狂気に満ちた過去
正直ジュリアの心配はあまりしていなかった。本日二回目の頭部破壊だが、時間はかかってもちゃんと再生して、立ち上がってくれるはずだ。
だから、ペリーヌの不安は別のところにあった。
不安というか、不満というか、心底がっかりしていた。
「やり直しじゃないですか…もー」
ゴーレムを睨みながらペリーヌはどうしたものかと考える。ただし、ゴーレムをどうにかしようとは考えていない。あくまでも最優先なのは、先に進む事なのである。
「貴方と戦うと、余計な強化をされますからね。戦えば戦うほど強くなるなら、そもそも戦わなければ良い」
そう言って、ペリーヌはパチンと指を鳴らす。
これもまた本日二回目の時間停止であった。
ペリーヌ以外の全てが停止している。一応彼女が許可すれば動けるが、唯一許可しているはずのジュリアも今は結局動けない。
「さて…どうしたものか…とか言いましたけど、なんとなく対処方法は思いついちゃったんですよね」
そう言って暖炉に近付いて、燃え尽きた灰にそっと触れる。
すると、完全に消えたはずの火が、再びチリチリと小さく現れ、すぐに辺りを明るく照らすほどにまで大きく燃えはじめた。
これもまた、ペリーヌの持つ特異魔法の一つである。能力は、一度だけ触れたものの時を戻すというもの。
「今日は沢山魔法を使いますね、流石にちょっと疲れますよ…さて、これでどうでしょう?」
一度扉を閉め、再び開けると、その先に廊下は無く、別の部屋に繋がっていた。
どうやら、暖炉の中に火があれば、それで良いらしい。セキリュティがしっかりしているのか杜撰なのかよく分からない仕掛けだった。
とにもかくにも、あっという間に危機を脱し、ペリーヌは首無しジュリアを引きずりながらその部屋を後にした。
念の為、自分達が出た後に、暖炉の火は消えるようにしておいた。
「少々ズルくてすいませんね、でも使える物は全力で使っていかないと意味が無いので、それでは」
止まったままのゴーレムにペリーヌはそう言って、扉を閉めた。
しばらくして、時間停止が解除され、ゴーレムは異変に気付いた。
目の前の標的が二人とも消えている。
これは初めてではない、自分が気付かない間に、あっという間に消えてしまう。
『状況ヲ分析…強力ナ魔法ニヨル妨害ト推測』
ゴーレムはそう結論づけて、おもむろに自分の体を殴りつけた。
怒りで我を忘れている、わけではない。彼にとってこれは、必要な行為なのだ。
乾いた音と共に、再びその体にヒビが入っていく。
そこから勢い良く白い蒸気が噴き出し、彼の全身を覆っていく。
『対象ノ戦闘能力ヲ再計算、コレヨリバージョンヲ、βカラγヘアップデートシマス』
食堂で見せた時と同じような爆発が起こり、辺りに石の破片が飛び散った。
爆炎の中に佇む影が、怪しく赤く目を光らせる。
「アップデートを完了しました。引き続き魔女を捜索、発見次第討伐します。なおこれより武器の解放を行います、各種バージョンアップを開始、完了次第速やかに装備し、魔女の討伐にあたります。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「治ってる⁉︎ ボクの顔ちゃんと元どおりになってる⁉︎」
目を覚ましたジュリアは、自分の顔をペタペタと触りながら半泣きでそう叫ぶ。
「大丈夫ですよ、何も変わってませんって」
部屋を探索しながら、ペリーヌは言う。ちなみにジュリアの顔は見ていない。
「くっそぉ、あのデカブツめぇ…よりによって女子の顔を叩き潰すとかどういうつもりなんだ…あー、まだ耳の奥が痛い気がする」
「…ジュリアさんも、グローアさんに負けず劣らず回復が早いですよね、羨ましいです」
「アレは治癒魔法の影響だろう? 純粋な治癒力ならボクの方が上だね、なんでか知らないけど」
まだ顔を気にしながら、ジュリアも探索に入る。
