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第二一話 魔族との戦い

 陸王(りくおう)の話に眉根を寄せて、雷韋(らい)は言う。


「あいつ、馬鹿じゃねぇの? この珠玉が暴走したら、あいつも含めて一つの領地が壊滅するだけだ。それでどれだけの人が死ぬと思ってんだよ。あいつが持ってても、大惨事になるだけだ。でも、精霊使い(エレメンタラー)の俺なら違う。特に火が守護精霊の俺なら正しく使うことが出来る。だから俺は、奪い取られても奪い返したんだ!」


 そして何を思ったか、雷韋はいきなり両手を卓に叩き付けた。


「ほんと、ばっかじゃねぇの!? 俺達があいつの秘密を知ったからって、それで俺達を捕まえて処刑しようってのか? 冗談じゃねぇよ。この珠玉はあいつに害しか与えない。これは精霊使いにしか扱えないんだ。つまりは俺のもんだ、絶対! 誰にも渡さねぇ!! だって、植物が守護精霊の妖精族にだって扱いきれないんだから!」


 雷韋の細かった瞳孔は、興奮のあまり完全に開ききっていた。青く変化した瞳の色も微かに黄みがかっているように見える。顔も紅潮していた。

 雪李(せつり)から目を離して、陸王はその様子を難しげに見遣っていた。更に続ける。


「闇の妖精族(ダーク・エルフ)が珠を雷韋に渡したままの理由だが、おそらく珠の暴走を抑えたかったんだろう。什智(じゅうち)が手にすれば、暴発する危険性が高まる。だが、お前が持っている限り、珠を暴発させる危険性はないと踏んだんだろう」

「だから、俺に?」


 自分を指差して、急に雷韋は不可思議げに問う。


「そうだ。初めて出会った時も、今も、お前は自分の守護精霊が火だと言ったな。だとしたら、火が守護精霊のお前がその珠を持っていた方が安心だ。あとで取り返せばいいだけだからな。力尽くだろうがなんだろうが」

「そんな理由で俺に渡したままのか? それも、あとから力尽くで取り上げる? 俺は争いは好きじゃない!」


 卓を叩き付けた手は握り込まれ、ぶるぶると震えている。その雷韋の肩に雪李の手が宥めるように乗せられた。


「まぁ、そう興奮しないで。……それにしても、二人がエウローン領に滞在しているのは何故かな。包囲されるのを覚悟の上でここにいるようにしか思えない」

「俺はローランで自分に賞金がかかっていることを知った。そして什智に賞金を取り下げさせる途中、エウローン領(ここ)に寄った。ただそれだけだ」

「それで結果的に立ち往生してしまった? それは偶然にしてはすぎるね」


 そこに雷韋が割り込んだ。


「世界を回しているのは精霊だ。精霊は人の運命を司る。俺と陸王がここに閉じ込められたのも、全部、精霊達がここにある問題を解決してくれって言ってるんだ」

「運命だと? 笑わせるな」


 突然、陸王が反吐を吐くように言い遣った。


「運命なんてもんはな、手前ぇの力で切り開いていくもんだ。誰かに押しつけられるもんじゃねぇ。俺達がここにいるのは、単なる偶然だ」


 陸王が面白くなさげに言うと、でもねぇ……、と雪李が口を開く。


「運命にしろ、偶然にしろ、闇の妖精族はなんとかしないといけない。何をしでかすか分からないからね。それに、グローヴ卿はこの国でも悪名高い領主だ。領民に苦役を強いているってね。税もとても重いらしいよ。彼は自分の欲のためならなんでもするって噂だ。そう言う意味では、闇の妖精族と通じるところがあるね」

「で? 奴を嫌っている領主は誰だ」


 陸王は再び、じっと雪李を見詰める。雪李もそれを見返した。そのまま暫しの沈黙が流れる。


「……彼を嫌っている領主なんて、全員だと思うよ。この国には王都を除いて六つの領地がある。そのうちの五人の領主の誰もが、噂でも好いてるとは聞いたことがないね。そんなことを聞いてどうする気?」

「つまり、ここの領主も嫌ってるわけだな? なのに手を貸してる。それは何故だ」

「さぁ。僕は単なる領民だし、エウローン卿を見知っているわけでもないから、卿が何を考えているかなんて分からないよ。例えば、何かの利害関係が一致しているのかも知れないし、ただの近所のよしみかも知れないし」


 雪李は肩を竦めて答えた。全く分からない、と言った風に。

 それを聞き、陸王は雪李から目を逸らして考え込む風に呟いた。


「普通、他の土地の領主が別の領地の領民に危害を加えることも、干渉することも禁じられている。それをすれば、手を出された方の領主は国王にそれを奏上することが出来る。ここの領主が什智の悪政を知っているとしても、絶対にグローヴに干渉することは出来ない。逆に什智がエウローンに干渉すれば、ここの領主は国王にそれを奏上することが出来る。そうなれば、グローヴに国の査察を入れることが出来る。

 国の査察の結果、グローグの領民が苦しんでいることを知られれば、什智はその地位を剥奪されるだけに留まらず、罰されるだろう。あまつ、そこに雷韋が聞いたという什智の計画が発覚すれば、どうだ。国家反逆罪で什智は確実に処刑される。

