表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五大老筆頭 徳川家康  作者: 牛熊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/70

8.徳川家康私婚事件 -3

「......三成殿が襲撃されそうになって大阪城から逃げ出し、伏見城に駆け込んでそのまま籠城?すまん、意味が分からんのだが」



 閏3月5日。

 利家の死去の知らせを聞いて葬式に出る準備をしていた家康だが、そこに本多正信から寝耳に水というべき知らせが届く。


 この時の家康は利家との約束を守って向島城に滞在しており、文字通り三成襲撃事件の蚊帳の外に置かれている状況だった。


 しかし、伏見城は目と鼻の先であり、騒ぎが起こっていれば嫌でも目に入ってくる。



「安心して下さい。我々も何が起きているのかちゃんと把握できていません。近年見ないなかなかの暴挙ということもあり、鳥居元忠殿と榊原康政殿は伏見城に向かって拍手しております」


「...そもそも事の発端は何だ?」


「唐入りの際、戦況報告で虚偽の内容を秀吉様に伝え、意図的に参戦した武将たちを貶めたことが理由らしいです。報告したのは三成様本人ではありませんが、報告者が妹婿なので裏から手配したと言っています。加藤清正様や福島正則様を中心に、唐入りに参戦した大名や武断派の大名が10人ほど集まり、利家様の死去に合わせ軍を動かしたようです」


「...普通に反乱では?」


「そうですね。武断派の多くは前田党と呼ばれるほど利家様に近かったため、利家様が生存されている間は流石に事を起こすことは躊躇っていたようです。ただ、利家様が亡くなられたことで即日行動を起こしたというのが顛末でしょうか」


「死去した当日に襲撃するとは...。大阪城にいる大名たちは何をやっているんだ?」


「宇喜多家と佐竹家が三成様を助け、伏見城まで逃したという噂もありますが真相は不明です。毛利家の軍が近くに控えているという情報はありますが、それ以外は特に動きはなさそうです」




 豊臣政権のお膝元である大阪城下で無断で軍を動かしたことは大問題だが、他の五大老・五奉行がそれを止められなかったこともまた大問題だった。


 襲われそうになった三成や、利家が死去した直後で動けない前田家はともかくとして、他の者たちはこれを鎮圧するのが本来果たすべき責務である。


 しかし現実にはそうならず、武断派を中心とした大名たちは三成を追いかけ、伏見城を包囲していた。


 もし目標が三成ではなく秀頼だったのなら、今頃包囲されているのは大阪城であり、このような暴挙を止められなかった時点で武家として大恥をかいたことになる。




「豊臣家のお膝元で勝手に軍を動かしている奴らがいるのに放置だと!?あいつら本当にどうしようもないな!こんな行為を認めたら政権が成り立たなくなるわ。さっさと伏見城の包囲を解かせろ!」


「それでは調停の使者を送ります。とはいえ、そう簡単には従わないと思いますけどね」


「そうだろうな...。説得の材料が必要だな」



 家康は腕を組みながら思案する。


 武断派の多くは唐入りに参戦していたため戦に対する忌避感が薄く、加えてここまでやった以上は多少の脅しで引くはずがない。


 かといって、徳川家の私兵でどうにかするのも無理がある。


 直接的な武力ではなく、絡め手で相手に言うことを聞かせる必要があった。



「そうだ!秀吉殿の正室である北政所殿に調停を頼もう!主犯である加藤清正殿と福島正則殿からすれば育ての親のようなもの。止めろと言われれば逆らえんだろう」


「おっ、殿もたまには良い案出しますね。それでいきましょう」


「......」




 家康が双方の調停を始めてもすぐに状況は改善せず、それどころか家康に三成引き渡しの要請が届く。


 しかし家康が要請を断って、閏3月8日に北政所から三成助命の嘆願書が届いたことで状況は大きく進展。



 北政所には逆らえず、唐入りの評価見直しと三成の謹慎、そして今回の件を罪に問わないことを条件に、襲撃した大名たちは大人しく軍を引き下げる。


 家康は浅野長政に三成を佐和山城に謹慎させる旨の報告を行い、三成もこれに従ったことで事件は一段落することとなった。



 この事件により三成は完全に失脚、有事の際に何も出来なかった他の五大老・五奉行は面子を失い、反乱を起こした武断派も当面は大人しくせざるを得なくなる。


 事件の調停役を務め、北政所からの支持を得た家康が政権内での権勢を高める形となったが、他の者たちの自爆によるもので家康本人にとっても想定外の展開であった。




 ようやく事件が一段落した後、家康は正信から詳細な顛末の報告を受けていた。



「結局、武断派の奴らは何がしたかったんだ?」


「唐入りでは恩賞無し。それどころか筋の通らない理由で処罰を受け、帰国してみれば戦費で首が回らない。このまま大人しく黙っていれば、自分たちはこの先も低く見られる可能性が高い。特に奉行衆にはここらで一発かましておく必要があり、積もり積もった恨みと打算が爆発したといったところですかね」


