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魔女伝  作者: 倉トリック
魔導兵器編
106/136

魔法が解けるまで

 内容は、いたって普通のシンデレラだった。


 姉達に嫌がらせを受けていたシンデレラが、魔女の魔法で美しいドレスを貰い、カボチャの馬車でお城に行き、舞踏会で王子様に一目惚れされ、ガラスの靴を落とし、後日ガラスの靴のサイズがピッタリとあったシンデレラは、王子様と幸せに暮らしましたとさ、という内容。


「ボク昔から疑問だったんだけどさ、この魔女何がしたかったのかな」


 絵本を読みながら、ジュリアは怪訝な顔を浮かべる。


「全く得にならないじゃん、ボクだったらガラスの靴を魔具とかにして、一騒ぎ起こさせるけどなぁ」


「…結局魔女に得が無いでしょう、それ…普通に善意だったんじゃないですか? 貴女だって気まぐれで人を助けたりするじゃないですか」


「なるほど、気まぐれね…そういう事なら、確かにシンデレラはすごいよね。そんな一つの偶然から、幸せまでのし上がったんだから」


「王子との結婚が、幸せかどうかは分かりませんよ? 案外その辺の農家の男と結婚してた方が無難だったかも…」


 夢も希望もない会話をしながら、二人は辺りの様子を伺う。


 一通り読み終わったが、特に変化は無い。


 絵本にも変化は無く、やっぱり何も無い空間が広がっているだけだった。


「さぁて、さすが最後の部屋、難問だね」


「何も無い、という問題ですかね…こんな所に長時間閉じ込められていたら、頭おかしくなりますよ」


 はぁ、と大きなため息を吐いて、ペリーヌはふと上を見上げる。


 見上げて、思わず笑いそうになった。


「ありましたありました、ジュリアさん、上を見てください」


「うわ、何あれ」


 見上げると、そこには巨大な時計が浮かんでいた。


 時間は十時ピッタリを指している。秒針が動いているので、ちゃんと機能しているようだ。


「アレをどうにかしろって事なのかな」


「かもしれませんが、普通に届きませんよ、背伸びどころか、肩車したって届きません」


「だからこそ謎解きってわけなのかな?」


 どうすればいいか見当もつかないが、それでも進展があっただけ、二人の心には余裕が生まれていた。


 しかし、すぐにその余裕はぶち壊された。


 突如、絵本が勝手に動き出し、二人に見せつけるようにあるページで動きを止めた。


 それは、魔女がシンデレラに夜中の十二時までに帰って来いと約束するシーンだった。


 十二時になると魔法が解けて、元のボロボロの姿に戻ってしまうという部分。


 すると、文字が黒く滲み出し、文章が書き換えられていく。


 魔法が解けるまで、生き残れ。


「ほへ? 何言ってんの?」


「ジュリアさん、気をつけてください」


 まだページを眺めているジュリアに、ペリーヌは扉を睨みつけながら言う。


 なるほど、最後の部屋にふさわしい、最難関の仕掛けだと思った。


 二人が見つめる先の扉を、何かが突き破って飛び出してきた。


 激しい音を立てて、現れたのは、高速で回転する刃、いわゆるチェーンソーだった。


 木屑をあちこちに散らかしながら、それは扉を粉々に破壊して、姿を現した。


 それは、白髪の男性だった。いや、髪だけでは無い、肌の色も白く、そもそも身につけているものは白衣である。全身を白に統一されたその姿は、まるで病人のよう、というより、死体のようであった。


 そんな真っ白な姿だったからこそ、こちらを見つめる赤い瞳が一際目立っていた。


 彼は無表情のままチェーンソーをこちらに向けて、言った。


「魔女を発見、駆除します」


「いやお前かよぉ!」


 ジュリアは思わず声を上げた。


 一瞬誰か分からなかったのだ。いや、無理もない。自分達を散々追いかけ回していた時の石像姿とは、全く別の物になっていたのだから。


 どう見ても人間。二十代後半ぐらいの成人男性である。


「一回爆発して姿を変える所を見たでしょう、恐らくあの暖炉の部屋に取り残された後、再び姿を変えたのでしょうね。確か、ばーじょんあっぷとか、あっぷでーととか、言ってた気もしますが、強くなるって意味だったのかもしれません」


