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魔女伝  作者: 倉トリック
魔導兵器編
107/136

エンドロール

 魔獣化した、と言っても、ギリギリのところで本人の意識を保っている、中途半端な半魔獣化だ。

 当然、完全な魔獣と比べればステータスは全体的に劣る。


 それに加え、意識があるとは言え、ほとんど夢現のような状態で、ちょっとでも気を抜けばすぐに魔獣に取り込まれてしまうような、危険でギリギリの状態。


 失敗だったかもしれない。


 相手の強制魔法解除が効かない体になれたのは良かったが、当然の如く、魔獣に対応した姿に変身された。


 魔獣の弱点は、シンプルに物理攻撃だ。魔獣自体が恐ろしく強力である為、並の実力では手も足も出ないが、うまく当たれば銃や大砲、ジャンヌやランスロット並みの達人なら、剣でも対抗できる。


 現在、ゴーレムが変身したΩは、まさにその、シンプルな強さに特化した、対魔獣形態といった感じだった。


 全体的に巨大化し、そこから繰り出される拳や蹴りは、簡単に魔獣の体を粉砕してしまう。


(コれは…スコしまずいノカな…)


 曖昧な意識の中でジュリアは思う。


 まさかこの途方も無く長い人生の中で、自分から魔獣化し、そこから更に危機的状況に陥る日が来るとは思わなかった。


 というか、ペリーヌと一緒に反乱の魔女というチームを組んでからは、命の危機を感じるほどのピンチなんて、皆無だった。


 …面白いね。


 世界をすぐにでも滅ぼせるほどの力を持ち、恐れられた反乱の魔女のトップが、二人ともなす術もなくボコボコにされている。


 上には上が、というわけでも無い、世界はきっと、そういう風になっている。ちゃんとバランスが取れるようになっている。


 どれだけ強くても、どれだけ才能を持っても、ある日突然全てが崩れ去ってしまう事なんて、当たり前なのだ。


 生きてる以上、必然で、当然だ。


 三年前、『最後の魔女狩り』で死んだ魔女達だって、その当時は、死ぬわけ無いって思われてたし、本人達も思ってただろう。


 でも死んだ。あっけなく、突拍子も無く、ただ死んだ。驚くほどあっさりと、登った朝日が沈むように、当然の如く、死んで、あれだけ大騒ぎした戦争は終わった。


 だから、きっと、これも終わる。


 ゴーレムと自分達の戦いの事じゃ無い。


 この、魔法の争奪戦も、いつか、当たり前に終わるのだ。


 その先で、生き残っているのが誰かとか、そんな事までは分からない。でも、少なくない数が死に、そして残った数人は、途方に暮れて生きていく。


 同じ事の繰り返し、人間も魔女も、結局違いなんて無い。


 ただ、もしも、そこに変化を求めようとする者がいるなら、運命はきっと、そっちに転がる。


 単純に転がっているだけなのだから、横からツンッと押されれば、すぐに方向転換してしまう。運命なんて、本当はそんなものだ。


 変えようと思えば誰でも変えられる。ただ、転がり続ける運命に、追いつける者が絶望的に少ないと言うだけの事。


(ボク…は)


 意識が、薄れていく。魔獣化の深化か、それとももう瀕死なのだろうか、その判断は、残念ながらつかない。


(ボク…は…魔女だ)


 それこそ、運命とやらがボクに与えた力。特別な力。

 あれがダメならこうしようが許され、不可能を可能にする事が出来る、唯一無二にして、最強の存在。魔女。


 それが運命に与えられた力なら、その力で運命を変える事だって可能だろう。


 後は、やるかどうかの、意思だけ。


(そうだね、やりたい、やろう…でも、後一つ、ボクを動かすものが欲しい)


 このままでは確実に死ぬ運命。


 何の為なら、ボクは動ける?

 死んでいった仲間の為? 単純に死にたくないから?


