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学園戦記  作者: 藁部 御門
戦挙編
9/50

新生活と再出発

「姉ちゃん。カレーを作るのはいいけど、俺いまいち葵ちゃんがカレーみたいな一般家庭の料理を食べる姿が想像できないんだけど」


 黒髪でいつも姿勢よく日本人形のような少女がスプーンで黄土色の食べ物を口いっぱいに頬張る姿がいまいちしっくりこない。


 これが和食で箸を使って食べるのならば、歯車の一片のズレもなくがっちりと合致するのだが。


「気にしないの。それに女の子は食いしん坊なんだから。きっと美味しそうに食べてくれるわよ」

「だといいけどね」


 そんなこんなで、あっさりと食事は出来上がっていく。


 本日買い込まれた食材は姉ちゃんが手際よく包丁で切り刻み、鍋へと投下され、家においてあったカレーのルーで見事に一般的なカレーが出来上がった。


 ちなみに肉はチキンである。


「おっ、いい匂いだな」


 カレーの匂いに釣られ親父が居間にやって来る。葵ちゃんも一緒だ。


「もうすぐできるから、ちょっと待っててね」


 姉ちゃんが最後の仕上げに皿にご飯をよそいカレーをかけていく。


 その光景を葵ちゃんが何故かガン見している。


「葵ちゃんはカレー好き?」


「いや、あの、その……実はカレーというものを私食べたことがなくて……」


「「「えっ?」」」


 その場にいた全員が驚きの声を隠せず、全員葵ちゃんに注目する。


「本家の食事は、和食と中華しか出なくて……」


「天上衛のせいだな。アイツめ、昔オレに好き嫌いするなと説教したくせに、洋食嫌い治ってないじゃねえか」


 親父がぽつりとつぶやく。


「……でも、まあ、何事もチャレンジだから取り敢えず食べてみましょう」


 姉ちゃんは取り敢えず、席に座った葵ちゃんの前にカレーを差し出す。


 だが、葵ちゃんは目の前のカレーに大して明らかに緊張していた。


「あのー、スプーンで食べるんですか?」


「そうだけど」


「……お箸借りられません?」


 驚いた。カレーをお箸で食べようとする日本人がいることに。


「いや、お箸はあるけど、絶対食べにくいよ」


「お箸じゃないと、落ち着かなくて」


 そう言うと、葵ちゃんは姉ちゃんから、お箸を受け取って器用にお箸でカレールーをまとったご飯を口に運ぶ。


 その一瞬を、姉ちゃんと俺が緊張しながら見つめる。


「……おいしい!」


 その一言を聞いた瞬間俺と姉ちゃんがハイタッチする。


 内心、食べてもらえるかドキドキだったのだ。


 一口目こそ、緊張しながら口にしていた葵ちゃんだが、二口目からはリズムよく口へと運んでいく。


 そして、お箸で食ってるとは思えないほど、ハイペースでお皿のカレーが無くなっていった。


「まあ、光の飯は大概うまいからな。食えるだけ食えばいい」


「ところで、親父。葵ちゃんをどういう経緯で預かることになったんだよ」


「ああ、言うの忘れてたな。俺と天上家の当主はちょっとした縁があって、若いころ一緒によく遊んだんだよ。この道場を再興させるのにも多少手伝ってもらったしな」


「どんな関係だよ? 葵ちゃんの話を軽く聞くにどう考えても、お固い天上家といい加減な親父と接点があると思えないんだが」


 親父は遠い過去を思い出すように軽く目を細める。


「そうだな。接点はなかったんだが、俺が強引に作った感じだな。昔、手っ取り早く自分の強さを証明したくてな、当時武神と呼ばれていた、西の九条と東の天上に喧嘩しに行こうと思ってな」


「……えっ!」


「取り敢えず、天上家にバスと電車を乗り継いで向かったわけだ。けど、門前払いされてな」


「当たり前だろ!」


 親父の馬鹿さは昔から変わらないらしい。予想の斜め上を地で行ってやがる。


「けど、一応挑戦したければ分家を倒してこいって言われてな。そのままの足で、近場の緋羽に行って事情を説明したら、なんか道場の連中が一斉に笑い出してな。当時の俺さ、煽り耐性なくてさ、ブチ切れて全員ぶっ倒したのよ。そして、返す足でもう一回天上家に行ったら、緋羽倒したのが冗談だと思われて、次は黒海と戦ってこいって言われてさ」


「「無茶苦茶過ぎる……」」

 

 葵ちゃんと俺がハモってつぶやく。姉ちゃんは気にせずに美味しそうにカレーを食べていた。


「そんとき気が立ってて、『ふざけんなよ。言われた通り分家一個倒してきたんだ。そっちが約束守れや』って言って、門ぶち破って、踏み込んだんだ」


「そして、そん時は、次期当主候補で現当主の天上衛てんじょうまもると出会ってな。まあ、派手にやりあったよ。アイツの家が半壊したし、庭の木は残らず折れた。そして、最終的に当時の天上家の当主が俺とアイツの戦いに割って入って、勝負つかずで終わったんだ」


