第69話 “ラストチャンス”
俺は散々言い続けてきた。
この悪夢には──“意味”があると。
その意味も、ようやく分かった気がする。
俺達は……今回の事件を防ぐために、今まで戦っていたんだ。
いち早く予知夢に目覚めた智を救えなかったことを、勇次は悔やんでいたが……
今はもう、へこたれている場合ではない。
目の前にある事件に全力を尽くし、智の分まで戦わなければならないはずだ。
勇次だけでなく、全員がそのことを分かっていた。
俺達はそう、更に結束を固めたところで、その日は解散する。
恐らくこれが最後となる、悪夢の事件だ。
俺はその夜……またしても同じ夢を見ることになる。
ーーー
この日も同じ場所から、俺の悪夢は始まった。
21日から今日まで、これで3日連続だ。
明日の24日が、この夢の事件当日となるため、今回がラストチャンスだろう。
もうメリーゴーランドの上や、コーヒーカップ付近に落ちるコースターの位置も把握している。
あとはフリーフォールの支柱が倒れる、その位置だけだ。
『何度やっても間に合わないんだよな……だったら……』
俺は芽依が言っていた言葉を思い返した。
“無理なものは諦めて、別の方法を取る”──と。
俺は支柱が倒れる連絡通路とは見当違いの方角の、ジェットコースター乗り場へと一目散に走った。
『これも芽依が下見の時に言っていた! 乗り場の階段を昇れば、連絡通路が見えてくるって!』
連絡通路までの道のりは遠くても、ジェットコースター乗り場なら比較的ここから近い。
『頼む……悪夢……終わらないでくれ!!』
俺は無駄だと知りながらも、悪夢に願いを込めた。
それがどんなに惨い結末でもいい……
一生のトラウマになってもいい……
だから……悪夢よ終わらないでくれ!!
俺にどうか悪夢の続きを……結末を教えてくれ!!
全力疾走を続けた俺は、なんとかしてジェットコースター乗り場の階段へと辿り着いた。
ジェットコースターの搭乗場所は4階にあるが、この時点ですでに、俺の足は吊りそうだった。けれど、それでもノンストップで階段をかけあがっていく。
『そういえば、このジェットコースター乗り場……屋根がついてるな。だからか! 芽依の悪夢で雨が降ってないと錯覚していたのは!』
ここに来て、芽依の悪夢の天候の違いに今更ながら気付く。
しかし、もはやその情報はたいした情報でもない。必要なのは、支柱の倒れる位置のみだ。
俺は階段横の柵から、外を覗き見た。
ここにある柵は、少しでも待機の人の退屈を凌ぐためか、外が見える作りになっている。
今いるのは2階……まだここでは連絡通路付近の景色は見えてこない。
俺は横目で外を見ながら、そのまま3階にあがっていく。そして、その時……
『──見えた!!』
僅かではあるが、倒れていく支柱を確認することができた。
だが、見えたのは支柱の一部と、その連絡通路と球場の外周にいるであろう、何百といった数の人だかりだけ……
──ここで、俺の悪夢は終わりを告げる。
ーーー
「はぁ……はぁ……分かった。なんとかギリギリ見えたぞ。倒れるのは一般道路ではない……“連絡通路”の方だ!!」
・・・
24日当日。夜7時半。
待ち合わせ場所は前回と同じ、噴水広場の前。
俺達3人と、ゲンさん、金子さん、全員が一度集結する。
「──前回との相違点は、こんなところです」
早速俺はゲンさんに、新たに分かった被害場所を伝えた。
「そうか。分かった。記憶しておくよ」
「けど、ゲンさん……やっぱり遊園地の閉鎖は無理だったみたいだね……」
またしても、警察の要請に園長の大原は応じなかったらしい。
遊園地は普通に営業しており、園内には人が大勢いる。
「あぁ……君達も週刊誌の件は知っているだろう? あれが尾を引いてな……中々園長も要求を飲んでくれやしない」
やはりそうか……
あの週刊誌に載ったマイナスイメージは、かなりの悪影響を与えていたようだ。
「──そうだ勇次。おまえ、野球に詳しかったよな」
「まぁ人並みにはな。それがどうした?」
実のところ、俺は昨日の悪夢で、更なる発見をしていた。
その点について、勇次に尋ねる。
