第73話 “運命”
俺はフリーフォールの下敷きとなり、今日ここで死を迎える。
10年以上前に見た、あの流れ星の悪夢は、俺達の最終ミッションであると共に……
俺の命の危険を知らせる悪夢だったんだ。
これこそが、流れ星が俺達に教えたかった──“真の意味”。
なんだよそれ……ふざけんなよ。
おまえらが呼んだから、俺は今ここにいるんじゃねぇか。
前にも言ったけど、それじゃ順番が逆だろ?
一切納得はいきやしないが……
たった一言で、それらすべてを納得させる魔法の言葉がある。
それは──“運命”
すべてこうなることは、最初から決まっていたのだと。
どう足掻いても、運命には逆らうことはできないのだと……
「智……」
俺は後ろポケットの財布から、“あの写真”を取り出した。
今の俺とは対照的に、そこには笑顔の幼き俺達4人の姿がある。
「どうすればいいんだよ……俺は……智……力を……力を貸してくれ!!」
俺は願った。
神にでも祈る気持ちで。
この写真に写る小学生の頃の智なら、いつどんな時でも、俺達を助けてくれた。
どんな逆境でも、俺達を正解へと導いてくれた。
「智……」
『なんだよ。誠人。らしくないんじゃないか。もう諦めたのか?』
「えっ……空耳……?」
“何か”が聞こえたと思った、次の瞬間。
何度も夢の中で聞いた、とてつもなくデカイ衝突音が園内に響く。
それでも俺は、周りの騒ぎには目もくれず、その“何か”を聞くことに専念し続けた。
「今の……今の声って……!!」
聞き馴染みのある、先程の声……
今のは決して……空耳なんかじゃない!
声の主は──『写真の中にいる』
そう判断した俺は、折れ曲がった写真を必死に広げて伸ばし、笑顔の“智”の顔を見つめた。
すると……俺の頭の中に、今までにはなかった、別の映像が流れ込んでくる。
「この映像は……もしかして……智の悪夢か!?」
その映像に描かれていたのは、どうやっても見ることの出来なかった、悪夢の続きである。
「──倒れるフリーフォールの位置がはっきりと分かる!! 位置が……俺の悪夢とは違う!!」
気付くと俺は、全力で“そこ”に向かって走っていた。
「ゲンさん! この場は頼む!!」
「お、おい! 誠人! どこへ行く!?」
いくつもの悲鳴……逃げ惑う足音……
園内はパニックに陥っている。
その間にも、俺が右手に持つ写真は熱を帯び、何とも心地よい温もりが感じられていた。
まるでそこからパワーを発しているかのように、頭の中にしっかりと意識が伝わって来ているのだ。
入り込んで来るのは、智が見た悪夢だけではない……“智自身”そのものである。
次第に俺の耳には、周りの悲鳴や足音など、一切聞こえなくなっていた。
不思議と聞こえてくるのは、智の声だけだ。
「なんだこれ……予知能力に続いて、新たな超能力でも身に付いちまったのかよ!」
『さぁな……諦めてやがったからな。支柱が完全に倒れるまでには、僅かな猶予があるにも関わらずよ。だから、俺の悪夢をおまえに送ってやった』
「──!! これは驚いた……まさか会話までできちまうとは! ならば言わせてくれ……ありがとよ。智!」
『なぁに……約束しただろ? おまえは俺が守るってよ』
「えっ? なんだその話……」
『おいおい……忘れちまったのかよ』
昔に俺と智がそんな約束をしたのか?
正直、何のことか覚えちゃいないけど……
それよりもまず、俺にはやらなきゃならないことがある。
俺は連絡通路さえ死守しとけば、全員救えると思っていた。
でも、それは俺の“記憶違い”。
何も支柱は連絡通路に沿って、真っ直ぐ倒れるわけじゃない。
斜めに倒れるんだ。影響は連絡通路、一般道路の両方に及ぶ。
斜めに倒れた支柱の先端は、連絡通路の端に激突し、更にそこで柱は折れて砕ける。
そして、それは鉄の塊の凶器となり、下にある一般道路の方へと落ちていくのだ。
不運にも、砕けた鉄の塊は……歩道にいた野球観戦帰りの親子3人に直撃してしまう。
その未来図を智の悪夢で知った俺は、一目散に階段を降り、一般道路の方へと走っていた。
ここまで来たら、犠牲者の1人も出してたまるかよ!!
・・・
「こうちゃん、野球楽しかった?」
「うん、楽しかった! お菓子いっぱい食べれたし」
「ははっ、まだ野球なんか見ても分からないか」
「ねぇ、あなた。何だか上が騒がしくない?」
「遊園地でイベントがあるみたいだからな。それが盛り上がってるんじゃないのか?」
下の階に辿り着いた俺は、全速力で歩道を走り、親子連れを探した。
幸運にもイベントを見るために残った客が多かったおかげか、案外歩道に人は少なく、すぐさま例の親子3人組を発見する。
いた!! あの親子だ!! 呑気に楽しそうに歩いてやがる……
そうか……ちょうどここは連絡通路の真下となっているから、上の様子が分からないのか。上では、大惨事となっているというのに……
「ここは危ない!! 今すぐ後ろに下がるんだ!!」
反対側から走って叫ぶ俺の大声に、仲良く子供の手を片手ずつ引く両脇の夫妻は戸惑っていた。
「な、なんだ突然……」
「上から鉄の塊が降ってくる……だからこれ以上先に進んではだめなんだ!!」
「鉄の塊……? 何それ」
夫婦揃って伝わらないか……確かにこれじゃ説明不足だけども……今はじっくり説明してる暇もないんだ!!
目の前まで近寄った俺は、もう無理矢理、力で押し退けるしかなかった。
一歩前に出ていた男性の方の体を、手で押して遠ざけさせる。
「ちょっと……何をするんだ!!」
だが、男性も黙っていられるわけはなく、俺の手を振り払う。
それでも俺はがむしゃらに対抗し、今度は全力で男性を突き飛ばした。
「いいから……早く!!」
すると、男性はその場で尻餅を着き、俺を睨みつけるが……
「痛って……何なんだおま──」
「ねぇ、待って!! あれ!!」
「あぁっ!?」
ここで、ようやく女性が、こちらに向かって倒れてくる巨大なフリーフォールの支柱の存在に気付いた。
しゃがみこむ男性の肩を叩き、慌てて上を指差している。
「な、なんだありゃ!?」
やっとの思いで、男性の方も自分達の置かれている危機的状況に気付き、これで一安心。
あとはここから逃げるだけ……かと思いきや、今度は新たな別の問題が発生する。
「──えっ……こうちゃんがいない……」
さっきまで女性の横にいたはずの、子供の姿が見当たらないのだ。
くそっ……なんで子供の手をしっかりと握っていないんだよ!!
オレンジのレインコートを着た、3歳児くらいと思われる男の子は、俺達がじゃれあっているように見えたのか……
親の目を盗んで、行ってはならない道路の先へと、1人で勝手に進んでしまっている。
「へへぇーん。こっちだよー」
「ぐっ……間に合え!!」
俺は助走をつけて、男の子を救うために飛び込んだ。
もう支柱は、俺の頭上の連絡通路とぶつかる直前だ。
俺はこの時、悟った……
あぁ……ここか……俺の死に場所は……