「親父、一つ聞いとくと何歳の時?」


「中三だったかな?」


 ありえねえ。


「まあ、そしたら、衛の奴は俺のこと気に入ったらしくてな、そこからちょこちょこ俺のとこに遊びに来て、一緒になって馬鹿して遊んだんだよ。楽しかったな、西の九条の連中と戦った時なんて、当時伝説だったんだからな」


 そのまま、親父は楽しそうに昔話を続けている。


 その話を葵ちゃんは真剣に聞いている。恐らく自分の父がやんちゃしてた話なんて知らなかったんだろう。ところどころ、驚きを隠せずにいた。


「まあ、その人に歴史ありだよね。ねえ、ねえ、葵ちゃん、実はさ、姉ちゃんも昔は――」


「ゴホン!」


 俺の言葉に重ねるように突然、カレーを食べていた姉ちゃんが咳き込む。


「なあに、天くん? お姉ちゃん昔のことなんか忘れちゃったから詳しく聞きたいな、天くんの口から」


 微笑みながら、けれども、目は全く笑わずに俺を睨んでいる。


 言えば殺すと目で語っていた。


「いえ、何だったかな? 俺も忘れちゃったよ、アハハ」


 そんな俺を不思議そうに見たあと、葵ちゃんが手を合わせた。

 

「? じゃあ、ごちそうさまでした。食器とかはどうすればいいですか?」


「今日は私がやるから大丈夫だよ。台所に食器を水につけておいてくれれば大丈夫だから」


「わかりました。それじゃあ」


 そう言って、台所に食器をつけると、そのまま二階へと上がっていった。


「そういえばさ、親父。葵ちゃんの部屋ってどこだよ」


「? お前と相部屋だけど」


「!! 嘘だろ。馬鹿だろ」


「嘘だよ、バーカ。そんなに慌てるなよ、童貞」


 親父は俺の顔を見ながら腹を抱えて笑っている。


「てめぇ!」


「そんな怒るなよ。それと、部屋は母さんの部屋だ。アイツの部屋じゃないから安心しろ」


「……ならいいよ。あと親父、その手の冗談はやめろよ」


「なら、その面白い反応をやめるのと、彼女作れよ」


 いい加減、親父と話すのに疲れて俺はそのまま二階へと上がって行った。 





 母さんの部屋改め、葵ちゃんの部屋の前に立ちノックする。


「葵ちゃんいる?」


「うん。入ってきていいよ」


 ドアを開き、母親の部屋に久しぶりに入る。


 そこにはダンボールがいくつかあり、その中の服などを整理している葵ちゃんがいた。


「何?」


「ああ、簡単なルールを教えとこうと思ってさ」


「ルール?」


「基本的に姉ちゃんが家事はやってくれるんだけど、姉ちゃん仕事の関係で夜いないことが多いから、そん時は俺が家事やってるんだ。それで、葵ちゃんにも手伝ってもらおうかなってさ。仕事割り振られた方が、気兼ねなく生活できるんじゃないかなと思っての提案なんだけど」