 敵が強ければそれに合わせて強くなる、厄介な兵器だ。


「まぁ随分とスマートになっちゃって…言葉も流暢に喋れるようになったんだね、なんか子供の成長を感じるみたいで、変な感動すら覚えるわ」


 ジュリアは鏡を取り出して、戦闘態勢に入る。


「つまりコイツを倒せばいいわけだ、やっと魔法を思う存分使えるね」


「そんなに上手く行くでしょうかね…」


 ペリーヌも魔力を高める。しかし、変貌した元ゴーレムの姿に、不安が拭えない。


 強くなっているに決まっている、パワーやスピードの話ではない、何かしら魔法を使ってくるのではないだろうか。


 それに加えて注意したいのは、持っている武器である。


 なんの変哲も無いチェーンソー、な訳がない。恐らく魔具で、魔女に致命傷を与える事の出来る対魔女武器だと考えるのが自然だろう。


 そもそもこの場所はそういう所なのだから。


「バージョンγ、これより戦闘を開始します」


「もしかして自己紹介かな、『鏡の魔女』ジュリア」


「えぇ…『お菓子の魔女』ペリーヌ」


 威嚇するようにチェーンソーから重い音を鳴らせながら、γは二人に向かって突っ込んできた。


「とりあえず動きを止めましょう」


 ペリーヌは即座に特異魔法で時を止めた。


 高速で回転するチェーンソーの刃がピタリと止まる。


「…なんとか…いや、これは⁉︎」


「対処します」


 チェーンソーは止まったままだが、γはそのまま再び動き出した。


「時が止められないっ⁉︎」


 一気に距離を詰められ、ペリーヌにチェーンソーが振り下ろされる。


 ギリギリでそれを躱し、時止めを解除する。


 再び騒がしくチェーンソーが動き出す。正常に動くのを確認してから、γは更に追い討ちをかけてくる。


 適当に振り回しているわけでは無い。先程より距離を詰めて、更に、動きを止める事を優先させ、足や腕を積極的に狙ってきている。


 しかし、ペリーヌにも魔法がある。避けきれないのなら、攻撃を受けても問題の無い体になれば良い。


「一か八かですけどねっ!」


 魔法を発動させ、ペリーヌはあえてチェーンソーに突っ込んだ。


 細い首に回転する刃が触れ、たちまち引き裂いてしまう…事は無かった。


 むしろ金属を斬りつけたような鋭い音を立てて、一瞬のうちに刃がボロボロに崩れて、使い物にならなくなってしまった。


 その隙に、ペリーヌはγの腹部を思い切り蹴りつけた。


 か弱い少女の力とは思えないほどの衝撃が走り、γは勢い良く後方へ吹っ飛ばされる。


「特異魔法を併用した必殺高速硬化パンチです。割と効くでしょう?」


 肉体を超硬化させる特異魔法、『破級硬化はきゅうこうか』。この世のどんなものよりも硬くなれる、突破不可能の防御魔法。しかし、使用時には動きがカタツムリよりも遅くなってしまう。