 その時、霞む視界に、ゴーレムΩの顔面に叩き込まれる拳が映った。


 面影なんか無いが、魔獣化したペリーヌが、一撃加えることに成功したようだ。


(強いなぁ…なんで君は…ああ、いや、そうか)


 彼女には、戦う理由がはっきりしてるから。エルヴィラを守りたい、彼女と一緒に生きたいという、強い意志があるから。


(…強い意志…か…ボクにはそんなカッコいいもの…無いな)


 他の子みたいに、綺麗にはなれない。


 こんな自分が、せいぜい持っているものといえば。


 そう思った瞬間、いきなり俊敏に動けるようになって、気付いたら、ゴーレムΩを持ち上げ、思い切り地面に叩き付けていた。


「マだ…生きタイ!」


 続けて蹴りを入れる。その辺りの素早さに、Ω避けきれず、直撃し、そのまま吹っ飛ばされてしまった。


 魔獣ジュリアは咆哮し、更に襲いかかる。


(まだ生きて、もっと楽しみたい! 楽しい事が、楽しいものが生きてたらいっぱいだ! 全部欲しい! 全部全部ボクが手に入れたい!)


 ここでお前と戦っている事すら、楽しい。


 予想外で、規格外で、未体験の具現化みたいなコイツを、潰してみたい!


 こんな自分が持っているものといえば、底無しの欲望だ。


 自分はこんなにも、欲深な女なのだ。


 ペリーヌが大事で大好きなのだって、自分が経験した事の無い気持ちで、楽しかったからだ。


 何の事はない、ジュリアという魔女は、最初から自分の為にしか動いていない。

 長く生きるうちに、それをうっかり忘れて、自分の気持ちを錯覚し、綺麗でかっこいい魔女になれると勘違いしていた。


 自分が生きている理由は、生きていたい理由は、全て湧き上がる欲望を満たしたいがため。


 今は、コイツを潰して、コイツより優位な立場に立って、優越感とか、満足感とか、達成感とか、他にも、いろいろ、いろいろ、もっともっともっともっと。


「アァァアアッハッハッハハッハッハァー! イィヒヒヒハヒヒヒャハハハハハハハァッ!」


 気持ちと共に、自分が何かに満たされて、埋れていく。


「ペリーヌ、後ハ、頼ンだ」


 ジュリアの意識は、ここで完全に途絶えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 真っ白で何もない天井に浮かぶ時計が、十二時を指す。


 シンデレラの魔法が解けて、家に帰らなければならない時間。


 壊されたはずの扉がいつの間にか元に戻っており、その上には、零と浮かび上がっていた。


「ガラスの靴…なんて、残ってませんね」


 転がっているのは、血に濡れた赤い靴だろうか。


 ペリーヌは、ぐちゃぐちゃに引き裂かれ、もう動かなくなったゴーレムだった者に、ペコリと頭を下げる。


「お疲れ様でした」


 続いて、その横で血塗れで倒れている友人に手を伸ばす。


「お疲れ様です、おかえりなさい」


 ジュリアはゆっくりと目を開けて、ふにゃりと笑う。


「あれ…すご…生きてるの、ボク」


「生きてますね、しかも帰ってこれるとは思いませんでした」


 差し伸べられた手を握り、ジュリアはよたよたと起き上がる。


 そして、完全に機能停止している自分史上最強の敵を見て、ニヤリと笑う。


「やーい…ボクの勝ちぃ…」


「こら、わざわざ死体に煽らない」


 本当はもう少し休みたかったが、何が起こるか分からないので、すぐに扉を抜けて、別室へと移動、そこで一旦二人は腰を下ろした。


「んで、何がどうなったの? 残念な事に、ボク何にも覚えて無いんだ」


「無責任な事言い放った直後、貴女が完全に魔獣化して、狂乱しながらゴーレムさんを滅多打ち、そのまま血で血を洗う阿鼻叫喚の戦闘を繰り広げた後に、ギリギリ貴女が勝利。そしてそのまま私に襲い掛かってきたので、殺す気で貴女を止めて、なんとか魔獣の体の中からほぼ一体化していた貴女を引き摺り出し、今に至ります」


