第144話 判断
マリルタを出て山の麓に広がる森を北東に進んだカリオス達一行は、日が傾き始める前に休憩できる場所を探し始めた。
先行して周囲の様子を見に行ったミノーラの案内で、エーシュタルへと続く道の傍にある小さな広場を見つけた4人は、そこで夜を明かすための準備を始める。
次第にオレンジに染まり始めている空を見上げたカリオスは、幸い天候が崩れることは無さそうだと胸を撫でおろした。
マリルタでは雨に打たれてばかりだったので、当分は勘弁してほしい。そんな彼の気分が天候に影響を与えることは無いのだが、否が応でも願ってしまう。
「おい、ベッドはこんな感じで良いか?」
「う~ん、あまり太い木の枝を混ぜない方が良いと思う。布を突き破ったら嫌でしょ?」
「それもそうだな、もう少し柔らけぇのを探してくるから、ちょっと待ってろ。」
そんな会話を交わしているオルタとタシェルへは眠るための簡易的なベッドを作っているところだ。
森の中へと入って行ったオルタが周囲を見渡し、何かを拾い上げているのが見える。あの図体では、たとえ森の中であろうと、彼を見失うのは難しそうだ。
そんなことを考えたカリオスは、この場にいないミノーラへと思いを馳せる。
『そういえば、狩りに出てしばらく経つな。もうじき戻って来てもおかしくないか。俺もそろそろ自分の仕事をしよう。』
広場の真ん中にある焚火跡に足を向けたカリオスは、オルタが集めてきた枝を並べ、腰のポーチから鉱石を全て取り出す。
慣れた手つきで焚火を起こしたカリオスは、鉱石の幾つかを火の中へ放り込み、残った鉱石の半分を焚火の周囲に並べた。
焚火の中に放り込んだものは光のエネルギーを、周囲に並べたものは熱のエネルギーを蓄積させている。
そうして、手元に残った鉱石を手に、地べたへと座り込んだカリオスは、その辺にあった石ころで鉱石を叩き始める。
『ハンマーでも準備してた方が良かったな。』
拾った石での作業に不便を感じたカリオスは、そんなことを思いながら黙々と鉱石に力のエネルギーを蓄積させていく。
こう考えると、やはりサーナの技術力は相当高いのだろう。
右手の籠手に目をやりながら、自身の作業を顧みたカリオスはあまりに広い技術力の差を嘆き、ふと気づく。
『そういえば、ミノーラの首輪は影の精を吸収してたんだよな。それってつまり、マイナスの光エネルギーを蓄積したって事か?どうやったんだ?そもそも、俺がいつも鉱石に蓄積してるエネルギーは全部プラスの性質だよなぁ。』
しばらく考えてみたカリオスだったが、明らかに足りない知識を総動員しても到底敵わないと、すぐに諦め、無心で鉱石を叩き続けることにした。
オルタが森から戻り、全員分のベッドが出来上がったことをタシェルから報告された時、ミノーラ戻って来た。
「お待たせしました。今日は猪を狩って来ましたよ!」
茂みから顔を出したミノーラの言葉を聞き、カリオスは彼女の言わんとすることを察して立ち上がる。
ミノーラが猪を狩ることが出来ても持ってくることは難しいだろう。つまり、オルタとカリオスで運ぶ必要がありそうだ。
すこし体を動かしたいと考えていたカリオスが森に向けて歩き出そうとした時、ミノーラが疑問を投げ掛けてくる。
「カリオスさん、どうしたんですか?」
『は?』
茂みから姿を現した彼女と、彼女の尻尾の先に引きずられている猪を見て、カリオスは呆けてしまう。
そんなカリオスを不思議そうに見ながらも、ミノーラは猪を焚火の傍へと引きずって行った。
「ミノーラ、どうやって引きずってんだ?」
恐らくカリオスと同じ疑問を抱いたのだろう、ミノーラの尻尾にくっついて離れない猪を凝視しながら、オルタが尋ねる。
その質問に、ミノーラは嬉しそうに話し始めた。
「島でキュームさんを取り込んだおかげで、尻尾に色んな物を引っ付けることが出来るようになったんです。結構便利なんですよ?どこかにぶら下がったりもできますし。」
彼女の話を聞き、カリオスは思う。
『なんていうか、ミノーラって案外器用だよな。』
この分だと、彼女は熊などの大型の猛獣でさえ狩って来そうだ。
カリオスは、その光景を容易に想像してしまい、思わず苦笑する。
『影に潜り込んだり、尻尾で物を引っ張ったり。やっぱり首輪の力だよな。』
先ほど抱いた疑問を再び思い出したカリオスは、改めて考える。
理屈は到底分からない。ならば、なぜサーナがこのようなものを作ったのか。
視点を変えて考えてみたカリオスだったが、どう考えても『便利だから』としか思えず、結局思考を断念する。
「オルタさん、鍋ってありましたっけ?そのまま焼いても良いけど、少し煮込んだ方が良いでしょう?」
「おう、一応持って来てるぞ。」
食事の準備を始めているオルタ達の様子を見たカリオスは、準備を手伝おうと焚火へと向かおうとした。
その時だった。
「どうしてここに!?」
唐突に、ミノーラが大きな声で叫んだかと思うと、猪を置いて再び森へと走り込んでしまった。
突然の事で何が起きているのか分からないカリオス達は、お互いに顔を見合いながら待つしかできない。
彼女が飛び込んで行った茂みを見つめていると、何か小さなものを背中に乗せたミノーラが戻って来る。
『何があった?』
思わずペンを取り出し、メモに疑問を書きなぐろうとしたカリオスは、ミノーラの背中で震えている少年を見て、事態を把握する。
『クラリスの兄弟?兄貴だったか?なんでこんなところにいるんだ?って、考えるまでも無いか。』
恐らく、カリオス達を追いかけてきたのだろう。手足の至る所に傷を作っているその少年は、半べそをかきながらもミノーラの背中から降りると、仁王立ちした。
「クリス君?どうしてここに?」
少年に駆け寄りながらタシェルが言う。クリスとは少年のことだろう。
「すみません、さっき彼の血のニオイに気が付いたので、思わず飛び出しちゃいました。」
クリスの隣でミノーラが申し訳なさそうにしている。
「ううん、ミノーラは悪くないよ。クリス君、どうしてこんなところに居るの?危ないでしょ?」
ここはタシェルに任せようとカリオスが視線を外しかけた時、クリスがムスッとした
表情のまま声を荒げた。
「俺も連れて行け!」
明らかにカリオスへと向けられているその鋭い視線に、一瞬意味が分からなかった
カリオスだが、昨日のことを思い出し、納得する。
恐らく、決定権を持っているのがカリオスなのだと勘違いしているのだろう。
『それは大きな間違いだな。クリス。俺に決定権があると思うのか?』
そんなことを思いながら、他の3人を見渡したカリオスは、判断を仰ぐような視線に気づき、勘違いしているのが自分の方だと思い知る。
『あー……マジか。』




