第137話 人質
「うおおおおおおおお!」
痛む身体を忘れ、オルタは声を張り上げる。
視界の端でカリオスが倒れ込んだことに気が付くが、目の前の二人から目を離すわけにもいかない。
両手の拳を握り締めた彼は、二人に対して全力の威嚇をしながら、声を張り上げた。
「まだやるかっ!」
ふらつく体をごまかしながら、虚勢を張る。正直、既に体が限界だ。
「まだやるか、って、お前、もう限界だろ?俺たちに掛かれば、簡単に捻り潰せるんだぜ?だが……。」
得物を構えている男が、地面に突っ伏しているもう一人の男へと目を向けながら、ため息を吐く。
「こんだけ暴れても、ミノーラが出て来ない。となれば、今この場に居ねぇんだろ?なぁ、オルタ。その上、お前はその居場所を言うつもりはねぇってわけだ。」
男の言葉に図星を付かれたオルタは、焦りを隠そうとするが、本当に隠しきれたのかどうかは自身が無い。
そんなオルタの様子を見た女が、言葉を続ける。
「ウチ、やっぱりお兄さんに興味が湧いたんだけど、連れていくのは難しいのよねぇ。あ、だったらさぁ。お兄さんたちが私たちのところに来ざるを得ないようにすれば良いんじゃない?」
「はぁ?興味が湧いた?何バカなこと言ってんだ。と言いたいところだが……俺もその案に賛成だな。情報なしで帰れば、また失態だと言われちまうからなぁ。さーて、どうすればオルタは俺たちを追って来るのやら……。」
不穏な話を続ける二人に、オルタは歯を食いしばる。この二人が何をしでかすのか、予想が付かない。
どんなに極悪で、卑劣で、残忍な発想をしているのか見当がつかないからだ。
そんな二人を睨みつけていたオルタは、ふと、男の視線が彼自身のそれとかみ合っていないことに気が付く。
まるで、もっと遠くの方、オルタの後ろの方へと目を向けているようで、その様子は、捜しているようだ。
「何をするつもりだっ!」
二人に行動させてはいけないと感じ取ったオルタは、がむしゃらに拳を振り上げ、二人の元へと殴り込んだ。
男の顔面目掛けて振り抜かれた彼の拳が、空を切る。
咄嗟に反撃を警戒したオルタは、身をかがめ、大きく横に距離とを取る。
しかし、反撃を繰り出したのは女の方で、振り上げられたハンマーを目にしたオルタは、両腕を振り上げ、女の肘に掴みかかる。
「あら、大胆ね。」
「うるせぇ!」
ハンマーを振り下ろさせまいと両腕に力を込めながら、周囲に目をやった彼は、男がいないことに気が付く。
すぐさま集落の人々の方へと目をやると、既に男と交戦中だった。
銛や網で男の動きを妨げようとしているようだったが、全く歯が立っていない。
繰り出される男のナイフが、幾人かの首を掻っ捌き、鮮血が飛び交う。そんな様子を見た集落の人々は、瞬く間におじけづき、腰を抜かしてしまっている。
全然だめだ。
オルタは改めて自覚する。
今のままの力では、誰かを守ることなどできない。
あまりに理不尽な光景を目の当たりにした彼の心が折れかけた時、さらに追い打ちをかけるような光景が目に映る。
「クラリス!」
男はクラリスを見つけると、容赦なく髪を掴み、自身の元へと引き寄せた。
クラリスを守ろうとしていた若い女性が声を上げるが、男のナイフによって、無残にも切り捨てられる。
「クラリスを返せ!」
ジルと呼ばれていた女性が銛で襲い掛かるが、男は見向きもせずに突き出された銛をいなしてみせると、クラリスを担ぎ上げ、そーっと彼女の首筋にナイフを添えた。
その途端、その場の誰もが動きを止めざるを得なくなる。
当のクラリスはというと、口を押えられ、声を出すこともできないままに涙をこぼしている。
「くっ……」
「はっははははは。なぁ、どうだ?このガキを俺たちが連れて行けば、お前らは追って来るんじゃないか?なぁ、どうだ?別の奴の方が良いか?教えてくれよオルタ。こればっかしは、お前に決める権利をやろう。ただ、早めにしてくれよ?こっちも暇じゃないんだからな。もうそろそろ夜が明ける。俺は腹が減って来ちまった。」
誰も手出しをできないのを分かっているのか、男はニタニタと笑みを浮かべながらオルタの元へと歩いてくる。
「観念したらどうかしら?」
今まで必死に抑えていた女の腕が、より一層重たくなる。
恐らく、オルタの身動きを取れなくすることが女の役目だったのだろう。
今までの比ではないほどの力で押し返された彼は、為す術も無く、左肩にハンマーの強打を受けた。
「ぐあっ!」
ひざを折り、地面に突っ伏した彼は、再び立ち上がろうとする。が、そんな彼の背中を女が踏みつけにした。
その重みで身動きを取れないオルタは、口中に広がる血液と砂の入り混じった苦みを感じながら、涙をこぼす。
ついに目の前まで歩いて来た男は、ゆっくりとかがむと、オルタの顔を覗き込みながら言った。
「おいおい、なに泣いてんだ?泣きたいのはこの嬢ちゃんの方だぜ?どれだけあがこうが、お前はもう、失敗したんだよ。何人死んだ?なあ、なんで死んだんだ?それは全部、お前達のせいなんだぜ?分かってるか?なぁ、最後のチャンスだ。ミノーラの居場所を言え。」
今までに無いほどに低く、そして切れ味のこもったその言葉は、オルタの心に突き刺さる。
男に掴まれているクラリスが、目の前で涙を流し、オルタに向けて助けを求めている。
そんな彼女と目が合ったオルタは、再び歯を食いしばりながら、短く言葉を溢す。
「……必ず、助ける!」
両腕に力を籠め、起き上がろうとするオルタだったが、既に左腕に力が入らない。全く説得力の無いその姿を見て、クラリスは何を思うだろうか。
呆れるだろうか、絶望するだろうか、悲しむだろうか。少なくとも、喜ぶことは無いだろう。
「はぁ、答える気はないと、そういう事だな。分かった。分かったよ。俺はもう、お前に期待するのは止めるぜ。ミノーラに会ったら伝えておけ、ザーランドに来い。そこで待つとな。」
それだけ告げた男は、スッと立ち上がったかと思うと、片足を振り上げ、オルタの顔面目掛けて蹴りをぶち込んだ。
為す術も無く蹴りを受けたオルタは、視界と思考が揺らんでいくのを感じ、暗く深い意識の渦に呑まれるように、気を失ったのだった。




