2. 関東惣無事令 -3
天正15年3月18日。信州の迷惑散布装置こと真田昌幸が駿府城で家康に謁見。
真田昌幸。
真田家の当主で、武田信玄・勝頼の2代に仕えた後に独立。
織田の軍門に下り、滝川一益の与力となって北条と戦った後、上杉に臣従したかと思えば北条に降り、北条が徳川と戦っているスキを突いて徳川に寝返る。
その後、徳川が北条と和睦した際、沼田領の割譲を条件に含めていたことで再度上杉に臣従。
結果的には徳川・北条連合から上杉・豊臣連合への寝返りであるため、徳川・北条両国から攻められることになる。しかし、圧倒的不利にも関わらず両国に勝利し領地を維持し続けている。
真田はあくまでも地方の一大名でしかなく、普通ならとっくの昔に滅びているはずである。だが、何故か今でも元気にしている謎の存在であり、周囲の大名に迷惑をかけ続けている関東の問題児でもある。
一方で武田信玄や勝頼に対しては忠誠を誓っており、武田が滅亡する際には最後まで勝頼を守ろうと動いていた忠義者としての面もある。
石田三成と増田長盛からの評価では「表裏比興の者」とされており、良く言えば老獪、悪く言えば食わせ者で何をしてくるか分からないと見なされていた。
過去に手を焼かされたこともあり、徳川では警戒対象として扱われていた。
関ヶ原の際、徳川の後継者である秀忠は上田方面から進軍したが、家臣が足を引っ張ったこともあって昌幸相手に惨敗。危うく討たれかける。
そのため、昌幸は関ヶ原後には九度山に居を構えていたが、死後の葬儀の際に徳川から横槍が入ったり、そもそも死んだことすら疑われる始末。
大坂の陣において真田家の者が入場したと聞いた家康は、手を震わせながら親か子かを尋ね、子の信繁(真田幸村)であると聞いて安堵したとも言われている。
なお、家康は戦国時代末期の大軍の総大将としてはありえないことに、当時無名だった信繁によって本陣まで攻め込まれ、自害を2度覚悟するほど追い込まれることになる。
徳川初代将軍と2代目将軍の両方を殺しかけて、それでも家が存続している大名は真田くらいである。
このように、長きに渡って徳川を苦しめる存在が真田であり、真田昌幸だった。
「遅くなり申し訳ありません。真田昌幸ご挨拶に参りました」
駿府城にて、真田昌幸は家康の前に座り頭を下げる。
40歳前後で歳相応に老けて見える男である。悪人には見えない顔立ちだが、表情の機微からはふてぶてしさが滲み出ている。
「昌幸殿、この度はご足労頂きなにより。徳川と真田の間には色々とあったが、これからは良い関係を築き上げていこう」
「ははっ。この昌幸、全力を尽くさせて頂きます」
「うむ、あの真田が徳川に協力するとなれば、関東に平和が訪れるのもそう遠くはない」
「全くですな。はっはっはっ」
「はっはっはっ」
「惣無事令が出ましたが、関東の治安維持は豊臣秀吉様の肝いり。ここで大役を任される徳川殿は流石ですな」
「いやいや。北条が勢力を拡大している今、真田殿には万事よしなにお願いする」
「もちろんでございます。とはいえ、真田は所詮地方の小大名。吹けば飛ぶような存在ですので、徳川殿にはご援助をお願いすることになるでしょう」
「何を申されるか。あの北条と互角に渡り合っているではありませんか。徳川の弱兵ではかえって足手まといになるだけ」
「いえいえ、徳川があってこその真田です」
「買いかぶり過ぎですな。はっはっはっ」
「はっはっはっ」
双方立場があるため、謁見自体はつつがなく終わるが、実際のところ水面下では手を握り合うどころではなかった。
沼田を巡る問題は全く解決しておらず、徳川は暴れる北条に対して何もしていないという現状は変わっていない。
徳川から見ても、さんざん煮え湯を飲まされた真田がようやく会いに来たわけで、嫌味の一つも言いたくなるところである。
従って、謁見でお互い笑顔は絶やさないものの、双方の建前をなくせば以下のような調子であり、仲良くできそうになかった。
「ようやく来たか。遅えよ。これからは徳川が関東を監視するから大人しくしろよ」
「お前は勝手に沼田を売り渡そうとしただろ。信用できねーよ。何かあったら豊臣に直訴するわ」
「勝手なことするんじゃねえ。真田に謀反の気配ありって豊臣に吹き込むぞ」
「じゃあ北条の奴ら何とかしろよ。惣無事令を無視して沼田攻めてるぞ。止めるのがお前の仕事だろ」
「仕方ないだろ。あいつら話する気がないんだよ。お前が沼田を引き渡せば丸く収まるんだ。黙って従え」
「寝ぼけたこと言うな。代替地も渡さずにそんなこと言うなら、また上田で叩きのめすぞ」
「おっ、やるのか?兵力差分かってるんだろうな?」
「北条の片手間に相手してやるからいつでもかかってこい。三方ヶ原の戦いと同じ目に合わあせてやるから絵師の手配しておけ」
かくして、徳川の与力大名となった真田ではあるが、徳川からの信頼は全く無く、真田も徳川を信頼しないという地獄のような関係が続くこととなる。