暖炉の部屋から繋がっていたのは、広い寝室だった。
豪華なカーテンに囲われた大きなベッド、子供用と思われる小さな洋服が入ったクローゼット。
そこはまるで、王の寝室のようだった。
「いいねぇ、こんな大きなベッドでのんびりお昼寝がしてみたいよ」
「ジュリアさん、いつもどこで寝てるんですか?」
「鏡の中のその辺で」
へぇ、っと興味の無さそうな返事をしながら、ペリーヌはタンスの引き出しを開ける。
「おや」
すると、例の日記のページと思われる紙が入っていた。
しかし、今回は一枚だけではなく、数枚。
「せめて並べて欲しかったですね、日付がバラバラじゃないですか」
読みやすいように並び替え、ペリーヌはジュリアにも日記を見せた。
「今回はなんかやけに多いね…っていうかそれよりも、日付がだいぶ飛んでるじゃないか」
「そうなんですよね、始まりが一月だったのに、いきなり七月の話になっています」
疑問に思いながらも、二人は内容に目を通す。
七月一日。
私が間違っていた。私の失敗だ。手に負えない、あの子を見た目通りの子ども扱いをしていたのが、間違いだった。
魔女なのだ。どれだけ幼い姿をしていようと、私より遥かに長く生きている。そして、その分知識だって身についていてもおかしくない。そんな可能性すら見落とすほど、私は自惚れていたのだ。自分はマリより立場が上なのだと。
彼女が私の人形に興味を持っていたのは、遊びたかったからじゃない、同じ要領で、自動で動ける武器を作ろうと考えていたのだ。ある日突然私の作った人形がひとりでに暴れ出した、アレはマリの悪戯だとばかり思っていたが、違う違う違う、アレはマリの実験だったのだ。
彼女の心は憎悪に満ちている。それは意外な事に、人間にでは無く、魔女への憎しみ。
彼女は私に言った。助けてほしいと、アレは、あの言葉の意味は、今思えば、全然違う意味だったのかもしれない。
マリは、自分の体を恐ろしい化け物に変える事が出来る。彼女はそれを『特異魔法』と呼んでいた。
私に危害を加えるような事はしないが、それでも、私に人形を作れと頻繁に要求してくる。
彼女が何をしようとしているのか分からない。何か手立ては無いものか。
「最初っから、この人は利用されてたってわけだね…可哀想に」
ジュリアは言いながら、別のページに目を通す。
七月十五日。
ついにマリが手を出した。家に帰ると、作業場に死体が転がっていた。
まぎれもない、人の死体。しかし、誰かは分からない。全身の皮が全て剥かれていたのだ。
全身が凍りついたような感覚に襲われた。吐き気はしなかった、ただ、彼女を一人置いて出掛けた事を後悔した。
私は、あの時の私は自分でも驚くほど冷静に、マリに「どうしてこんな事をしたのか」と問うた。
マリは当然のように「こっちの方が良かったから」と舌足らずな喋り方で答えた。
もう止める事はできない。討伐隊を呼ぶことも出来ない。少しでも怪しい動きを見せれば、私も全身の皮を剥がれるだろう。今はただ、彼女の要求するものを作り続けるしかない。
しかし、死体なんかで、何をしようと言うのだろう。
七月二十五日。
驚いた。まさか本当に死体ベースに武器ができるとは思わなかった。
恐ろしい事だが、私も彼女の成果に感心し、奇妙な達成感を味わっていた。
マリは怪物になれる。その姿を『魔獣』と言うらしい。
作業をしながら、彼女は気が向いた時にポツリポツリと教えてくれた。
曰く、魔獣は魔女にとって最大の天敵らしい。魔術と呪術によって形成された身体は一切の魔法攻撃を無効にし、更に魔獣の攻撃は、魔女の不死性を無効化する。つまり、魔獣に体を引き裂かれれば、不死身の魔女でも絶命すると言うのだ。
そもそも魔獣とは元々は魔女だそうだ。本人の許容量を超えた魔力が暴走し、自らの命を削りながら破壊行為を繰り返す、魔女の病気のようなものだと解釈しろと言われた。