「ご迷惑おかけしました」


 本当に、なんで生きているのか不思議だった。しかも五体満足で指一本欠ける事なく。


 やはり魔獣化なんて、操れるものじゃない。もう死んでいるが、改めて、マリ・ド・サンスという魔女の恐ろしさを知った。


「…ありがとうございます」


 突然、ペリーヌがジュリアに礼を言う。


「えっと、何が?」


「貴女のおかげで、ここまで辿り着けました」


 貴女と友人で、良かったです。と、ペリーヌはにっこりと笑みを見せた。


「うわー、チューしてぇ」


「何を言ってるんですか貴女は」


「恩を感じてるならチューぐらいさせてよ!」


「魔獣化って怖いですね、ぶっ壊れるんですね」


 唇を突き出すジュリアをスルーして、ペリーヌは部屋を改めて確認する。


 そこは、木材や専用の工具が並ぶ、工作室のような場所だった。


「日記の主の…職場でしょうか」


 辺りには、朽ちた人形らしきものがいくつも転がっていたので、ほぼ確定だろう。しかし、人形とは別に、ピカピカの真新しい物が、壁にかけられていた。


 どれもこれも重々しく、危険な雰囲気を放つ魔具だった。ゴーレムが使っていた武器は、ここから転送してきていたらしい。


「まだこんなにあったんですね…じゅうたんばくだん…? どんな武器だったんでしょう、絨毯が広がるんでしょうか」


 ズラリと並べられた凶器の数々に目を移していくと、一層異様で、しかし、探し求めたソレがあった。


「これが…七つの魔法…」


 巨大な魔法陣、その真ん中にポツンと置かれたゼンマイ人形。そのゼンマイが一人でに巻かれるたびに、魔法陣を通して、どこかに魔力が送られているようだった。


「全自動、無限魔力供給機ってとこ?」


 ジュリアが人形に触れようとするが、結界が張られており、バチっと弾かれてしまった。


「…これ、ただの結界ですね、七つの魔法の影響で若干変な能力が追加されてますが、元々はただの結界魔法の陣ですよ」


「ん? じゃあつまり、この人形に魔力が宿ったから魔法陣が出来たわけじゃ無くて、ケリドウェンが死ぬずっと前から、この人形は結界に守られてたって事? 何の為に?」


「さぁ…でも、その真相は、ここに書かれてるんじゃないですか?」


 ペリーヌは、作業台の引き出しから、日記のページらしき紙を取り出した。


 八月二十日。


 私を匿ってくれた彼は、私の計画に協力してくれていた。多少強引な手は使ったけれど、彼の人形を作る技術無しでは、ここまで兵器の完成度は上げられなかった。

 感謝していたのに、どうも私は誤解されていたらしい。彼は急に私に襲い掛かってきた。私が作った魔具を手に、私を殺そうとした。

 だから、仕方が無いので殺した。

 殺した後、すごく後悔した。これほどの技術を持った人間は、そうそう見つからないだろう。

 彼はもう協力者として用済みだと思った、これからは、普通の家族として暮らそうと思ったのに。壊してしまったゼンマイ人形も、いつか直して貰おうと、結界で守って大事にしていたのに。

 しかも、完成品だと思っていたウルには、決定的な弱点があった。

 魔獣以外を相手にすると、悲しくなるぐらい弱体化するのだ。標的であるはずの魔女にも反応しない。

 これでは魔女兵器じゃなくて、魔獣兵器だ。完全に、彼は無駄死にだ。私にとっては無駄殺しだ。

 型を作れるゴーレムは何体か作ったけど、定期的な魔力供給が必要だ。これでは近々ある、魔女の戦争には使えない。

 なんにせよ、ここまで来て全てやり直しだ、正直萎える。

 戦争には私が一人で行こう。なに、魔獣化すれば皆殺しに出来る。集まる魔女は全て敵だ。魔女は全部敵だ。全部殺せばいい、そこは全く問題ない。

 問題は、戦争がいつまで続くか分からないという事だ。その間にここを荒らされては大変だ。

 番人がいる。ここを守れる、最強の番人が。

 不本意だが、彼を使おう。ウルと同じ要領で作れば、まぁ成長する兵器となってくれるだろう。私にとっても特別な人間なのだから、いい加減な事はしたくない。作業用ゴーレムで留めていい人間では無い。

