第20話 “幸せ”
自殺未遂で済んだ女性は、救急車で運ばれることとなった。
俺達3人は、救急車到着までに彼女と会話を交わす。
彼女はやはり俺らとそう年齢の変わらぬ、大学生だったようだ。
どうやら高校時代まで散々、いじめにあってきたらしい。大学に入れば何か変わるかと思ったが、中々友達もできず、人生に嫌気がさしたのだそうだ。
それにしても、自殺だなんて……
でも彼女は、俺らが助けてくれたことにとても感謝をしていた。
生きるという幸せを今、感じているのかもしれない。
きっと彼女はこれから生まれ変わることだろう。
世の中には生きたくても生きられない人がたくさんいる。
生きているだけで幸せなことなのだから。
それに気付いた彼女に──もう怖いものなどない。
・・・
時刻は深夜3時すぎ。
もちろん電車は走っておらず、とりあえず俺達はファミレスで始発まで待つことにした。
何だかすごい疲労感だ……
とてもじゃないが、いつものように居酒屋で酒を飲もうだなんて気分ではない。
「だめだ……すごく眠い……めっちゃ疲れた……」
ドリンクバーだけ頼んだ俺は、テーブルの上に顎を乗せて、ぐったりとしていた。
「私もよ。何か食べようかとも思ってたけど、全然お腹が空かない……」
どうやら芽依も疲れきっている様子だ。
確かに、これだけ精神的にやられれば、ご飯など喉が通るわけないだろう……
──勇次を除いては。
あいつは信じられないことに、ハンバーグステーキを、がっつくようにして食べていた。
「そうか? 俺は全然食えるけどな! 逆に腹が減って仕方がねぇよ!」
人の疲れの出方も、その回復方法も、人それぞれだと言うことを俺は知る。
「割かし俺は家から近いけど、誠人に芽依は大変だな。今日は大学どうするんだ? 俺は休むけど」
勇次は口一杯に肉を頬張りながら、俺らの心配をしていた。
今俺達がいるのは千葉県だ。
埼玉に帰らなければならないが……もう、今日は何もする気力がない……
「俺も休むよ。さすがに無理だ……今日は」
「私は休んでばかりいられないし……少し寝て、午後からでも行こうかな」
さすが勤勉な芽依だ。根性あるな。
俺は今回の事件で、学んだ事が多くあった。
総括として、2人に話したいところだが、今はうまく頭が回らない。
後日、また直接会って話した方がいいだろう。
更に俺は悪夢の、ある重要な法則に気付いていた。
これはあくまで俺の推測でしかない。しかし、間違っていないと思えるのは、なぜだろうか。
まぁいずれにせよ、これも今話すべきではないな。すべては次の機会に話すとしよう。
この後に、何かしらの会話はあったはずだが、俺の記憶には、ほとんど残っていなかった。
なぜなら俺の眠気はピークに達しており、ほぼ寝た状態となっていたからだ。芽依も目がうつろになっている。
あまり会話も弾まないまま、始発の時間を迎え、各自解散することとなった。
・・・
──その週の土曜の夜。
俺達は、またあのバー・“眠れる羊”に集合する。
俺がまた奥の個室に案内されると、やっぱりいつもの如く、勇次は先に来ていた。
「よっ、誠人!」
「あれっ? 芽依は?」
「遅れるってよ。何でも、この前の大学生の女の子がいる病院に寄ってから来るらしい」
芽依は本当に心の優しいやつだ。
事件当日、俺らの知らないところで、何やら彼女からひどいことを言われたみたいだけど、まったく気にしていないらしい。
そればかりか、入院する彼女の見舞いにも行き、今じゃすっかりお友達とのことだ。
──それから数分後。芽依が遅れてやってきた。
「お待たせしたわね」
俺は芽依に席を譲り、勇次の隣の席に移動する。
もう最近はこれが俺達の飲み屋でのフォーメーションである。
「どうだった? 元気にしてた? 彼女」
芽依ほど親切にはできないが、俺だってあの子が心配だ。
「えぇ、すっかり元気よ。たいして怪我もなかったけど、しばらくは気持ちを落ち着かせるために入院が必要みたい。それに会いたがってたわよ。あの子、誠人に」
「──えっ、俺?」
きょとんとする俺に、勇次が割って入る。
「俺じゃなくて誠人にか!?」
「そうよ、誠人に。もしかして彼女、誠人のこと気になってるんじゃない? 付き合っちゃえば?」
楽しそうに芽依は俺をおちょくるようにして、彼女を推薦してくる。
「いや、俺は何とも思ってないし……」
「なーんだ。そう。つまんないの」
芽依は口を膨らませ、俺から視線を反らす。
何だろうな……
さっきの芽依のあの楽しそうな表情が、俺には少しだけ悲しく思えていた。