しかし、中には自らの意思で魔獣化する魔女もいると言う。しかし、それは絶体絶命時にする、自爆行為に近い行為らしく、理性や意思などは完全に消滅し、多くは力尽きてそのまま死ぬらしい。魔獣化を操る事の出来る魔女など存在しない、と、言われていた。
しかし、マリは、その魔獣化を操る事が出来ると言うのだ。
それが嘘偽りでない事を、私は知っている。私の前で何度もその身体を化け物に変えてきたのだから。
そして、彼女は、魔獣化した自分の体を切り離す事に成功した。
トカゲの尻尾のように、切り離した部分は、個体として確立し、自我を持って動くようになっていた。
彼女はそれを、死体に埋め込んだのだ。彼女の期待通り、人間の形を保ったまま、魔獣の力を持つ、対魔女兵器が出来てしまった。
動く人形から着想を得たらしい。
欠点といえば、死体故に脆い、と言う事だろうか。そして魔力に反応して攻撃をするが、魔力を感じない場合は、目の前に魔女がいようと無反応、という事。
更に改良を加えると、マリは言っていた。
私のせいだ。私の、せいだった。マリが人を殺すようになったのは、全て私の責任だ。
八月一日。
実に百を超える犠牲を払い、ついに、マリの求めるものが完成した、らしい。
私には、生命への冒涜にしか見えない。
死体が、新たな生命として蘇ったのだ。
魔獣のように身体を変化させる事は出来ないが、魔法への強い耐性、常人とは比べ物にならないほどの超人的な身体能力を兼ね備えた、人間兵器が完成した。
石で固めた身体が爆散し、現れた彼は、無感情にマリを見つめていた。
ベースとなった死体は、まだ十五歳の少年だった。
真っ白な髪をした少年を、マリは自分の子供と称して育てると言った。
そして、私の事は、もう用済みだとも言った。
どこで間違えたのだろうか。近いうちに、私は殺される。
いや、ただ殺されるだけなら、良いのかもしれない。
私も殺された後、皮を剥がれ、彼のように兵器として生まれ変わるのだろうか。
近々魔女同士の大きな戦争があるらしい。願わくば、彼女がそこで死んでくれる事を祈る。
それが、読み取れる最後の一枚となっていた。もう一枚あるが、それは真っ黒になって一文字も読めなくなっていた。
それが、血で塗り潰されているという事に気付くのに、さほど時間はかからなかった。
「この人の願いは叶ってるし、救われたんじゃないかな」
「ですが、結果としてこの魔女兵器工場は今も機能している、マリさんはもういないというのに…報われませんね」
さて、とペリーヌは再びあちこち探し回る。
日記を見つけたのはいいが、肝心の仕掛けが見つからない。
「日記の裏面にも書かれてませんし…この部屋にはどんな謎解きが…」
「ペリーヌ、多分これだ」
ジュリアが、入ってきた扉を見つめながら手招きする。
それは、扉に直接、
血と狂気に満ちた月
と、殴り書きされていた。
「だってさ、ペリーヌ、何の事か分かる?」
「もうすぐ終盤なんでしょうかね、かなり問題が雑になってますけど…というか、これはかなり分かりやすいですね、分かりやすすぎて、逆に不安になりますよ…本当にこれだけで良いんでしょうか」
ペリーヌはもう一度日記を確認し、うん、と一回頷いてから再び引き出しを探り出す。
「答えわかったのかい? ここの数字はどうすれば良いんだい?」
扉を見つめたまま首をかしげたままジュリアは言う。
「答えは七です。血と狂気に満ちた月、この方にとって、マリさんが狂い出したのは七月の出来事ですからね。さてそれは分かったのですが…その数字を示すための木のブロックなり札なりがあると思ったのですが…」
しかし、それらしいものはない。直接番号を書けば良いのかと思ったが、しかし、ペンなどそう都合良く持ち合わせてはいないし、この部屋にも無いようだった。
