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第十一話 賢者の石

 カチカチ


 マウスを鳴らして、検索をクリックする。結果は………、


「………うーん。いまいち」


 呟いて首をひねる。


 夢前さんとのデートもどきの翌日、学校から帰った僕は兄さんの部屋のパソコンで調べ物をしていた。兄さんのパソコンはハイエンドなゲーミングパソコンなのでレスポンスはすばらしく早いのだが、調べ物はまったくはかどっていなかった。


 ちなみに我が家にあるパソコンは兄が持つこのデスクトップとノートパソコンの二台のみで、ガラケー使いの僕はネットで調べ物をするときはいつも兄さんの部屋にお邪魔している。ガラケーでももちろん検索できるんだけど、余計なお金を使うことになっちゃうからね。兄さんのパソコンを使わせてもらえば定額料金で済む。

 そもそもガラケーを使ってるのもスマホ料金より安いからだし。CHIHIROさんの稼ぎはそこそこだけど節約できるところはしないとね。


普通なら弟が部屋に入ってくるなど兄貴は嫌がるだろうけど、そこはブラコンを公言してはばかりない我が兄一夜、むしろ喜んで僕を迎え入れてくれた。今もベッドに格好良く足を組んで座り、格好良くギターを横抱きにして、格好良く思いついたフレーズを爪弾きながら、イケメンフェイスにニコニコと機嫌の良さそうな笑みを浮かべ、背後から僕を生暖かく見守っている。やめてくれないかな。


「うう………」


 マウスで画面をスクロールしていると目の焦点が合わなくなってきた。ディスプレイの光が目に痛い。


食事当番の五月が作ってくれた『お兄ちゃん大好きカレー』(ハートマークのハンバーグ入り。一夜はその型を取った残りのハンバーグだった。なんじゃこら! と驚いていた兄の姿がいとをかし)の夕食とお風呂の時間をはさみずっと検索を続けていたら、いつのまにか十一時を過ぎていた。無趣味な僕は普段十時頃には寝るので、もうお眠の時間だ。体内電池が切れかけているのを感じる。


「いったいなんなんだろう『賢者の石』って………」


 思わずへの字口になっている自分を感じる。きっと口の下には梅干ができているだろう。

 僕を渋面にさせるお題を出したのはもちろん夢前さんだった。


『最後の試練は姫に賢者の石を献上することだよ』


 デートもどきの夜。エノクモードの夢前さんは謎めいたその単語を口にした。


 賢者の石。聞いたことはある。映画やゲームに登場しているのも見たことがある。でもそれが何かと尋ねられるとよく分からないとしか答えようがない。


 そんなわけで検索してみた結果大体このようなものだということがわかった。


賢者の石

―――卑金属を金などの貴金属に変えたり、人間を不老不死にすることができるとされる物質。所持する者の願いを叶えるともされ、エリクサーなどの霊薬と同一視されることもある。


 で、今度はエリクサーで調べてみると、


 エリクサー

―――錬金術で、飲めば不老不死になると伝えられる霊薬、万能薬。


 という検索結果が出てきた。


 他にも色々とリンクをたどったり、はたまた賢者の石が登場する作品を参照してみたりしたのだけど、その結果僕が辿り着いたのはこんな答えだった。


 賢者の石とはよくわからないがなんかすごい、空想上の代物。


 ………こんなものを献上しろって、無理じゃね?




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「それは無理ゲーだろう。やはりあの女はつま先からじっくりと(やすり)をかけてこの世から消滅させるべきだな」


 翌日放課後の喫茶店で夢前さんの最終試練について相談すると、邪田さんは不機嫌極まりない表情で猟奇的に吐き捨てた。


「やーっぱやっぱやっぱやっぱりね~♪ 夢前さんは~悪女だよ~♪ ―――っていうかなんなのさ! 空想上のアイテムを持って来いって!! かぐや姫か?! かぐや姫なのか?! 今流行のあれか?! ………おや? かぐや姫って流行なの? ほんとに? あたしもしかして遅れてる?! 椿女さんもかぐや姫したほうがいい?!  ってわけでおい三色、アンパン買ってこいや! あっイチゴ牛乳も忘れんなよ!! 月面基地の自販機のやつな!」


