プロローグ
この世界では、魔力は血統の証。
特に王族は、強大な魔力を持つことが当然とされている。
だから――
魔力を持たずに生まれた王子、ラピス。
それは王家にとって、恥だった。
父王は彼を「王族失格」とみなし、母もまた彼を遠ざける。
城の中心から離れた場所に建てられた小さな離宮。
使用人も最低限。
同じ年頃の子どもと遊ぶこともない。
王子なのに、誰からも王子として扱われない。
そしてラピス自身も、
「僕は、生まれてきてはいけなかったのかな」
と思うようになる。
そんなある夜。
誰もいない離れの窓から、ラピスは空を見る。
月もない暗い夜空。
その瞬間――
空から、一筋の光が落ちてくる。
流星ではない。
雷でもない。
意思を持つかのように、光は城を避け、ラピスのいる離れへ向かってくる。
そして――
ラピスの身体に触れる。
その瞬間。
今まで一度も感じたことのなかったものが、身体の奥で目を覚ます。
魔力。
でも、それは普通の魔力ではなかった。
◇
でも、それは普通の魔力ではなかった。
炎でもない。
水でもない。
風でも、土でもない。
ラピスは、身体の奥から湧き上がる不思議な感覚に戸惑った。
「……なに、これ……」
胸の奥が熱い。
けれど、苦しくはない。
むしろ、何かに包まれているような――そんな温かさだった。
やがて、ラピスの身体から淡い光が溢れ始める。
その光は、部屋の中を漂いながら、まるで何かを探すように揺らめいていた。
そして。
光が、ラピスの右手へ集まっていく。
「……?」
一瞬、眩しいほどの光が弾けた。
次の瞬間。
ラピスの手の中には――
一本の棒が握られていた。
細く、長い。
銀色の柄。
その先端には、青い宝石が一つだけ埋め込まれている。
「……指揮棒?」
なぜそんな言葉が浮かんだのか。
ラピス自身にも分からなかった。
ただ、その棒を握った瞬間。
部屋の空気が変わった。
蝋燭の炎が、ゆらりと揺れる。
窓から入り込んでいた風が、ぴたりと止まる。
そして――
ラピスが指揮棒をほんの少し動かすと。
炎が、その動きに合わせて揺れた。
「……え?」
右へ。
炎が右へ揺れる。
左へ。
炎が左へ揺れる。
ラピスが、恐る恐る指揮棒を振り下ろす。
――ボッ。
蝋燭の炎が、一瞬だけ大きく燃え上がった。
ラピスは目を見開いた。
「僕が……?」
今まで、何度試しても魔法を使うことはできなかった。
魔導士に教わっても。
王族専用の魔法書を読んでも。
何度祈っても。
何も起こらなかった。
なのに今。
僕の手の動きに合わせて、炎が動いた。
「……魔法……?」
違う。
ラピスは、すぐに気づいた。
これは、自分の中にある魔力を使っている感覚ではない。
周囲に漂っている何か。
目には見えない何かが、自分の指揮棒に反応している。
まるで――
命令を待っているように。
ラピスは、窓の外へ指揮棒を向けた。
すると。
夜空を流れていた風が、静かに渦を巻いた。
木々の葉が一斉に揺れる。
「……!」
ラピスの胸が高鳴った。
魔力がない。
そう言われ続けてきた。
王族失格。
出来損ない。
恥さらし。
そんな言葉を、何度も聞いてきた。
でも。
もしかしたら――
僕には、僕にしかない力があるのかもしれない。
そのとき。
ラピスの頭の中に、知らない言葉が浮かんだ。
『指揮者』
「……指揮者?」
その言葉を口にした瞬間。
指揮棒の青い宝石が、淡く輝いた。
ラピスは知らなかった。
この王国には、ごく僅かな者しか持たない、特殊な魔力が存在することを。
魔法を生み出す者ではない。
魔法を操る者でもない。
この世界に存在する魔力そのものを感じ取り――
導き、重ね、動かす者。
それが、指揮者。
そして。
その力を持つ者に与えられるのは、たった一本の指揮棒。
ラピスは、その存在すら知らなかった。
ただ一本の指揮棒を握りしめ。
初めて、自分の中に生まれた力を見つめていた。
「……僕にも、魔力があったんだ」
誰もいない部屋で。
ラピスは、ほんの少しだけ笑った。
その笑顔を見ている者は、誰もいない。
けれど――
その夜。
誰にも必要とされなかった王子の運命は、
確かに動き始めていた。
『Lapis ―時を奏でる指揮者―』を読んでくださってありがとうございます!
魔力を持たず、王族からも見放されていた王子・ラピス。
彼が手にした一本の指揮棒が、これからどんな運命を奏でていくのか――。
ドラゴン、冒険者、王族、そして「指揮者」の魔力。
これから少しずつ、この世界の秘密も明らかになっていきます。
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