「あ、ペリーヌ、こんなの見つけたよ」
すると、ジュリアが何かを手に持ってこちらに来た。
彼女は、一本の果物ナイフを持っていた。
「まだ新品みたいですね…これで彫れと言う事でしょうか?」
「だったら彫刻刀とか置いとけよって話だよね、まぁいいや、とにかく彫ってみよ」
二人は果物ナイフを手にしたまま、扉の前に立つ。
触った感じ、扉は木製なので、彫る事自体はそう難しく無さそうだ。
しかし、ペリーヌはナイフを握ったまま動こうとしない。
「どしたの?」
「いや、何か引っかかるんですよね」
ペリーヌは、扉に書かれた文字を見つめながら考える。
さっきの暖炉の部屋での失敗もある。もっともっと慎重に考えて動かなければ自ら危険に飛び込むと言う自殺行為になりかねない。
何より、自分の失敗のせいで、治るとはいえ、ジュリアに怪我をさせてしまっている。
本人は気にしていなさそうだが、ペリーヌにとっては恥ずべき大失態だ。
エルヴィラとは違うが、ジュリアだってかけがえのない仲間であり、友だ。
「何か引っかかってるという事は、絶対何か見落としてるって事なんですよ、私の場合」
言葉の意味だけに縛られてはならない。もっと別の場所に、別の意味が隠されているのかも。
「血と狂気に満ちた月…血と狂気…」
ふと、日記の最後の一枚を見る。
血で塗り潰された黒いページ。
もう一度、扉を見る。正確には、殴り書きされた文字を見る。
「これってまさか…」
ペリーヌはそっと、その文字に触れる。木に染み込んだ乾いた感触。
それは血文字だった。
「なるほど…果物ナイフはその為に…」
「何か分かったのかい?」
ナイフを見つめながらブツブツと何か呟いているペリーヌを、心配そうにジュリアは見つめる。
そんな彼女の視線に気付き、ニッコリと笑ってペリーヌは頷いた。
「ええ、分かりましたよ。ジュリアさん、貴女にばかり危ない事を押し付けて、本当にごめんなさい、いつもありがとうございます」
「え? え? なんだい急に…照れるなぁ。でも、ボクが君の役に立ちたくて喜んでやってる事だから、ありがとうなら分かるけど、ごめんなさいは違うよペリーヌ」
顔を赤らめふにゃりと腑抜けた笑顔を見せながら、ジュリアは頭を掻く。本気で照れているようだ。
「いえ、本当に感謝してます。だから、これ以上貴女に血を流させるわけにはいきません」
覚悟を決めますか。
そう言って、ペリーヌは、持っている果物ナイフで自分の左手首を掻き切った。
「は?」
深く深く、何度も何度も切りつけ、閉め切っていない蛇口から水が零れ落ちるように、ペリーヌの手首から鮮血が流れ出る。
「何やってんのペリーヌ⁉︎」
慌てて手首を掴み、止血しようとするジュリアだが、その手を更に抑えられる。
「落ち着いてください、私だって魔女ですよ、これぐらいなんともありません…それより、重要なのはここからです」
ペリーヌは、自分の血をヌルリと掬って、扉にベッタリと塗り付ける。
「血と狂気に満ちた…多分、こういう事でしょう?」
ペリーヌが数字を血で書くと、ガチャリと鍵が開くような音がした。
恐る恐るジュリアが開けると、その先は別室へと繋がっていた。
「悪趣味な仕掛けだ!」
「しかし、これでここはクリアですね。さて、どんどん行きましょう」
ペリーヌは治癒魔法で手首の傷を治し、そのまま寝室を後にした。
扉の先に広がっていたのは。
何も無い空間だった。
どこまでも広く、果てが見えない、真っ白な部屋。
「多分ここが最後の部屋です」
ペリーヌの感じていた、結界の術式の気配が一気に強まったのだ。
ここをクリアすれば、やっと本体へ辿り着ける。
気を引き締める二人の前に、最後の謎解きが現れた。
パサッと、目の前に落ちてきたのは、一冊の絵本だった。
「これは、シンデレラ?」
二人は互いの顔を見合わせて、小さく頷き、ゆっくりとページを開いた。