「三成殿が目的というより、文治派で言いがかりをつけられそうなのが三成殿だったということか?」


「恐らくは。訴えを起こしたくなる気持ちは分かりますが、内容自体は正直無理筋です。三成様が関わったという証拠もありません。他の五大老・五奉行が敵に回っても引く気配がありませんでしたし、いっそ戦に持ち込んでしまいたいと考えていたのでは」


「処罰を命令した秀吉殿に怒りをぶつけるわけにもいかんからな。奉行衆の中で唐入りの直接的な仕事をこなしていた三成殿が手頃だったわけか」


「北政所様が出てきたらあっさり引きましたし、豊臣家そのものに対する忠誠心は未だ健在なのが救いですね。本気で下剋上を企んでいたなら、今頃大阪城は火の海だったでしょう」


「本能寺みたいなのは人生で1回経験すれば十分なんだが...」


「また山越えますか?」


「歳を考えてくれ...」

 





 閏3月13日。

 家康と徳川家臣一行はなぜか伏見城の本丸に入っていた。


 城代である前田玄以の手引によるものだが、そもそも伏見城は豊臣家の持ち物であり、勝手に本丸に入ってよいはずがない。


 家康が伏見城に滞在する時も基本は城内の屋敷であって、城に入って私物化するようなことがあれば大問題となる。


 そのため、家康は城に入ったものの居心地が悪そうにしていた。



「おい、元忠。本当に大丈夫なのか?」


「ご安心下さい。我々はあくまでも招きに応じただけです」


「でも、城奪ったようにしか見えないよな?」


「事実奪っておりますから問題ございません」


「いや駄目だろ」


「先日の騒動により、他の五大老・五奉行では城を預かるのに力不足と判断されたのでは?三成殿の籠城にしても、何の権限があってそのようなことをしたのかという話です。大阪城に入るならともかく、わざわざ伏見城にまで逃亡した挙げ句、勝手に城を奪ったと見なされても仕方有りません」


「そう言われればそんな気もするな」


「しかもここには豊臣家の財産が置かれております。この金があればいくらでも戦支度ができましょう。襲撃犯たちは三成殿を討った後、ここの金で軍を整え、大阪城に攻め込むことすらありえました。巻き込まれた玄以殿からすれば、周りが信頼できないのであれば、いっそ殿を盾にした方が豊臣家のためになると考えたのではないでしょうか」


「ワシは番犬か...」


「豊臣家の財産を私的に使い込めば、それを理由に専横として訴えることも可能です。罠も兼ねているのでご注意下さい」


「はい...」




 家康の伏見城入りに関しては流石に大阪から苦情が届く。


 しかし、ここまでやってしまったからには家康も後に引けず、城を守るだけという建前で押し通す。


 実際に城が奪われるという失態を見せたため、他の者たちも強く抗議できず、結局なし崩し的に家康は伏見城に滞在するようになった。




 この家康の動きと三成の失脚を見て、即座に行動を起こした大名がいた。


 閏3月21日。

 五大老の毛利輝元は家康に対し、今後は裏切りの気持ちはなく家康のことは親と思って振る舞う、といった誓詞を交わす。


 先日までは奉行衆と連携して家康に対抗していたにも関わらず、不利と判断すれば即座に降伏の意思を示すあたり、流石毛利家の当主と言うべき柔軟な振る舞いであった。


 一方で、輝元は秀吉の死後に奉行衆たちと結託する誓詞を交わしており、そちらに関しては破棄などしておらず見事な二枚舌外交を見せている。


 また伊達政宗に至っては事件が解決するよりも早く、家康に対して忠誠を誓う誓詞を交わしており、家康はこういった手のひらを返すのが早い大名たちの扱いに苦慮することとなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