「………いやさりげなくかぐや姫要素入れなくていいから。イチゴ牛乳も自販機も月面基地にはたぶんないから」


 あいかわらず頭のねじトバし気味の御手洗さんにやんわりと突っ込む僕。パシリのために月面まで行くとかどんだけアストロノート。宇宙兄弟もびっくりだよ。


「ふん………」


 そして億劫そうにしながらもやはり夢前美跳対策会議に出席している若桜君。こちらもあいかわらず僕に違和感を生じさせる態度だった。今の若桜君に漫画風の吹き出しをつけるなら「わかってたよやっぱりな」だろうか。どこか訳知り顔で、そのくせほっとしているような感じもある。僕は彼のこんな態度についてある一つの推測を立てていた。会議が終わったら問い詰めてみよう。だけど今は対応策を話し合うのが先決だ。


「そんな感じで賢者の石っていうのを持っていかなきゃいけないんだけど、どうしたらいいと思う?」


 たずねると邪田さんと御手洗さんはそろって渋面になった。


「だからそれは無理ゲーだと言っているだろう」


 邪田さんはハア………、と沈鬱にため息をつく。


「お前は遊ばれていたんだよ。あの女はお前が必死になって気を引こうとしているのを見ながら嘲笑っていたんだ。悪いことは言わない。もうあの女に関わるのは止めておけ」


 真剣な表情で僕を諭す邪田さんだけど、その言葉だけで止められるならそもそも試練自体を受けていない。申し訳ないけど僕は邪田さんには答えず、御手洗さんに顔を向ける。


 しかし御手洗さんも「う~ん」と難しい顔でうなりつつ、


「あたしももう止めたほうがいいと思うなあ夢前さんは。むしろみっきーはここまでよく頑張ったよ。あたしだったら最初の試練を出された時点で何様じゃ~いってちゃぶ台返しだもん。さんざん盛り上げといてこんなこと言いたくないけど、もうこの辺でおしまいにしたほうがいいよ。これ以上続けてもみっきーが傷つくだけだと思う。あたしはみっきーが傷つくとこなんか見たくないなあ………」


 先ほどまでのハイテンションが嘘みたいにしんなりと眉をハの字にしている。心底僕を心配してくれているのが表情からも言葉からも感じ取れる。それはすごくうれしい。嬉しいけどやはり僕は素直に頷く事はできない。


「………若桜君はどう思うかな?」


 最後に残った唯一の男子に水を向けると若桜君はコーヒーを飲む手を一瞬止めちらりと僕を一瞥した。


「知らねえよ。お前の好きにすりゃあいいんじゃねえの」


 ぽーい! と投げ捨てるような態度だった。心底興味がない。そんな風に装っている。今の僕にはそう見える。


「いい加減なことを言うな」


 若桜君の投げやりな態度に邪田さんが怒気を孕んだ声を上げた。


「三色は今悩んでいるんだ。適当なことをほざくぐらいなら黙ってい」


「うるせえよ!!」


「「「?!」」」


 不意に声を荒げた若桜君に僕らは目を見開く。若桜君は苛立ちを含んだ目で僕らを睨み付けると、吐き捨てるように告げる。


「くだらねえんだよ! そんなもんは最初からくだらねえんだ! 意味がないんだよ!! お前らのやってることは全部な!!」


「なんだとっ?!」


「わあ?! くるちゃん落ち着いて!」


 若桜君のあんまりな物言いに激高し、テーブル越しに掴みかかろうとした邪田さんを御手洗さんが慌てて抑える。若桜君は「ちっ!」と舌打ちすると荒々しい動作で立ち上がり自分の鞄を引っ掴んで店を出て行ってしまう。


「若桜君待ってよ!!」


 僕は焦りながら財布を出し二千円をテーブルに叩きつけると、財布を手に持ったまま若桜君を追って駆け出した。


「若桜君!」


 早足で歩いていた彼を信号前で捕まえる。肩に置いた手は乱暴に振り払われた。


「うるせえっつってんだろう。気安く触んじゃねえ」


 鬱陶しそうに、しかし意外と落ち着いた声で告げると若桜君は僕のほうに向き直った。そのままこっちを睨む様に見つめてくる。どうやら話はできそうだ。たぶん若桜君もそのつもりだろう。僕は思い切って聞いてみることにした。


