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五大老筆頭 徳川家康  作者: 牛熊


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7.五大老筆頭 -5

 8月下旬。


 領地に戻っている上杉景勝を除き、五大老と五奉行は唐入りを終わらせるべく、撤退に向けた会議を開催する。



 唐入りに関しては3つの問題が存在した。


 1つ目が明軍・朝鮮軍との講和の可否。


 2つ目が渡海している軍を無事帰国させられるかどうか。


 3つ目が唐入りから戻った諸大名に恩賞が無いことを納得して貰えるかどうか。


 このいずれかで失敗すれば、その不満の矛先は豊臣政権に向かう可能性が高い。



 講和に失敗し戦争が継続となれば、兵たちを引き上げることが困難になる。


 また、敵軍に襲われ大損害を被るようなことがあれば、政権として何らかの責任を取らざるを得なくなる。


 そして、7年もの間異国の地で戦い続けてきた大名たちに対し、与える土地が無いので恩賞も無いと言おうものなら即内乱が起きる可能性がある。



 唐入りに参戦していた大名たちには政権に対して不満を持っている者が多いが、国外にいる間は流石に何もできなかった。


 しかし、彼らが帰国するということは、国内に火種が持ち込まれるという意味でもある。


 借金をして軍を工面している大名も多く、帰国してすぐに反乱を起こすことは難しいとはいえ、追い詰められれば人間何をするか分からない。



 こういった状況の下に行われる会議が楽しいわけがなく、参加者たちは一様に暗い顔をしており、その場の空気は最悪だった。


 この状況を予想していた家康は、用意していた質問から確認しようと率先して話し始めた。



「まず確認させて欲しい事項がある。ワシたち大老は政権の執務に関わっていないこともあり、朝鮮や九州の状況を把握できておらん。そこで、これまで実務を担当してきた奉行衆から率直な意見を伺いたい。講和は可能なのか、そして撤退の準備はどの程度整っているのか。不味いようであればワシらに何ができそうなのか」


 この家康の質問は他の大老たちも確認したい内容である。


 しかし、質問を投げかけられた奉行衆は誰も答えず、皆が渋い顔をしながら汗を拭うだけだった。


 そしてその奉行衆たちを見て、大老たちも事情を察し冷や汗をかき始める。




 誰もが押し黙ったままだったが、このままでは話が進まないと利家が口を開く。


「講和無しでの撤退は不可能であるという理解でよいか?船の数さえあれば可能ということなら、各地から利用できそうなものをかき集めるが」


 利家の質問に対し、覚悟を決めたのか深呼吸をした後に三成が答える。


「...現在、制海権並びに補給路はこちらが確保しております。輸送船の数も足りておりますので、海が荒れて事故が発生しない限りは帰国自体は可能なはずです。ただ、流石に1度で全ての兵を帰国させることは難しいでしょう。敵軍の牽制という意味でも、何度かに分けて運ぶことになります」


「なるほど。つまり、必要なのは講和、もしくは敵が打って出れなくなるような脅威を与えるということだな。現地の状況は?」


「当初の攻略対象を占拠した後は戦線を維持。加藤様・小西様・島津様を中心に防衛線も整備しておりますので、そう簡単には敵軍に抜かれることは無いかと。撤退に際しては、渡海拠点となる釜山を中心とし、周囲の戦線を段階的に縮小していくことになるかと」


「敵軍は半年以上もの間、積極的に動いていないと聞いている。先の戦で領地が荒れ、兵や兵糧がないのだろう。もし、この状況が続くようであれば...」


「はい。戦線の縮小と共に帰国を始め、敵軍が拠点の制圧に手間取っている間に引き上げることが可能かもしれません」


 利家と三成は共に促きながら、1つ1つ話を確認していく。


 ただし、両者共に理解しているが、これは極めて楽観的な予想でしか無い。


 それでも会議の参加者からすると一縷の望みを賭けた展開であり、この形で話が進めば大きな損害を出すこと無く帰国することも可能かもしれない。



 話を聞いていた家康も覚悟を決めて発言する。


「ことここに至ってはやるしかないだろう。何かしら問題は起きるかもしれん。だが、完璧を求めて撤退命令が遅れるよりはマシだ。敵軍が行動を起こすよりも早く事を進めねばならん。撤退準備の命令と共に、並行して講和の手配を行わせよう。講和が成立せずとも最悪時間を稼ぐだけでも構わん。三成殿、使者の準備はできているか?」


「はい、書状への署名が完了次第、使者を送る予定です。家康様の仰る通り、やるしかありません。私と浅野長政様が九州へと向かい現地で指示を取ります。ただ1つお願いがあります。撤退命令の書状には奉行衆のみの署名とさせて頂きたい」


 この三成の発言に今度は五大老側が驚き慌てる。




 奉行衆の署名で命令が下されたとなれば、撤退が上手く行けば奉行衆の手柄となる。


 しかし、何かしらの問題が起きれば、それも全て奉行衆の責任となる。


 渡海組は現地での諍いなどから奉行衆と対立している者が多く、ここで更に奉行衆と揉めるような材料を生み出すような真似は極力さけたいはずだった。


 家康からしてみても、奉行衆の権勢が強まり過ぎるのは問題だが、失敗して失脚されるようなことがあればなお問題である。


 


「...大丈夫なのか?何かあれば奉行衆が責められることになるぞ。我々も署名した方が良いのではないか?」


「では、五大老方は追加の指示書に署名頂くというのはどうでしょうか。最初に送る撤退の指示書にはこれまで通り奉行衆の署名のみとし、仮に敵軍に内容が漏れたとしても影響を抑えたいと考えております」


「...致し方あるまい。他の方々はそれでよろしいか?」



 家康は確認のため周りを見渡すが、誰もがやむなしという顔で反対せず。


 五大老側の面子も立ち、何かあった時に責任をある程度分散できるようにするにはこれしかないと全員が理解していた。



「よろしい。では、恩賞無しという話をどうやって伝えるかだが...」


「それは九州に出向く私と長政様からお伝えします」


「...大丈夫なのか?それとも、納得させられる見込みであるのか?」


「ありません。正直にお伝えするしか手立てがございません。ただ、多大な功績を上げた大名に限り、5万石程度で構いませんので加増したいと考えています。その点だけは事前にご了承頂きたい」


「5万石で済むならよいだろう。ワシは賛成する」


「某も賛成しよう」


 家康に続いて利家も賛同したことで三成の提案も承認される。


 また、僅かとは言え加増の選択肢を得たことで三成も安堵する。


 勝手に恩賞を与えたとなれば専横と呼ばれるのは避けられないため、ここで断られていたら流石の三成も好き勝手にはできなかった。



「これで最低限の確認は終わりました。後日、私と長政様は九州に向かいますので、何かあれば出立の日までにご連絡下さい。なお、当然ながら秀吉様の死は何としても隠匿せねばなりません。敵の大将が優秀であれば、我が軍の撤退を予想しわざと兵を引く可能性もありますが、まずは講和の成立が第一。皆様も書状のやり取りの際にはご注意下さい」


 三成は厳しい顔をして会議を締めくくる。


 それに答えるように他の者たちも頷く。


 こうして秀吉の死後、豊臣政権に訪れた最初の問題である唐入りからの撤退が始まった。






 9月下旬。

 三成と長政が使者を伴って九州へ到着。


 三成らはそのまま使者を渡海させ、撤退の準備を進めるはずだった。


 しかし2人が現地に到着した後、明軍・朝鮮軍が総力を上げて全面攻勢を始めたという知らせが九州に届くことになる。

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