第71話 “ズレ”
ジェットコースターの搭乗場所は4階に位置しているため、1階を封鎖しておけば、搭乗場所に行くことは不可能と踏んでいたが……
実は、4階には従業員のみが通れる、別通路が存在したのだ。
同じく4階にある園長室の窓から、ジェットコースターを眺める大原は、してやったりとほくそ笑んでいた。
「誰が諦めるものか……ただでさえ警察のせいで、イベントの客足が伸び悩んでいるんだ。今日のイベントは決行するぞ!」
9時02分。
2分遅れで、イベント開始時に流れる音楽が鳴り始める。
ジェットコースターに明かりが点灯した。
この時点ですでに、コースターは最高地点に到達している。
芽依と金子は、大急ぎで階段をかけ上があった。
「どうやって……誰がジェットコースターを……」
「さぁ……分からないけど、警部補は園長を説得できなかったのか!?」
階段の2階と3階の間の階段付近で、若い男性スタッフと2人はすれ違う。
金子はそのスタッフに警察手帳を差し出した。
「警察だ! 君……こんなところで何をしている!」
「えっ、警察!? 俺はただ、園長に頼まれてジェットコースターを動かすよう言われて……」
「なんだと!? 今すぐ止めるんだ!」
「止めるって言われても園長命令だし……」
「いいから早くしろ!!」
「後で怒られたくないから、あなた達で勝手にやってくださいよ……鍵は貸すので──」
事の重大さを知るわけもないスタッフは、気だるそうにして鍵をズボンのポケットから取り出す。
その鍵が見えた瞬間、芽依は手を伸ばし、スタッフから鍵を取りあげた。
そして、そのまますぐに階段をかけ上がっていく。
「ジェットコースターは私が止める!! 園長が何か裏で動いているのかもしれない!! 金子さんは他のアトラクションの安全を確保して!!」
「……分かった!!」
芽依の迅速な対応により、金子はこの場を芽依に任せる。
金子は反対に階段を下り、誠人が本来いるはずだった、コースターの一部が落ちると言われているメリーゴーランドのもとへと走った。
「何なのよ……この私の悪夢は……ちっとも役に立たないじゃない!! だったら初めから搭乗場所の4階にいなさいよ!!」
芽依はそう文句を垂れたが、悪夢には警察の存在や、園長にイベント中止を求めるような出来事はなかった。
その新たな動きにより、芽依の予知夢にも変化が訪れているのかもしれない。
更に、過去に起きていた悪夢は、幾度となく誠人達の予想を上回り、あらゆる手段で襲ってきていた。
それらをいつもギリギリのところで凌いでいる。
やはり悪夢を完璧に防ぐことは、至難の技のようだ。
園長室から監視する大原は、自らの指示に従わないスタッフの面々に、苛立ちを覚えていた。
「なぜ、ジェットコースターに続いて、他のアトラクションが動き出さない……照明だって点いたままじゃないか……」
いくら責任者がインカムで指示を出しても、所詮はその場のスタッフは雇われたバイトの身だ。
警察の指示に逆らうわけがない。きちんと警察の言いつけを守っている。
「さては、警察が絡んでいるな? 誰がそんなもの許可した……現田め……すべてはヤツの仕業か!!」
大原は、これでも現田の意向を汲んだつもりだった。
口は悪くとも、決してこの男は悪人ではない。すべては遊園地の経営のためを思ってのこと。
大原は現田から、“ジェットコースターで事故が起きる”としか、知らされていなかったのだ。
コースターが脱線した後、フリフォールに直撃し、事故が連鎖する事実を彼は知らない……
もちろん、現田も必死に大原に伝えようと努めた。
だが、いくら伝えようとも、大原は現田を煙たがり、聞く耳をまるで持たなかったのである。
そのため、大原は……
『ジェットコースターで事故が起きるのならば、ジェットコースターに人さえ乗っていなければ、差し支えないのでは?』
