第74話 “奇跡”
今から飛び込んでも、どう考えても間に合わない。
ましてや、距離的にも男の子に届くかどうかすら怪しい。
それでも俺は、体が勝手に反応し、無我夢中で飛び込んでいた。
すると、まるで時が止まったかのように……
辺りは突然、真っ白な何もない世界に包まれる。
──えっ……なんだこれ……?
俺の体は空中でダイブしたままだ。
それでもほんの僅かではあるが、少しずつ体は前へと動いている気がする。完全に静止したわけではない。
俺は右手に持っていた写真を離さぬよう、より一層手に力を込めた。
あぁ……そうか……死ぬ時って、こうなるんだな……これが走馬灯ってやつか……
なぁ、智……聞こえてるよな。
おまえ……“運命”って信じるか?
『──運命?』
あぁ、俺が今日……死ぬかもしれないっていう……運命だ。
『そういう話か……そうだなぁ……残念だけど、運命はあるものなんだと、俺は思う』
そっか……じゃあだめか。俺も……
『でもよ……おまえ達はいくつもの予知夢と戦ってきたはずだ。今までそれは、全部うまく予定通りいってたか?』
いいや……うまく行かないことだらけだったよ。予知夢なんて、俺らの行動次第で、いくらでも変わるもんさ。
『なら……この運命も、変えてみろよ』
そんな……どうやって、こっから……
『じゃあさ、誠人。俺からも質問だ。おまえ……“奇跡”って信じるか?』
奇跡か……俺は信じるよ。
こうして、おまえと今話してるのも、奇跡みたいなもんだろ。
『そうか……なら大丈夫だ。誠人。おまえには運命を変えられる素質がある』
えっ……? どういうことだ?
『今から……奇跡を起こすんだよ。それが唯一……運命に抗える……方法だからな!!』
そう智が言い終えると、真っ白な世界は消え、いつも通りの世界が訪れた。
このまま元の世界に戻ったところで、どうやっても勢いは足りなく、間に合うわけがないはずなのに……
ここで突然、“誰か”が俺の体を──後ろから押した。
いや、正確には……突き飛ばしたに等しいか。
「ぐっ……」
そのおかげで、ありえない速度がついた俺は、瞬時に男の子のところまで到達し、抱きかかえることに成功する。
そして、俺の体はそのままの勢いで、数メートル先へと吹き飛ばされた。
──その刹那、背後に鉄の塊が落ちる。
これが奇跡かよ……
また随分乱暴な奇跡なもんだな……智。
そこには一瞬だけ、背を向けて笑顔でこちらを振り返る、20歳の大人になった智の姿が見えた気がした。
「奇跡には違いないだろ。じゃあな、誠人」
しかし、その姿が見えたのも、ほんの僅かな話で……
鉄の塊が落ちると同時に、智の姿は見えなくなり、いつの間にか俺の手元から離れていた写真が、ヒラリと宙を舞いながらそっと地面へと落ちた。
「智……!!」
男の子は何が起きたのか分からず、唖然としている。
俺は落ちた写真を手に取り、メッセージが書かれた裏面を向けた。
「今思い出したよ。今の俺なら、すべて分かるよ……すべて……ありがとう! 智」
そう俺が語りかけたところで、もう写真からは智の意識や言葉、あの温もりすらも一切伝わって来ず、何の返答もない。
そうか……終わったんだ……これで。俺達の悪夢との戦いは。
・・・
このようにして、夏の夜に起きた、ジェットコースター脱線事故。
その大事故は、俺達や警察の協力もあり、死傷者は0、怪我人すら0に終えることができた。人への被害は全くもって出なかったのである。
だが、その裏にあった俺らの予知夢による活躍が、公にされることはなく……事件の真相を知る者は少ない。
後に危険地帯を封鎖していた警察は称賛されたけれども、その地帯を守りきった理由は明かされぬまま。
これは俺達しか知らない真実。
俺達だけが知る……夏の思い出だ。
人々はこれを──“奇跡”と呼んだ。
・・・
──それから約1ヶ月後。
夏の終わりを告げる、8月31日。
俺達3人は、地元埼玉に集まっていた。
「あれから悪夢……まったく来ないな」
「終わったのよ。私達の悪夢は。何よ勇次、寂しいの?」
「ん~……ちょっとな」
あれほど散々、悪夢で悩んでいたというのに……
今となっては、無くなったことが、寂しくすら感じてしまう。
「まぁまだ1ヶ月しかたってないし、そのうちまた悪夢がやって来る可能性も……」
「往生際が悪いわね! 悪夢はないことに越したことないでしょう! こうやって、平穏な日々をこれからは過ごしていくのよ」
「ちぇっ……つまんねぇーでやんの!」
悪夢とは……“悪い夢”のことだ。
だから無くなることは、本来喜ぶべきはずのことである。なのに……
こうも寂しく思えるのは……もう智には会えないから……なのかな?
「すみませーん! ここで1枚写真を撮ってもらえませんか?」
「は、はい……いいですけど……こんな何もないところでいいの?」
「いいんです。ここが私達の思い出の場所なんで!」
そりゃ、単なる通行人には、ただの“空き家”にしか見えないよな。
けど……ここは、俺達の大切な場所なんだ。
「じゃあ、撮りますよ」
「イェーーイ!!」
「ちょっと……あまり押さないでよ! 勇次!」
「はははっ! いつまでも変わらないな、2人は!」
「──はい、チーズ」
でも、大丈夫だ。もう寂しくなんかない。
だって、いるんだろ? 俺の隣に。
“あの写真”と同じように……
いつまでも隣に──おまえはよ。
※次回、エピローグ。最終話となります。




