装着する道具だ。身に着ける魔制具の中で、最も効果があると言われている。手先が器用なモリトールに開けてもらおう。指導者としての信頼もあるだろうし、いいだろう?」
「はい、大丈夫です」
「俺達は、万が一、魔制具への拒否反応で魔力が爆発しそうになったときのためにシールドを張っておく。万が一だからな。リラックスしていていいぞ」
「わかりました」
ファレロとモリトールが対面すると、この前とは異なるシールドが張られた。先日は四角形だったが、今日は、より圧力に耐えられる球体型のシールドだ。
ふたりは青白い光に包まれた。
ピアスの開け方は事前に練習していたので気後れはない。念の為、工程を説明する。
「ピアスは風の魔法を使う。ピアスを高速で回転させ、ドリルの要領で耳朶を貫通させる。ほとんど一瞬だが、さらに痛みを感じないように氷魔法で耳朶を冷やし麻痺状態にさせておく。流れは覚えたな?」
「はい、大丈夫です。やっちゃってください」
度胸があるな、と思った。大人の男でも体に穴を開けるというと躊躇するというのに、まるで以前に経験でもあるみたいだ。
両耳に氷魔法を掛けて冷やし終えると、早速ピアスを回転させる。その場できゅいんきゅいんと回るピアスを、躊躇わずに耳朶に当てる。そのまま押し付けると、すぐに貫通した。
両耳を終えても、魔力の暴走はない。
キャッチといわれる小さな蓋でピアスが耳朶から外れないようにすると、シールドが解かれた。
「どうだ? 魔力調節、やってみろ」
マルタンに促され、ファレロは掌を見つめた。ぱっと掌が明るくなったあとで、小さな光の球が現れる。
「あ! 小さいかも!」
「本当か! 重さは?」
「重さもないです!」
「よし! 懐中時計に乗せてみろ!」
新品の懐中時計を嬉々として受け取り、ころん、と蓋の上に光球を乗せた。水が土に染みるように、静かに、じんわりと蓋に溶けていく魔力。
砕けない。
「や、やったー!! ……ん?」
「よし! よくやった──ん?」
ところがピシッと音を立ててヒビが入り、どんどんとヒビが広がって、やはり蓋が砕けてしまった。以前のように一瞬でないことと、粉々とまではいかないことが、僅少な進歩というべきか。
モリトールはローブが肩でズレる音を聞いた。
ま、また時計が壊れた。
と、いうことは、つまり──。
「こりゃ、しばらくモリトールと同室解除は出来ないな」
マルタンは苦笑していたが、モリトールは笑い事ではない。
「……勘弁してくれ」
「すみません……」
俯くモリトールの横にファレロがやってきたが、慰めてやる気力もなかった。逆に、慰めて欲しいくらいだった。