──そう考えていた。しかし、問題点はそこではない。
やっとの思いで、芽依は4階へと辿り着く。
そして、電話ボックスに似た、ガラス張りの操作室の鍵を開ける。
装置の使い方など、芽依には一切分からない。
けれども、誰が見ても分かるように、緊急停止ボタンとは備えつけられているものだ。
芽依の視界には真っ先に、赤で彩られた丸いボタンが飛び込んできていた。
「──これだわ!!」
芽依はそのボタンに手を伸ばす……
が、ジェットコースターの始動に気付くまでのタイムロスが響いたのか……
あと僅かといったところで、最高速の時速130キロに到達していたジェットコースターは……
脱線し、宙を舞った。
実際問題として、スタッフの日常点検による落ち度はなかった。機体チェック、閉園時にはテスト走行……いずれも問題なし。
しかし、問題があったのは機体の方ではなく……“レール”。
更に、不運なことに本日の天候は、“雨”だ。
予期せぬ事態とは、いつくもの不運が重なるもの。
老朽化していたレールの上を走るジェットコースターは、最高速度でコース一番のカーブを曲がりきる際、雨でスリップし……脱線を引き起こしたのだ。
「う、うそ……間に合わなかった……」
芽依がボタンを押した頃には、すでにコースターは脱線した後だった。
今更押したところで、ブレーキがかかるわけがない。
「ごめん……誠人、勇次、ゲンさん……私……私!!」
芽依の頬には、大粒の涙が伝った。
・・・
一方、コーヒーカップ付近にいた勇次。
勇次の目には、空飛ぶジェットコースターの姿が映っていた。
「おい!! だめだったのかよ!!」
勇次は前にあるトイレを見た。
トイレはすでに立ち入り禁止となっているため、中に人はいないはず。
しかし……
その立ち入り禁止マークの深い意味を知らない、制服を着た男子高校生が、傘もささずにトイレへと直行していたのだ。
「あった! トイレ! 漏れる漏れる! って……まさかの清掃中!?」
膀胱爆発寸前の彼は、立ち入り禁止などお構い無し。
脇目も振らず、トイレの中へと入って行こうとしている。
「おい、危ないぞ!! それ以上近づいちゃだめだ!!」
勇次はビニール傘をその場で投げ捨て、すかさず止めに入った。
がっちりと男の子の背中を掴み、右方向へと移動させる。
「えっ、お兄さん何すんの!? ちょっとぐらいいいだろ! 清掃中だって!!」
「あれは清掃中の意味なんかじゃねぇ!! 死にてぇのか!!」
「死にたいって……そんな大袈裟な」
男の子が『何言ってるんだ』、そう呆れていると……
上空で凄まじい激突音が響き渡った。
「えっ……」
「伏せろ!!」
勇次は男の子の上から覆い被さり、身を低くする。
そして、その僅か数秒後。衝突により分裂したコースターの1台が、トイレの左側へと落ちた。
コースターは男子トイレがあった位置に落下しており、トイレの天井や壁が粉々となって、破片が辺りに飛び散っている。
だが、勇次が身を低くさせたことが功を奏し、お互い無傷で済んでいた。
「大丈夫か!? おまえ!!」
「大丈夫だったけど……大丈夫じゃないかも……」
「はっ?」
男の子に怪我はなかったものの、今の衝撃的な出来事により、どうやら小便をちびってしまっていたようだ。
「ばか野郎! 命が無事だったんだ。そんなもん我慢しろ!」
勇次は男の子の頭を軽く叩き、ゆっくりと起き上がった。右手の甲で額の汗と雨粒を拭う。
「ふぅ……危ねぇ……誠人の言ってた通りだ。トイレの左に落ちるって言ってたからなぁ。けど……」
誠人の話だと、トイレには直撃せず、左の道端に落ちるということだった。
しかし、コースターは左にあった男子トイレの位置まで到達し、トイレは半壊している。
「誠人の悪夢と多少の位置ズレがある……誠人……本当におまえ……大丈夫なのか……?」