 細かい調整は、帰ってからしよう。


 いきなり筆跡が変わって、内容すら変わって、しばらく二人は理解出来なかったが、この日記を書いた主を理解した瞬間、二人は開いた口が塞がらなかった。


 あのマリ・ド・サンスが、こんな知的な文章を残しているなんて、想像も出来なかった。ましてや、彼女は、協力してくれた人形師に感謝しており、もらった人形を大事にしていたなんて、可能性すら感じていなかった。


「ぷっ…くくく…あははは!」


 突如、ジュリアが笑い出す。


「なにがおかしいんですか?」


「な? 生きてみるものさ、こんな面白い真相に辿り着く事が出来た」


 七つの魔法よりも、価値のある収穫さ。


 ジュリアはそう言って、人形を囲う結界を無理矢理解いた。


 ゴーレム達への魔力供給が無くなり、あちこちで動いていた作業用ゴーレム達がバタバタと倒れていく。


 残ったのは、凄まじい魔力を宿したボロボロの人形だけ。


「ここで感じていたおかしな気配は…なるほど、魔力が散っていたからなんですね、大量のゴーレムさん達に振り分けられていたから、近いような遠いような、変な気配しか感じなかったわけですか」


「前回の形代の案山子と、人形関係で被ってるな…むぅ」


 ジュリアはブツブツ呟きながら、天井を眺める。正確にはこちらに向かっているであろうジャンヌ達を思いながら眺めていた。


「そろそろジャンヌちゃん達が来るでしょ、後は彼女達の仕事だ、これを回収する、楽チンだねぇ」


「そうですね、これで」


 その時、凄まじい破壊音と共に、作業場の天井が破壊された。


 外の光が差し込み、人影がこちらを覗き込んでいる。


 一瞬、ジャンヌ達かと思って焦ったが、すぐに人違いだと分かり、むしろジュリアは安心した。


 何故なら、覗き込んできた者は。


「お前ら…魔女か」


「そういう君は異端狩りの人間だね?」


 彼は天井に空いた穴から飛び降りて、彼はこちらに対し即座に魔具を向けてくる。

 向けられたのは、なんの変哲もない、ように見える扇子だった。


「『四散の異端狩り』ボダン…魔女は消滅させるべきである…で、お前らは?」


「『鏡の魔女』ジュリア」


「『お菓子の魔女』ペリーヌ」


 名乗った二人を睨みながら、ボダンは静かに言う。


「僕より先に…異端狩りの男がここに来ていたはずなんだが…何か知らないか?」


「ああ、もしかして…これを使ってた彼の事かい?」


 そう言って、ジュリアは砕けた筒をボダンの前に放り投げる。


 それを見たボダンは、額に血管が浮かぶほど怒りを露わにしながら、クックッと笑っていた。


「襲われたからね、勿論殺したけど、どうする?」


「心置きなくぶっ殺す!」


「上等!」


 ジュリアは、目の前の男に感謝した。


 これで自分達が居たという痕跡は消せる。


 今回は、ジャンヌ一行は誰も死なず、平和的に魔法を回収して、そのままエンドロールだ。


 特に誰かの深い過去が語られるわけでもない。そんな展開も、もうマンネリ化しつつあるだろう?


 たまにはさっさと終わらせようぜ。


 襲い掛かってきた異端狩りを絶命させながら、ジュリアはそう思った。

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