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マナリウム ~私、狼だけど神様を目指しても良いでしょうか?~  作者: 内村一樹
第4章 狼と海の神

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第131話 火種

 初めに聞こえたのは、扉の開く音。恐らく、玄関扉を開けて建物へと入って来たのだろう。


 しかし、足音は聞こえなかった。


 玄関先で立ち止まっているのだろうか。


 カリオスがそのような推測をしたとき、廊下から声が響いてくる。


「おい!カリオス!出て来い!隠れられると思うなよ。今のうちに出てきて、ミノーラの居場所を吐けば、命だけは助けてやる。」


『……嘘つけよ。誰がそんな言葉信じるんだよ。』


 傍に転がっている遺体を横目で見たカリオスは、改めて扉を凝視し、呼吸を浅く、薄く抑えて行く。


 あの男が、どれほどの音を聞き分けるか、想像もつかない。


 歩く度に軋む床の音や衣擦れの音、微かな空気の揺れでさえ、見抜かれてしまうかもしれない。


 極限の緊張を保っていた彼の耳に、新しい情報が飛び込んでくる。


 ミシッという微かな音と、コンッという壁を叩くような音が一定間隔で鳴り始め、徐々にこちらへと近付いてくる。


 どうやら、男は歩きながら壁を叩いているようだ。


 迫りくる気配と音に、張り詰めたカリオスの心が、より引き締まってゆく。


「なぁ、俺は言ったぜ?隠れられると思うなと。お前を見つけるなんて、一瞬で終わるんだ。そうだな例えば……。」


 一拍、男が黙り込んだ。かと思うと、カリオスは突如増加する危機感を覚え、大きく横に飛び退く。


「この部屋とか。」


 扉の奥から聞こえていたこもった声が、一瞬にして鮮明な、そして間近で発せられたものに変貌する。


 閉じられたままの扉と、突如現れた男を確認したカリオスは、理解できない状況を放り出したまま、扉へと向けて駆けだしていた。


 しかし、彼の素人同然の行動が通用するわけも無く、扉に手がかかる前に、男の蹴りが彼の顔面に打ち付けられる。


 突然ブラックアウトした視界と、遅れて広がる痛み。鼻から垂れだした血液が口に入り、苦みと痛みで何とか意識を落とさずに済んでいる。


 二、三歩、よろめきながら後ずさったカリオスは、左手で鼻を抑えながら男を睨みつける。


「おいおい、逃げるからだろ?悪いのはお前だ。俺じゃあない。」


 薄闇の中おどけている様子の男。暗すぎて表情などは確認できないが、口調から笑っているように思える。


 逃げるタイミングと退路を奪われたカリオスに、男は言葉の追い打ちをかけてくる。


「逃げようとしてるところ悪いが、お前は本当に逃げるのか?俺はさっき言ったよな。ミノーラの居場所を吐けば、命は助けるってよ。命ってのはお前だけのもんじゃないんだぜ?」


 カリオスは男の視線が彼の背後に移ったことを認識し、言わんとしていることを理解する。


 つまり、この集落の人々のことを言っているのだろう。


 男がなぜ、集落の人々を人質にしてきたのか、カリオスには一瞬分からなかった。


 そこで倒れているザムスも、部屋の隅で怯えている5人の男女も、カリオスにとっては助ける対象では無く、赤の他人だ。


 そんな思考が頭の半分を埋め尽くしていることに、カリオスはすぐさま気が付いた。


 そう、半分。


 普段のカリオスらしい考え方が思考の前面に張り付いて、それ以外の思考が表に出ないようにしている。


 もしかしたら、男が述べた先程の言葉は、カリオス自身が抱えている葛藤に気づかせるための、罠だったのかもしれない。


 後ろの方、深いところで静かに燻るだけだった密かな思いが、カリオスの心をゆっくりとかき回し始める。


『あぁ。くそ。鼻が痛い。右腕も震えてるし。本当にやるのか?勝てるのか?』


 そんな弱音を頭の中で反芻しながら、彼は胸の内に宿る小さな火種を見つけ出した。


 余裕を滲ませている男が、一歩こちらへとにじり寄ってくる。それに合わせ、カリオスも一歩、後退した。


 背後で二人の様子を見ている5人が、小さな声を上げる。いつ状況が動くか分からないことに、不安や恐怖を抱いているのだろう。


『俺だって怖えーよ。でもな……。帰って来るかもしれないからな。』


 完全に諦めていた。


 ミノーラやタシェルが戻って来ることなど無いと。そう思っていたカリオス自身が、見つけた小さな火種に驚き、全身を震わせる。


 これを武者震いと言うのだろうか。


 帰って来たミノーラに、再びあのような光景を見せるわけにはいかない。完璧な結果は既に見込めないが、怯えて逃げ出すのは話が違うだろう。


『くそ。何か弱点は無いのか?』


 目の前の男に目をやるカリオスは、薄闇の中光る、男の衣服に目をやる。


 結局この衣服は何なのだろうか。何か特別な力があるのだろうか。それが、先ほど男が見せた瞬間移動と関わりがあるのだろうか。


 男を凝視していたカリオスは、不意に、ぼんやりとした光と共に、男が下へと消えてゆくのを目にする。


 それは、ほんの一瞬の出来事で、凝視していなければ気づかなかったであろう。


 次の瞬間、カリオスは背後に気配を感じる。


 咄嗟に前へと飛び退き、振り返った彼は、対応を誤ったことに気が付く。


「やっぱり、人質を取るならこうしないとな。ほら、こっちにこいよ。」


「嫌や!離せ!」


 女性の首根っこに短刀を添えている男が、女性の背後から声を掛けてくる。良く見れば、その他にいた4人は、既に息絶えているようだ。


 容赦も躊躇も見当たらない。あまりにむごいその光景に、奮い立たせたはずの闘志が萎みそうになってしまう。


 だが、火種が消えてしまったわけでは無い。これ以上の犠牲を許すわけにはいかないと判断したカリオスは、頭を回転させながら両手を上げた。


「ん?なんだ?どうした。」


 手のひらを見せ、少しずつ両手を上げるカリオスの様子をみた男が尋ねてくる。カリオスは言葉を話すことが出来ないと言う身振りを行ない、なんとかメモを取り出そうと試みる。


「あぁ、そうか、話せないんだっけか?不便だな。良いぞ。書くものがあるなら出せ、但し、下手な真似はするなよ?」


 その指示に従い、カリオスは左手を腰のポーチへと手を伸ばした。


 中に入っているのはクラミウム鉱石である。


 入っている鉱石は力か光か熱の三種類。こんなこともあろうかと、触っただけで判別できるように、形に特徴を持たせている。


 思惑のそれを手探りで見つけ出した彼は、落とさないよう、しっかりと握り込む。


 そうして、中身を取り出すのに手間取っている風を装った彼は、こっそりと籠手に鉱石を装着した。


 しかし、男が怪しまないわけが無い。


「おい!何してる!」


 そんな男の声が聞こえたのと同時に、素早く籠手をスライドした彼は、間髪入れずに右の拳を握り込んだ。


 光。


 眩く放出された光が、短刀を持っている男と女を包みこむ。


 右腕を握り込んだ瞬間に動き出していたカリオスは、目を押さえている男と、女の腕を掴めたことを確認し、すぐさま部屋を飛び出したのだった。

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