第二二話 陰の魂と陽の魂
陸王は訥々とそんなことを語り、自嘲するように唇の端を引き上げた。
「そんな思いをしてきたんだ。俺から見れば闇の妖精族は所詮人族だ。それ以上でも以下でもねぇ。魔族と対峙した時のことを思い返せば、怖くもなんともねぇな。魔族に奪えなかった生命を奴らに奪われるとも思えん」
雑魚だと、ばっさり言い切る。
雷韋も雪李も陸王の言葉を眉を寄せて聞いていた。雷韋は不安げに、雪李は何かを思い悩む風に。
口を開いたのは雷韋だった。
「陸王が……闇の妖精族を怖がらない理由は分かった。あんた、凄く強いんだな。でもさ、やっぱり一人じゃ危険だよ。わざわざ危険を冒す必要ない。さっきも言った通り、もし陸王の言うみたいにエウローン卿が什智の足下をどうにかして掬おうとしてるんだったら、俺達が手を貸せばいい。それであんたが得にならないって言うんだったら、手を貸す代わりに金を要求すればいいじゃんか。諸悪の根源を取り除けば、俺達すぐ自由の身になれるんだぞ。それじゃ駄目か?」
「よしんばその案に乗るとして、お前はその前にどうやって領主に会おうってんだ。何か考えはあるのか」
陸王は難しい顔をして腕を組んだ。
「それは……」
「俺もお前も一介の旅人だ。そんな連中が領主に会いたいと申し出ても、追い返されるのがオチだろう。例え領主に会えたとして、もし俺の推測が外れていたとしたら? その場合は什智に引き渡されるだけだ」
それを聞いて雷韋は、う~んと唸ってしまう。そのまま椅子に腰を下ろすと、両肘をついて考え込んでしまった。こちらも陸王に負けず劣らず難しい顔だ。
その雷韋に代わって雪李が口を開いた。
「陸王は会いに行くべきじゃないね。会いに行くなら雷韋だ」
「何故だ」
即座に陸王が返す。
「雷韋は無欲だし、本気で人助けだと思ってるから」
「それが?」
「そんな子供が追われている身で、髪の色も瞳の色も変えて直々に領主に訴え出るんだ。それを無碍にするほど、エウローン卿は狭量な領主じゃないはずだよ。少なくとも真面目に話は聞いてくれると思う」
一領民の意見だけどね、と最後に付け加える。
「話は聞くが、それで終わりかも知れん。什智に引き渡さないという保証はないだろう。第一、どうやって領主のところまで潜り込む。真正面から会いに行って、それで謁見出来るほど敷居は低いのか?」
「どうやって会いに行くかは雷韋に任せるさ。それにしても君は疑り深いな」
言って、雪李は小さく笑んだ。
「そういう性分なんでな」
雪李の笑みを透かし見るように見た。見ようによっては睨んでいるようにも見える。
その眼差しに、雪李は軽く息をついた。
「やっぱり、これは陰と陽の運命なのかな」
「あ?」
いきなりの言葉に、陸王の目つきが怪訝そうに変わる。わけが分からないという風に。
そして同時に、雷韋の目も雪李を捉えた。
「雷韋の魂は、男にしては珍しく陰。そして陸王の魂は男だから当然、陽。君達だって、陰と陽が惹かれ合うことは知っているよね。誰もが知っている摂理だもの」
人族は須く、陰と陽の魂で出来ている。陰の中に僅かばかり陽を含む魂を『少陽』と呼び、陽の中に僅かばかり陰を含む魂を『少陰』と呼ぶ。一つの少陽、少陰を『極』と言い、魂にはそれぞれ定まった形があり、形が合致し惹かれ合う陰と陽は『対』と呼ばれる。そうして陰と陽が惹かれ合うと、小さな太極を作る。
故にこれを総じて『太極魂』と呼ぶ。
対が出会うと、その瞬間に『絆』が出来る。相手を嫌おうが憎もうが、否定することも拒絶することも出来ない絶対のものだ。請われれば、請われるほど相手を拒絶することが出来なくなる。いや、対は根本的に互いを嫌うことも憎むことも出来はしない。だから否定することも拒絶することも出来ないのだ。何があっても、結局最後には許してしまう。
それが対。絆の力。
それは魂の条理だ。
もし条理が動くことがあるとすれば、それは『取り違え』だ。誤った極を対に選んでしまう最悪の行為。取り違えを起こした魂は破滅に導かれる。魂の条理を破ることは恐ろしいものだ。その者にとって精神と魂の『死』を意味するのだから。
ただ、滅多に起こる事象ではないが。
そして通常、陰は女に、陽は男に宿るとされている。時に陰の男、陽の女もあるが、人間族の場合その割合は全体的に見ると僅かだ。また、惹かれ合う陰と陽は大概同じ種族に生まれる。
対が兄弟姉妹であることもある。兄弟姉妹で対の者は、そのまま番になることが多い。近親婚はいたって普通にあるのだ。
が、逆に別の種族に生まれ落ちることもある。その場合、どんなに離れていても、陰と陽は月日をかけて巡り会うように定めづけられている。もし出会うことが出来なければ、人は少しずつ静かに狂っていく。それも魂の条理だ。
また、対は必ず番になるわけではない。対となる魂は傍にいるだけで充分なのだ。対は傍にいて、精神と魂の安定を図るもの。そのため、番の相手はいくらでも捜すことが出来る。だから、対が同性同士でも関係がないのだ。
ただ、寿命が長い種ほど同性同士の対が多くなる。番になることも少なくない。それは長命種の数を抑えるためだ。寿命の短い人間族ならまだしも、長命種の数が人間族ほど多くなれば世界の均衡が崩れてしまう。そのため、獣の眷属は同性同士で番になることが多いのだ。それも世界の理の一つだった。
同性愛は人間族には忌まれ、同性愛者だと分かれば両者とも死罪になる国も多い。獣の眷属の中では考えられないことだが。
だがそれでも―― 。