「わかったけど、あんまり料理得意じゃないよ」


「大丈夫だよ。大概のものは油で炒めて濃い味付けにすれば食べれないことはないから」


 葵ちゃんの顔が険しくなる。


 まあ、正しい判断だ。基本的に姉ちゃんが料理を担当しないとうまい飯にはありつけない。


 姉ちゃんの料理がうまいから俺の料理は余計にまずく感じる。


 期待しているぞ葵ちゃん。我が家の飯がうまくなるかどうかはアナタにかかってる。


「それと、俺の部屋わかるかな?」


「階段上がってすぐの部屋でしょ」


「そうそう、その右の部屋には絶対に入らないで欲しい」


「……何を隠してるの?」


 俺を不潔そうなものを見る目で見てくる。


 いやいや、待ってくれ、別段、思春期の男子特有の物を隠している部屋ではない。


 誤解されてる。


「なんも隠してないよ。ただ、家族全員の開かずの間なんだよ。あそこに入る資格があるのは我が家でただ一人なのさ」


 そう、時々、姉ちゃんが掃除こそしているが、基本的に誰もあの部屋には入らない。


 入る資格もない。


「わかった」


 俺の真剣そうな顔に複雑な事情を悟ってくれたのか、何も詮索せずに納得してくれた。


「それと、一つ聞きたいんだけど、ここって元々誰かの部屋だったの?」


「ああ、母さんの部屋だよ。でも、だいぶ前に死んじゃった」


「えっ?」


「ああ、別段気にしなくていいよ。別段母さんの死んだことについては家族全員きちんと受け入れてる。親父なんて死んだ母さんをネタにすらしてるしさ」


「でも、よそ者の私がこの部屋使ってもいいの?」


 こいつは驚いた。初対面の男の子を脅迫した少女が脅迫した男の子に気を使ってる。


「いいよ。別段、葵ちゃんがこの部屋で生活したからといって、母さんとの思い出が消えるわけじゃないから」


 そうさ、いつだって思い出は塗りつぶされない。ただ、新しいページに新しい思い出が刻まれるだけ。


 いい思い出も、そうでない思い出も。


「わかった」


「あと、姉ちゃんがお風呂、先がいいか後がいいかって?」


「後で大丈夫だって伝えてくれない?」


「了解、了解。あと、俺からの質問」


「何」


「朝、一人で起きれる?」


 それを聞くと、顔が真っ赤になった。


「大丈夫!」


「それじゃあ、わからないことがあったら、隣が姉ちゃんの部屋だから姉ちゃんに聞くか、俺の部屋に来て聞いてよ。ただしノックを忘れるな」


 年頃の男の子は色々面倒なのだ。ノックがなくて泣いた男の子達は星の数ほどいる。


 そして、そのうち自分の部屋に来る時だけやたら大きくしている家族の足音に気まずさを感じるのだ。


「わかった。じゃあ、改めて、これからよろしく、天上葵ちゃん」


 彼女へと右手を差し出す。


 その手を柔らかく握られる。


「よろしく。天下くん」



◇◇◇


 夜、昼間とは違い、涼しげな気温に体を冷やしながら、神乃息吹は星を眺める。


 もし、天下が本気ならば、彼は道場の倉庫に現れるはずだった。


 そこには、彼が昔捨てたものが大事に祀られている。


 息吹は祀られた物を手に持って倉庫の外に腰を下ろし、ひょうたんに入れた酒をちょびちょび呑みながら待ち人を待つ。


「……親父?」


「やっときたか、もうちょっとで寝ちまうとこだったよ」


「何でこんなとこにいるんだよ」


「まあ、葵くんから、一応全部事情は聞いたからな。もしお前が本気で戦うのならば、こいつを取りに来ると思ってな」


 手に持っているのは刀。鞘が真っ赤に塗られ、柄にトリガーがついた刀だった。


「正直、葵くんから話を聞いても信じれなかった。お前が本気で戦うなんて想像もしていなかった。だから、ここで待つのも待ちぼうけかなとも思ったが。いやはや、こいつを持ち出すほど、本気だとはな」


「……」


 天下は無言だった。


「いいか天下。この刀の怖さはお前が子供の頃教えただろう」


「それでも、俺にはそいつが必要で」


「自分が弱いからか?」


 天下は唇を噛み締める。


「一応、破門にこそなっているが、お前が本気で戦えば、そこそこ戦える事は俺が保証してやる。事実、子供時代にも『放出』を使える大人連中に勝ってるじゃないか」


「それだけじゃ、ダメなんだよ。勝てないんだよ」


「じゃあ、逃げればいいだろ。それこそお前の十八番じゃないか」


 そういった瞬間、天下は実の父親を睨みつける。


「今日、『天帝』、蒼崎空に会った。何度も見たことがあったけど、何度もすごいことを知ってたけど、今日、敵として彼の前に立つかもしれないと思った時、震えが止まらなかった。でも――」


「この刀があれば、蒼崎とも戦えると?」


「そうだよ。少なくとも、震えているだけの状態から抜け出せる」


 素手でクマに出会っても、死のイメージで震えるだけ。


 その手に銃があって、始めて相対できる。


「そうまでして、何で戦う。第一、蒼崎と戦わなければならないのは葵くんだろ」


「そうだね。だけど、俺も生き残らないといけないんだよ。俺はこの戦いを最後まで見届けたい。天帝以外にも、化物のように強い奴は一杯いる。『具現』に至った奴も何人もいるんだ。そんなヤツと渡り合うには、それが、『紅蓮』が必要なんだよ」


「ふーん、ただの冷やかしで戦うわけではないんだな」


 瞳を覗く。


 いつ見ても、濁っていた、瞳にほんの少し光が差しているように見えた。


 昔のように、どれだけ傷だらけになっても笑って刀を振り回していた子供時代の天下と一瞬重なる。


「じゃあ、持ってけ。あと、約束しろ。その刀を解放してもいいのはトータル十分以内だ」


 いきなり放り投げられた刀を慌ててキャッチする。


 天下は意外そうな顔で、酒を飲む親父を見る。


「あと、刀の整備はこれからは自分でしろ。あと、破門したお前は練習には参加させないが、たまには俺の気晴らしに付き合え。弟子は弱すぎて、お前ぐらいじゃないと相手にならん」


「わかった」


 刀を受け取った天下は、自分の部屋へと帰っていく。


 その背中をみて、夜空を見あげる。


「手が掛かる部分は絶対にお前似だな。母さん」

感想いただけるとありがたいです。

のんびり更新していきたいと思います。


あと、戦挙に向けて何人か新キャラを登場させてそのキャラのストーリを書きたいんですがお許しください。


それではまた。

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