「若桜君も夢前さんの試練に挑戦したんだね」

「………」


 彼は沈黙で答える。この場合沈黙は肯定で間違いないだろう。違うなら否定するだろうからね。そして肯定ということは若桜君も夢前さんを好きだったということになる。


 これで僕が感じていた違和感に説明がついた。


 彼がやる気無さそうなのに夢前さん対策会議に欠かさず出席し続けていたのは、彼女のことが好きで試練に挑んだ試練経験者だったから。


 それは気になるよね。他の男が自分と同じ試練に挑んでいたら。そして態度の悪さも納得がいく。自分が好きな女の子の周りをうろちょろする僕が面白いはずがない。


 さらに気づいた事もある。告白の前、彼女の四重人格設定について詳しく教えてくれたこと、そして二番目の試練の時、僕のサプライズに驚かずあまつさえその内容を言い当てたこと。それも当然のことだったんだ。経験者だから詳細を知っていただけ。


 あと告白前に詳細を教えてくれたことについては、彼の気持ちと矛盾するようだけど、実は話は簡単で、僕をなめていたからだろう。どうせすぐフラれると思って高をくくっていたんだ。思えば試練が進むに比して若桜君の態度は悪くなっていった気もする。そして今日その苛立ちがMAXに達したということなんだろう。


「納得ヅラしてんじゃねえよ。阿呆の癖してよ」


 僕の表情を見た若桜君がべしっと平手で頭をシバいてくる。痛いじゃないか。


「勘違いしてんじゃねえぞ。俺はもう夢前のことなんざなんとも思っちゃいねえんだ」


 そう言って若桜君は鞄に手を突っ込んだ。しかしそのまましばし硬直する。何かを躊躇っている様な間の後彼は布張りの小奇麗な小箱を取り出した。手のひらに収まるサイズのそれはもしかして………。


「これが俺の賢者の石だ」


 案の定パカリと開いた小箱の中からは小さな赤い石がはまった指輪が姿を現した。というか僕は宝石に詳しくないけど、このきらきら光るジュエルはルビーではないだろうか。だとしたら学生の身にはなかなか高価な代物だ。


 若桜君はらしくもなくわずかに僕から目をそらしながら説明する。


「賢者の石ってのも赤いらしいからな。俺の精一杯の気持ちを込めたつもりだった。だけどこいつを見た夢前はなんていったと思う?」


『すみません! こんな高価なものを買わせてしまって! 弁償しますから!』


「弁償って、何だよ………!」


 若桜君は悔しげに唇を噛む。


「俺は、俺はなあ!! そんなことをして欲しかったんじゃねえ!!」


 若桜君の小箱を握った手が振り上げられる。しかし硬いアスファルトに叩き付けようとして彼はそれが出来ない。ぷるぷると体を震わせながら、やがて若桜君は力無くその手を下ろした。そしてそっと箱を閉じ小箱を鞄に収める。言葉とは裏腹に夢前さんへの未だ褪せぬ思いを感じさせる一連の動作だった。


「これで分かったろ」


 心の痛みに枯れた様な声で若桜君。その体はいつもより一回り小さく見える。


「夢前は何を持って行っても断るつもりなんだ。邪田のいう通りさ。あいつは遊んでいるんだ。ちょっと綺麗な顔をしているからって他人の心を弄んで楽しんでやがるんだよ!!」


「………」


 叩きつけるような彼の言葉を聞きながら僕は思っていた。


 本当にそうだろうか? 僕には夢前さんがそんな事のために試練を課しているとはどうしても思えないんだ。もっと彼女にとって切実な何かが隠されている気がしてならない。


 そして若桜君もそれに気付いているんじゃないか? だって彼の言葉は自分に言い聞かせてるみたいじゃないか。そうじゃないと夢前さんを諦められない。そう思っているみたいじゃないか。


「若桜君僕は………」

「もういい。馬鹿には話しても無駄だ」


 言いかけた僕を若桜君が遮る。これ以上話は無いというように彼は背を向けた。


「ただ一つだけ忠告っつうか予言をしておいてやるよ」


 僕に背中を向けたまま彼は言った。


「お前はあの女を好きになれない」


 僕が彼女に恋をしていることを十二分に知るはずの彼はまるで呪いであるかのように。


「お前は絶対にあの女を好きになれない。それだけ覚えておけ」


 断ち切るように言い捨てて雑踏に消えて行く彼の背中に僕は心の中で呟く。


 若桜君。


 君が何故そんなことを言うのか僕には分からない。ただ僕はもっと彼女のことを知りたいんだ。謎だらけの彼女のことを僕は解き明かしたい。


 それは知識欲とはまた異なった『知りたい欲求』。この胸の一番深い部分をうずかせる原初の欲求だ。僕はどうしてもそれを放置できない。だから、


 若桜君、僕は夢前さんを諦めないよ。自分なりの方法で最後の試練に挑む。





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