 そんな鈍化をフォローする為に併用した特異魔法は超高速移動が出来る『ソニックムーブ』。自身の動きだけでなく、他人や物体の速度も高速に出来るスグレモノである。


「それは知ってる! ペリーヌの得意技だよね!」


「…しかし、特に効果は無かったようですね」


 γは、当たり前のように起き上がり、壊れたチェーンソーを確認すると、なんの躊躇いもなく捨ててしまった。


ε(イプシロン)の破損を確認、新たな魔具を転送」


 γはそう言って、両手に新たな武器を出現させた。


「転移魔法…当たり前ですが…やはり魔法は使えるんですね…おや…?」


 その時、ペリーヌは、自分の体の異変に気付いた。


 たった今、γを殴りつけた拳。その部分の硬化が、完全に解けているのだ。


「私は硬化を解いた覚えは…」


「装備完了、遠距離攻撃へと移行、ウェポンコードη(イータ)を装備、発射します」


 そう言って両手でしっかりと握った魔具は、ペリーヌやジュリアにとっては未知の武器だった。それは現代で言う所のガトリングガンである。


 この世界ではまだ開発案すら出ていない武器のはずだが、マリの脳内には既に出来上がっていたようだ。


「発射ですか、何か、まずい気がしますね」


 再び体を硬化させ、防御態勢を取る。直後、弾丸の嵐がペリーヌの全身を容赦無く襲った。


 自分で動く意思が無くとも、無理矢理後方へ押されるほどの威力。


「…! これは!」


 しかし、それよりも凶悪な異変に、ペリーヌは気付いた。


 強制的に、全身の硬化が解け始めているのだ。


「っ!」


 即座に、高速移動して相手の射線から外れる。しかし、硬化はみるみるうちに解け、あっという間に元の柔らかい肉体に戻ってしまった。


「これが…あの兵器の能力、というわけですか」


 日記にあった、死体ベースの対魔女兵器。


 魔法が効かない魔獣の体の一部を死体と融合させ、生物兵器として蘇らせる。その結果、魔獣と同じく魔法攻撃に耐性を持ち、驚異的な身体能力を持った人間兵器が完成する。


 そして、その一体が、まさに今目の前にいる。それは元死体のくせに、相手の魔法を理解し、それに合わせて成長していく。


 つまり、相手が強ければ強いほどより強くなるという最悪にして究極の兵器なのだ。


 今回の場合、まさに相手が悪かった。


 最強の魔女、ペリーヌの相手をしたγは、成長して、対抗する為の魔法を身につけたのだ。


 それが、じんわりと、しかし確実に、ペリーヌを追い詰めていた。


「私の魔法が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 さっきよりも、移動速度が落ちている。


 そこでペリーヌは確信した、この兵器の能力を。


「強制魔法解除…! 触れる、もしくは攻撃した相手の魔法を無理矢理解除するというものですか…だから時間停止も、硬化も、そしてこの高速化も…!」


 時間停止に至っては、二度もその身をもって経験しているのだから、最初から耐性がついていたのだろう。


 拳の硬化は、殴りつけた瞬間、全身の硬化と高速化は、ガトリングで集中砲火していた時に徐々に解けていったのだろう。


 魔法の再使用は出来るようだが、それは相手も同じ事。なんなら、相手はそれに対して更なる対策をする為に、再び進化するかもしれない。


 間違いなく、誇張なく、ペリーヌにとって最大にして最強の敵だった。


「ペリーヌ! やばい!」


「っ!」


 銃撃を避ける事に集中していて、全く上を気にして居なかった。


 ジュリアはギリギリ気付けたが、止める暇は無かった。


「ウェポンコードθ(シータ)を使用、広範囲の爆撃を行います」


 上空に打ち上げられた、黒い玉。それは花火のように弾けて、その直後。


 大量の爆弾を撒き散らかした。


「ーーーーーーっ!」


 飴玉くらいの小さな爆弾、というより爆竹のようだったが、しかし、それでも、人間の体ならぐちゃぐちゃに出来るであろう威力を持っていた。


 一つでも直撃すれば、腕や足の一本は確実に吹き飛ぶであろう。


 ペリーヌの決断は早かった。正しいかどうかは分からなかったが、早かった。


 再び硬化と高速移動を発動させ、γ本体へと突っ込んでいく。


 みるみるうちに硬化は解け、身体の動きは鈍くなる。


「ここなら、良いでしょうか」


 一か八かです、と、ペリーヌはγの目の前で地面を思い切り、そして何度も殴りつけた。


 硬化と高速移動に加え、更に併用した魔法は、再び爆破の魔法『掌安爆薬』であった。


