第117話 特徴
タシェルの中には、甘い考えがあった。この島の謎や、海神様の謎、そういった全ての事情が明るみに出て、マリルタの人々に説明することが出来れば、状況が大きく変化する。良い方向へと動くのだと考えていた。
だが、出てきた事情は、果たしてマリルタの人々にとって許容できる内容なのだろうか。
一人の男によって、自分たちの家族を捧げてきた。
彼らにとってはそのように聞こえる話では無いだろうか。
「神様にだったら差しだせるって考え方も理解できないけど……。」
ぼそりと呟くタシェルの言葉に、ミノーラの耳がピクリと反応する。恐らく、今の言葉は聞かれてしまっている。が、彼女が詮索することは無かった。
そんな時だった。
「なぁ、亀の様子がおかしくねぇか?」
沈み込む心に波紋を広げるように、ハイドがそう告げる。
確かに先程から元気が無さそうな風には見えていたが、精神的な影響だとミノーラから聞いている。
半ば決めつけていたタシェルは、海亀の様子を確認すると同時に目を見開き、思わず駆け寄っていた。
苦しそうに悶えている海亀が、胃の中身を吐き出している。
「ちょっと!大丈夫!?どうしたの?ミノーラ、話を聞ける!?」
「今は話せそうにないです!どうしたんですか!?海亀さん!」
慌てふためくタシェルとミノーラが、何をできるでもなく、ただ亀の様子を伺っていると、ハイドが二人を押しのけて亀の様子を伺いだした。
「ハイドさん?」
「……真水を呑んだせいか?おい、タシェル。その、シルフィとかいう精霊に、この亀を海まで運べるとか聞いてくれ。」
「原因が分かるんですか?」
「良いから速くしろちゃ!亀が死ぬぞ。」
ハイドの剣幕に圧されながら、タシェルは肩のシルフィに向かってお願いする。
「シルフィ、亀さんを海まで運んでくれる?」
「海まで?運ぶ!けど、今は重いから!一緒に持って!一緒に!」
「ハイドさん、今シルフィは調子が良くないみたいなので、皆で一緒に運ぶ感じでお願いします。」
キュームの影響なのか、シルフィの力が一部制限されているようだ。緩やかに宙に浮いたシルフィが、亀の甲羅の上に座ると、若干だが海亀が宙に浮いた。
そんな様子を見たハイドが、すかさず亀を持ち上げ、元来た洞穴の入口へと向かって歩き始める。
タシェルとミノーラも、ハイドの手助けをしながら洞穴を戻った。
既に松明で照らされている洞穴を進むのは、行きに比べて格段に楽だと実感しつつ、亀の無事を祈る。
それほど時間もかけずに洞穴の入口へと辿り着いた一行は、亀を波打ち際に下ろし、ハイドが海水を飲ませている。
こんなことで本当に良くなるのか不安だった彼女は、しかし、みるみる様子が落ち着いていく亀の様子に安堵した。
ミノーラも同じような疑問を抱いたようで、すぐさまハイドに語り掛け始める。
「ハイドさん。どうして海亀さんに海水を飲ませたら治るって分かったんですか?」
「あ?あぁ、海の魚を川に入れると死ぬけんな。同じようなもんかと思ってな。海水飲ませたら治るかどうかは、やってみらんと分からんかったけん、幸運たい。先に言っとくけど、理由とか細かい話は知らんけんな。」
「私、川の水とか飲んでますけど、実は危ないんでしょうか?」
「いやいや、お前は狼なんやけん、大丈夫たい。」
呆れたように告げるハイドに対し、ミノーラは依然として納得していないようだ。
「人間は川の水を飲んでも大丈夫ですよね?狼も大丈夫。海の魚はダメで、亀さんもダメ。これってどうしてでしょうか?」
好奇心旺盛なミノーラの疑問は尽きるを知らず、増えていく一方だ。だが確かに、タシェルも理由は知らない。
「たしかに不思議ね。けどミノーラ。それって私たち人間が言葉を話すのに対して、他の動物たちが言葉を話さないことと似てるかも。それって、ドクターファーナスの言ってた生命エネルギーの特徴と同じような物かも。」
「あぁ!タシェルは頭が良いですね!私、気づきもしませんでした。そうですね。生命エネルギーの特徴かぁ……。海亀さんが言葉を話してるのは人間の生命エネルギーの影響で……真水を呑めないのは亀の生命エネルギーの影響って事ですね。ってことは、さっきの手帳で出てきてた猛獣というのも混色なのでしょうか?」
「!?」
ミノーラに言われて、タシェルは初めて気が付く。確かに、サムとキュームを襲った猛獣は複数の獣の特徴が混ざっているような書きぶりだった。
しかし、言葉を話していたという記述はないことから、人の生命エネルギーは混ざっていないのだろう。
なぜ、そのような生物がこの島にいたのか。その生物を作り出す方法と、サムの使った方法は、同じなのだろうか。
タンラム。
手帳に書かれていた、地名と思われる単語。正直タシェルは聞き覚えが無い。しかし、一度行ってみる価値はあるのかもしれない。
そこにはタシェルの知らない混色やエネルギーについての知識が豊富にあるのかもしれないのだ。
頭の片隅にその地名を刻み込んだタシェルは、ようやく意識を取り戻してミノーラと会話をしているらしい海亀を見ながら、考える。
これから彼女たちがするべきこと。できること。成さなければならないこと。それらを明確にする必要があるだろう。
「海亀さん、まだお腹の辺りが変な感じがするけど、もう大丈夫だそうです!良かったぁ。」
朗らかに告げるミノーラにつられて、彼女も笑みを浮かべる。そんな様子を見つつも、ハイドは一向に厳しい表情をしているのだった。




