第13話
その後、引き続きファレロはぐっすりと眠り続けている。
「……なんで掴んでるんだ……?」
一方で、モリトールは昼前くらいに目が覚めてしまった。
寝惚け眼で考える。なんで、起きた?
思い至った理由があった。寝返りを打とうとしたのになぜか出来なくて、気になってしまったのである。
目を開けると、目の前にファレロの額。
濡れたまま寝たせいで髪は絡まりまくっている。
向かい合っているせいで近過ぎる距離に窮屈さを感じ、もう一度、寝返りを打とうとした。
やっぱり出来ない。
ふと視線を下に落とすと、ファレロの手がまるでモリトールの胸倉を捻り上げるみたいに服を掴んで離さないのである。
「おい離せ」
指を一本一本離そうとするのに、ファレロの指が細過ぎて、下手に力を加えたら折れてしまいそうでやり辛い。
もういい、このまま寝る。
そう思って目を閉じたのだけれど、なんだか首元に掛かるファレロの吐息に意識が持っていかれて眠れない。くすぐったいというか、なんというか。
はあ、と嘆息付くと、ファレロの前髪が微かに揺れた。
自分と同じ香りがした。
同じシャワー室で同じ石鹸を使っているのだからどう考えても当たり前なのだけれど、急に恥ずかしくなってモリトールは起き上がった。服だけ掴ませておいてやればいいとシャツを脱いで、ベッドから降りる。
本当にこいつがいると調子を狂わされる。モリトールはファレロを睨み付けてから、顔を洗った。
◇◆◇◆◇◆
結局、ファレロの目が覚めたのは夜の10時だった。
12時間以上眠り続けるとはどういう体の構造をしているのか、甚だ疑問でしかない。
それまでの間、モリトールは2度、食事に向かった。施錠したままの部屋でファレロが起きてしまって、部屋から出られないとなるとまた騒ぎ出しそうな気もしたが、杞憂に終わってよかった。隊服もハンガーに掛け終えている。
いよいよ交代に向かわなければならないから、起こそうというときに、むっくりと起き上がったのである。
「んー! よく寝たぁ!」
うんと伸びをするファレロに呆れる。
「寝過ぎだ」
指摘すると、ファレロは照れ笑いを浮かべてみせた。どうやら、泣いていた内容はすっかり忘れているらしい。
(ほっとしているのは、なぜか?)
ふと疑問に思うけれど、気にもしなかった。
「いやぁ、田舎だからやることないし、日の出と共に起きて、日の入りと共に寝る生活してたんで、睡眠時間が短いとすぐに駄目になっちゃうんですよねぇ」
溜息以外に表現のしようがないこの疲労感をどうしてくれよう。
「もういい。とにかく、君はなにか食べろ。昨夜からなにも食べていないだろう」
「わかりました」
本当に素直であるのはいいのだが。
ふたりは食堂に向かった。
残しておいてくれた食事を平らげていくのを対面から眺めつつ、なぜ、こんな奴にあれだけの魔力があるのかを考えていた。ひとりの指導役でどうにかなるものなのだろうか。普通は隊員総出で訓練してやるべきレベルだと思うのだが。
そもそも、例年、合格者は5人だ。
試験場所こそ違えど、だいたいいつも試験内容は同じで、隠れている魔法隊を探せというものなのだが、6人目を見付けるのは稀だった。今回の試験のように受験者に紛れていることもあったし、それこそ魔法を駆使して絶対に見付からないようにしていた。
世間的には1番に試験官を発見したものが1位通過とされている。今回のハンスのように竜巻を起こして試験官を発見したのは、やはり1位通過と見なされた。ハンス本人もそう自負しているのだろう。
だが、魔法隊の中での認識は違う。
6人目を見付けた合格者こそ、逸材だ。
だから試験当日から魔法隊はファレロの噂で持ちきりだった。
6人目を見付けた奴が現れたらしい。
女であるらしい。
16歳の遅咲きであるらしい。
しかも──光を扱うらしい。
魔女というだけで伝説の生き物なのに、光を扱うとなればそれはもう伝説の人が伝説の武器を持って現れたような二重の驚きがそこにはある。
無邪気に食事を頬張ってるあたり、自分の魔法の属性なんて気にも止めていないのだろうけれど。
この国で光を扱うのは、自分ひとりであると知っているのだろうか。
教えてやらねばなるまい。
それがどれほど貴重なのか。
しかし、その貴重さが苛立つ。
努力してきた自分よりも才能が勝るのは、我慢ならない。しかし指導者としての責務も果たさなければ、自分の評価が下がる。それに、相手を凌駕するのはなんとしてでもやってやりたいが、相手を陥れて首位にいるのは、卑怯な気がしてならない。
モリトールは葛藤の中で歯を食い縛った。結局、答えは見付からなかった。
「よし、行くぞ。また見張りの間、ずっと魔力調節の練習をしてろ」
「わかりました! たっぷり寝たから、なんだかうまくいく気がします!」
そうして見張り台で練習し始めた一発目、込めた魔力が強過ぎて、爆風と光の強さにより、敵襲だと勘違いされて再びマルタンに叱られる羽目になった。
本人いわく、力みすぎたとか。
◇◆◇◆◇◆
「あ、魔女さん! 例の物、見付けて買ってきたよ!」
夜が明けてトレーニングをこなしたあとの朝食後、部屋に戻ろうとしたふたりを呼び止めたのはヴィールツだった。カウンターから身を乗り出して手を振っており、よく目立つ。
ファレロは目を輝かせてヴィールツに駆け寄った。
「ありましたか!」
「あった、あった! これ、まだあんまり出回ってないらしいんだよ。どこの縫製所でも試作段階なんだって! だから色も白しかないけど大丈夫?」
「全然大丈夫です!」
「サイズは俺の目利きで買ってきたから、多分、大丈夫だと思う!」
「ありがとうございます!」
こいつはファレロのどこを見てるんだ、と思わなくもない。とりあえず、ファレロが嬉々として紙袋を受け取っているあたり、女性には必需品なのだろうとわかる。
女というのも、モリトールにとってやりにくい一因でもあった。
「じゃ、またなにか欲しいのあったら言ってねー!」
「はーい!」
友達じゃないんだぞと言ってやりたくなる。
「荷物を持っていたら警戒が疎かになる。部屋に置いてから行くぞ」
「はい!」
本当に、返事だけは満点だ。