 ペリーヌは自分の体をもう一度硬化し直して。自分の触れた部分に乗り、躊躇なく爆破させた。


「貴方の爆発にやられるより、自分の爆破でダメージ受ける方がマシですよっ!」


 凄まじい爆発が起き、ペリーヌの身体は天高く舞い上げられる。そして空中で、彼女は大きく足を振り上げた。


「それでもまずは、その見たことも無い厄介な武器からなんとかしますっ!」


 そのままγへと落下する。撃ち落そうとガトリングの銃口を上に向けようとするが、発射の反動で上手く標準が定まらない。


 加えて、ペリーヌは更に特異魔法を使用した。


 重力操作の特異魔法『過付加重力(オーバー・グラビティ)』を使用し、更に落下の勢いを強めたのだ。


「更に言えばこの魔法、触れれば相手も重くしたり軽くしたり出来るんですよ、貴方の場合は、もちろん重くなってもらいますねっ!」


 硬化、高速、そして加重、この三つが組み合わさったペリーヌのかかと落としが、γのガトリングガンに直撃する。


 凄まじい破壊音と共にガトリングは木っ端微塵に破壊され、その勢いで、γも地面に叩きつけられた。


 だが、攻撃の手は緩めない。


 たかだかこのぐらいで、この化け物が倒れない事は嫌という程理解している。


 だからこそ、トドメの一撃として。拳を硬化させ、頭部を粉砕しようと振り下ろしたのだ。


 しかし、γの頭部の破壊は成功しなかった。倒れているγの腕が()()()()とありえない方向に曲がり、ペリーヌの拳を受け止めたのだ。


「くっ…ぐぅ…」


「ウェポンコードΟ(オミクロン)を使用、焼却します」


 転移魔法でγの背中に装備されたのは、巨大な火炎放射器であった。


「あっ」


 超至近距離からの、火炎放射器。


 魔女でなくても、死は免れない。


「させるかぁっ!」


 そう叫んで、飛び出してきたのは、ガトリングの破片を抱えたジュリアだった。


 彼女は、破片を砲口へ突っ込み、すぐにペリーヌを突き飛ばした。


「ジュリアさんっ!」


「大丈夫っ」


 ジュリアは手に持った小さな鏡を見せて、自信満々に笑った。


 一瞬のうちにジュリアは鏡の中に入り込み、直後に起きた火炎放射器の暴発による爆風から逃れた。


 宙を舞う鏡から、再び姿を現したジュリアは、ペリーヌの手を引いて急いでγとの距離を取る。


「流石に、焦りましたよ」


「まぁ、物語の展開的に、ボクが身代わりになって死ぬのもアリかと思ったけど…まだ死ぬには惜しいと思ったんでね、こんなに知らない事がまだ沢山あるんだよ? なんならこれから知らない事が増えていく…生きてて損は無いね」


 死ぬつもりは無いよ、と、ジュリアは満面の笑みを浮かべながら言った。


「そうですね、私も死ぬつもりはありません」


 二人は顔を見合わせて、クスリと笑う。


「さて、魔法が効かない上に強制解除、あの怪物を倒すにはどうしたら良いと思う?」


「…私達は、マリさんのようにはいかないと思いますけど」


「考える事は一緒だねぇ…でも、もう他に方法思いつかないでしょ」


 魔法が効かないのなら、魔法無しのステゴロで勝負すれば良い。相手が魔法を強制的に解除する魔法を持っているのなら、それが通じない姿になれば良い。


「ギリギリのギリギリまで、行きますよ。戻ってこれなくなったら…その時は素直に諦めましょう」


「今日一か八かばっかりだねぇ」


 ペリーヌとジュリアは、γを睨みつけたまま、お互いの手を握る。


「やるよ」


「行きましょう」


 そして、魔力をお互いの肉体へ最大限流し込んだ。


 頭が割れそうなぐらい痛む。思考がまとまらない、全身に力が入っているのか抜けていくのか分からない。


 混沌とした感覚の中で、自分の体が異形なモノへ変貌していくのが分かった。


 やっと起き上がったγは、変異していく二人の魔女を見ながら、無感情に呟いた。


「対象の魔獣化を確認。速やかに討伐します。バージョンをアップデート。コード、γからΩへ移行」


 γ、いや、Ωとなった兵器は、まるで悪魔のような姿に変貌し、二匹の魔獣に向かって吠えた。


 魔獣化だけなら、どんな魔女でもなれる。しかし、それを操る事が出来たのは、後にも先にもマリだけなのだ。


「づラい…ガら…ぢゃっちゃト終ワらぜル…ヨッ」


「ぶぁしゅるるるぅ…」


 対峙する三匹の魔獣。


 上空の時計の針が、カチリと動いた。


 その瞬間、三匹が、激しくぶつかりあった。

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