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第7話 1月10日 初登校

「…行ってきます」




今日から三学期が始まる。


記憶が戻らない状態で学校に行くのは、少々、気が重い。


通学ルートすらわからないので、今日も、朝から紫苑のお世話になっております。




「あー、結局、何も思い出せなかった」




「学校には報告が行ってるし、まずは保健室登校なんだから、大丈夫だろ」




「そうは言ってもねぇ、緊張はするんだよ?」




学校のこと、全く覚えていないけど、あまり良いイメージはない。


悪いという意味ではなく、何もないというか、色がない…というか。


勉強が嫌いだとか、嫌な思いをしただとか、そういうことではない、多分。


説明するのが難しいけれど、何もない…のだ。






先日も乗った路線の電車に、2人で乗り込む。


ギュウギュウだ。そう、これが、通勤通学時間の電車なのだ。


押し込められた人の圧で潰されそうなこの感じは、なんとなく思い出せる。




私と紫苑は、ドア近くに陣取ることができた。


ここは、ドアの開閉時には押し出される危険があるけれど、ドアに接している面は人の圧がないので、割と安全に過ごすことができるのだ。


私の背中がドア面、紫苑が背中に人の圧を受ける方に向かい合わせに立っていて、私との間に少しだけ空間を作ってくれている。




「紫苑くん、そっち側、キツくない?ごめんね」




「別にいいけど」




至近距離で見るイケメンは、眼福ではあるが、心臓に悪い。


本当に綺麗な顔してるんだよね…さりげない優しさがまた、イケメン度をアップさせている。




高校の最寄駅に到着し、ドアが開くと、雪崩のように人々が流れていく。


流れに身を任せるように、改札に向かった。




「紫苑くん、絵梨花!」




改札を出ると、美少女が手を振っている。




スマホの写真で見た、おそらく彼女が雨宮莉々だ。


可愛い子だとは思っていたけど、これほどまでとは。




「紫苑くんも、おはよう」




「はよ」




そういえば、雨宮莉々に記憶喪失のことを伝えていないことに気付いた。




「あの…雨宮さん、実は私、年末に事故に遭いまして、記憶喪失になっておりまして…何も覚えてないんです。ごめんなさい。思い出すまで、しばし、お時間をいただけますと…」




「…え?莉々のこと忘れたの?親友なのに?…莉々のお願いも?」




「…ごめんなさい」




LIMEは見たけれど、紫苑がいるところで話すことではないだろう。




「そっかぁ…わかった。今度、莉々がいろいろ教えてあげるね!」




学校に向かう間、紫苑と莉々は、道ゆく生徒たちに羨望の眼差しを向けられている。確かに、絵になる2人だよね。




紫苑は周りを気にしてはなさそうだけど、莉々は自分に向けられる期待に応えるかのように、声をかけてくる生徒に美少女スマイルで手を振っている。




…あれ?


私の中での莉々は、紫苑に声をかけられないほど内気な子だったんだけど。


普通に話しているし、むしろ積極的なのだが?


私の見当違いだったのだろうか?




「雨宮、俺、こいつを保健室まで送っていくから」




「はぁい。絵梨花、またね」




別れ際まで、一瞬の隙もないアイドル仕草だった。






「…雨宮さんって、みんなのアイドルみたいだね」




私の中の莉々像と乖離しているため、やや動揺している。




「そうか?見ていて疲れる奴だなとしか思わんけど。…ほら、ここ、保健室」




気付けば、保健室の前にいた。




「帰り、また迎えにくるわ」




「ありがとう。よろしく」




保健室の引き戸を開けると、優しそうな養護の先生が待っていた。




「橘さん、心配していたのよ。記憶喪失だって聞いて。ここでは無理なく過ごしてね。先生は仕事してるけど、気にしないで」




「ありがとうございます」


自分の知らない人が自分を知っている、この状態に、少しだけ緊張するけれど、暖かく迎えてくれる場所があるというのは、とてもありがたい。






今日は新学期初日なので、始業式とホームルームだけだと聞いた。


始業式には出ようかと思ったけれど、負担になるかもしれないという学校側の配慮から、初日から保健室登校となったのだ。




とはいえ、ただそこにいるだけというわけにはいかないので、学校からの課題のプリントを片付けるのが、当面の私の日課となる。




プリントを解きながら、


「先生、お仕事中すみません。ちょっといいですか?」




「なぁに?」




「私、どんな人でしたか?」




先生は、保健便り作成の手を止めて、私の座っている机の前に座った。




「橘さんの記憶がない中で私が話すと、本当ではない記憶が上書きされてしまうかもしれないから、言わない方が良いのかもしれないけど、先生が知っている橘さんのことなら、話すことはできる。それでもいいかな?」




「はい。お願いします」




1時限目終わりのチャイムが鳴った。


始業式が終わったのだろうか。講堂に続く渡り廊下から、生徒の話し声、足音が流れていく。




「橘さんは、生まれつき体が弱かったそうで、体育の後に保健室に来ることがあってね。その時に、家族とうまくいってないと聞いたわ。あまり口数の多い子ではないから、詳細は言わないのだけど」




ストーブの上のやかんが、湯気を吹いている。




「お茶、飲む?休み時間だし、いいでしょ」




先生は、温かいお茶を私の前に置いてくれた。




「ありがとうございます」




「橘さんちは、ご両親が再婚同士だから、難しいこともあるんでしょうね。あなたはいつも、私が悪い、私のせいだ…って、自分を責めていたし、1人で抱え込むような子だったから、心配していたのよ」




この前、紫苑が言っていたことか。


結局、何が原因なのかはわからないけれど。




「あ、それなら、もう大丈夫みたいです。悩みの元になった原因が思い出せないので、もうそれ、なかったことになってます。記憶喪失も、怪我の功名と言えるのかもしれませんね」




あっけらかんと言う私を見て、先生は一瞬、呆気に取られたようだったが、すぐに笑い出した。




「あははっ、橘さん、人が変わっちゃったみたい」




「あ、それ、紫苑くんにも言われました」




「紫苑くんって、橘紫苑くん?本当に解決したのかしら。良かったわね」






半日時制なので、あっという間に下校時間になり、紫苑が迎えに来た。




「じゃ、橘さん、また明日ね」




「先生、ありがとうございました。また明日」

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