「さっきみんなに話したように、悪夢の中で、チラッと連絡通路が見えたんだ。そこには信じられない数の人がいた気がして……」
「ん? それと野球の、どう関係が?」
「いや、前回の20日の時……あの時は、連絡通路を封鎖していたにせよ、あそこまで人は溢れてなかった気がしたんだ」
「そういう話か。前回は別の球場で試合をやってて、東京球場は使ってなかったみたいだからな。だが、残念ながら今日はここで試合が開催される日……球場には大勢の人が集まっているに違いない」
東京球場の収容人数は最大5万人だ。
すでに学生達は夏休みに入っているし、今日もさぞ満員となっていることだろう。
しかし、それを聞いても俺にはまだ疑問に残る点があった。
その点について、再度勇次に尋ねる。
「それはまさに残念な話だけど…….そんなに野球の試合って早く終わるもんなのか? 試合中なら、そこまで外に人がいることもないと思うんだけど……」
「基本ナイターの場合だと、夜6時から試合が始まって、終了まで平均3時間半くらいはかかる。でも、稀にあるんだよな……エース級同士のピッチャーの投げ合いで、誰も打たないもんだから、3時間切るほど早く終わっちまう試合がよ!」
「じゃあ……それが今日……」
「かもな。不運にも、その日に当たっちまうのかもしれねぇ」
最悪だ……そのせいか。
悪夢の中で、球場の外周や連絡通路に、人が溢れかえっていたのは……
どうしてこうも、不運は重なってしまうのか……
俺がそう肩を落としていると、今の話を隣で聞いていたゲンさんは、更なる悲報を俺達に告げる。
「だとしたら、余計厳しい状況になるかもしれないな……今回は2回目とあってか、前回ほど人員を用意できなかった。最低限の配置しかできない……一般道路の封鎖などは、厳しいかもしれん」
警察の方も人手不足か……まぁそれもそうだよな。
ゲンさんや金子さんみたいに、全面協力してくれる方のが珍しい。
ましてや、事故が起きる証拠は何ひとつないんだ。
僅かでもいてくれるだけ、ありがたいと考えるべきか。
球場からの溢れ出る客……警察の人員の少なさ……不安要素はいくつもある。
それらを知った上で俺は、あるひとつの決断を下す。
正確には、決断と言うより──“決意表明”と呼べるのかもしれない。
「なぁ、ゲンさん。ひとつ提案があるんだ。本来俺が夢でいた位置は、メリーゴーランドの前だった……でも、そこは警察の人に対応してもらえれば、なんとかなるはずなんだ。だから──俺の持ち場は、支柱の倒れる“連絡通路”にさせて欲しい」
元々その危険な位置は、ゲンさんと別のもう1人の刑事さんが、対応する場所のはずだった。
その場所を、警察以外の素人の人間に変更するとは……
ゲンさんは真っ先に俺の意見に反対した。
「いや……だめだ。その場所は一番危険が伴う場所……ここは我々に任せて、誠人は元の位置にいるんだ」
ゲンさんのことだ……そう言うと思ったぜ。
でも、ここは折れるわけにはいかない……
どんなに危険が待っていようと……ここは俺がやるしかないんだ。その理由だって、ちゃんとある。
俺は闘志を剥き出しにし、気持ちの全面をゲンさんにぶつけた。
「いや、行かせてくれ!! 俺にやらせてくれ、ゲンさん!! 俺は昨日の悪夢で、支柱が倒れる位置を見ている。俺以外、その倒れる位置を見た者はいない! だからこれは……俺にしかできないはずなんだ!!」
警察の人では、支柱が倒れる位置は分からない。
そうなれば、ここは危険が迫ろうとも、俺がいるべき場所であるはずだ。
ゲンさんは、じっと俺の目を見た。
俺は一切目を反らさず、意思を貫き通す。
正直、自分でも驚くくらいに、この時の俺は頑固だった。
でも……これだけは何があっても譲れない。
普段とはまるで違うであろう俺の姿を見たゲンさんは、ぼそりと呟いた。
「君も……持っていたんだな? 鋼の意思を」
「……あぁ!! もちろんだ!!」
ゲンさんはそう言って微笑み、渋々俺の意見を──飲んだ。
「だったら任せよう。誠人!! 君の持ち場は私と同じ、連絡通路の前だ!!」
「了解!! 恩に着るぜ、ゲンさん。俺が智の代わりになって……必ず全員を事故から防いでやる!!」