 什智の計画を知らずとも、ここの領主も奴が悪政を敷いていることは知っているはずだ。他領地の雪李でさえ知っているんだからな。それを知っていて、尚且つ手を貸しているってことは、俺と雷韋を手配したことと繋ぎ合わせて什智の尻尾を掴みたがっているとも考えられる。それで敢えて協力する振りをしている、と考えれば納得もいくんだがな」


 自分でそこまで言っておいて、厄介だな、と最後に溜息混じりに吐き出した。


「厄介? 何が」


 雷韋が怪訝そうに陸王に問う。


「色々とだ」

「なぁ、陸王、考えてもみろよ。あんたの今の例え話が本当なら、俺達には出来ることがある。元々俺が什智の邸に忍び込んだのは、グローヴの領民が重税に苦しんでるって聞いたからだ。ちょっとは懲らしめてやろうかって。什智が国家転覆を謀ってるってんなら、尚更それを曝いてやればいい。国に査察に入らせて、悪の根を取り去るんだ。そうしたら俺達はもう賞金首じゃなくなる。俺達のほかにも、助かる人だって沢山出る。みんなが幸せになれるんだ」

「なんだって俺が人助けなんぞしなけりゃならんのだ。なんの得にもなりゃしねぇ」


 それを聞いて、陸王は呆れたように首を振った。


「でも、それで助かる人が大勢いるんだぜ。それって嬉しいことじゃないのか?」

「他人の幸、不幸なんざ俺には興味もねぇし、関係もねぇ。俺は得になることでしか動かないんでな」

「じゃあ、あんたの一番大切なものって金か」


 面白くなさげに、むっつりと問い返す。


「いや、生命だ。次に金だな」

「なら、どうしてその一番大切な生命をかけて闇の妖精族に立ち向かおうとするんだよ。無茶苦茶だぜ」


 雷韋の言葉に、陸王は嫌らしく口端を歪めて言い返す。


「俺は負けねぇ。相手がなんであろうと。……随分前になるが、戦場《いくさば》で魔族が湧いたことがある。場は一気に混乱した。もう戦どころの騒ぎじゃねぇ。敵も味方も関係なく昼夜魔族と対峙《たいじ》した。そして、俺は只一人生き残った」

「魔族、を?」


 雷韋は言葉を失った。雪李もまた碧の目を見開いて陸王を見ている。


 魔族は全ての人族の大敵だ。絶対の敵と言っていい。その姿、異形。性は凶悪、凶暴にして、理性などない。能力は個々によって様々だと伝えられているが、人の成し得ない技を使い、人族を喰らうのだ。滅多に姿を現すことはないが、一匹でも姿を現したが最後、その地に住む人々は血の一滴、骨の一欠片まで残さず喰い尽くされる。


 魔族は人の情理を知らず、決して知ろうともせず、ただ血と殺戮にのみ喜びを見出す種族だ。この世の中で魔族ほど恐れられている種は存在しない。大陸にも魔物と呼ばれる異形のものは数多く存在するが、魔族はそんなものとは根本的に違った。血の臭いを一里先からでも嗅ぎ付けてくると言われている。


 そのため、大量に血が流れる戦場では遺体を放置することはない。戦闘は夕暮れまでだ。夜陰に紛れた攻撃はしない。夜は魔族の時間だからだ。魔族を呼び込まないために、戦闘は夕暮れまでと大陸では暗黙の了解になっている。だから戦闘があったその日のうちに、敵味方構わず屍体は全て焼き払ってしまうのだ。


 そして陸王はそんな化け物を相手に、只一人生き残ったと言うのだ。俄には信じがたい話だが。


「それ、ほんとかよ」


 雷韋が呻くように声を絞り出した。


「実際にあった話だ。影に潜む奴もいたからな、自分の影でさえ油断ならねぇ。夜は昼間以上の地獄になった。あちこちから悲鳴が上がって、骨を噛み砕く音が響いてきやがる。襲い掛かってくるのも、襲っている奴も全部斬った」

「そんな中で、あんただけが?」

「あぁ」


 あの戦場で陸王は、七日七晩、寝食なく戦った。いつ、どこから魔族が襲い掛かってくるのか分からない中で。目につく魔族を斬って、片っ端から斬っていって、最後の一匹を斬ったと気付いたのは襲撃を受けてから八日目の夜明けのことだった。


 その時にはもう陸王の心身は疲労と飢餓、精神の摩耗でがたがたになっていた。それでもこれ以上魔族が湧かないように、倒れそうになる身体に鞭打って屍に火をつけて戦場だった場所を歩いた。


 そうして一人帰還した陸王だったが、その後、暫く神経が高ぶって眠れぬ夜が続いた。小さな物音にも身体が反応し、短くない間、幻聴や幻覚にも悩まされた。それから解放されたのはいつのことだったか、今では思い出そうとしても思い出せない。もしかしたら今でも続いているのかも知れなかった。


 何故なら、陸王は酷く眠りが浅いからだ。ちょっとした物音でも目が醒める。それは未だに続いているという証ではなかろうか。

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